トイレまでの道のり
俺は目黒怨。
種族は悪魔で職業は殺し屋。
怨みのある奴俺が代わりに晴らして殺ろう。
金は一銭もいらんが、代わりに怨みをいただくぜ。
「ヤバい……!」
俺は今、史上最大のピンチを迎えていた。
死ぬほど腹が痛く、う○こがしたい。
これは恐らく星野の恩を仇で返したのが原因だろうか。
いや、今朝食べたビーフストロガノフだろう。
だが、近くに公衆トイレらしきものは見当たらず、レストランやデパートなどもない。腹を両手で押さえ一瞬うずくまるが、人間に情けをかけられては悪魔としての沽券に係わるため、気力で立ち上がり、ゆっくり歩き出す。
なぜ歩幅を早めないのかと言われれば、単に漏れそうだからだ。
住んでいるアパートまでは1キロ以上ある。
だが、この距離ならなんとか無事に済みそうだ。
そんなことを思いながら歩いていると、今俺が最も会いたくない相手に出くわしてしまった。
「星野……!」
「目黒さん、先日はお世話になりました」
無表情ではあるが、その身にまとっているオーラは計り知れないほどの怒りを含んでいる。「あなたの好意のおかげで、ぼくはせっかくの貯金を使い果たしてしまいました」
「そ、そうかよ……」
「それで、こんなにお世話になった目黒さんに恩返ししなくてはいけないなと思いまして――」
奴はボクシングの構えをとる。ヤバい、コイツは完全に闘る気だ。
「日頃のストレス発散も兼ねて、今日は思いっきり闘いましょう」
ゴロゴロゴロッ
まるで雷のように俺の腹は悲鳴を上げる。
「生憎だが、今日はお前の相手をしている暇はないっ!」
「明らかに暇そうなのにですか?」
「こう見えても忙しいんだ……」
腹痛のせいで声まで弱気になり、哀しくなってくる。
だが、ここは何が何でも平穏無事に済ませないと、コイツに弱みを見せることになる。しかしながら説得は不発に終わり、奴の渾身の肘打ちを腹に食らい、俺はこの日、星野にボコボコにされた上に誰にも言えない黒歴史を抱え込むことになった。
ただ、この日学んだことがひとつだけある。それは、
「恩を仇で返すもんじゃねぇな……」




