最初で最後の頼み
俺は目黒怨。
種族は悪魔で職業は殺し屋。
怨みのある奴俺が代わりに晴らして殺ろう。
金は一銭もいらんが、代わりに怨みをいただくぜ。
「参ったな……」
今回の依頼はこれまで以上に困難を極めた。
依頼主は中性的な容姿を持つ金髪碧眼のガキだった。髪が長すぎるせいで男か女かと最初はその性別を判別するのに戸惑ったが、「僕」という一人称と喉仏があることから男だと知ることができた。奴の依頼は、自分の命を奪って欲しいというものだった。やれやれ、また前回のような依頼主のように異世界に転生したいのか。
最初こそ、そう思ったものの、なんだか身にまとっている雰囲気が明らかに転生を望んでいるとは思えなかった。ふと奴の服の両腕部分を見てみると、本来ならそこにあるはずの二本の腕が見当たらない。
「腕はどうしたんだ?」
「半年前に交通事故で失いました」
「それが俺に命を奪って欲しい原因か」
「はい」
しばらくの間互いに沈黙が続く。どうやらこいつは本気で俺に命を奪って欲しいと願っている。だが、俺はこの世には腕がなくても人生を満喫している人間は数多く存在することを知っている。奴らの存在を見せれば少しは生きる希望とやらが見えるかもしれんのだが……
その時、奴の者と思しき勉強机に1枚のCDが置かれていることに気が付いた。
それには奴のピアノを演奏する姿が写っている。
「思い出した。以前交通事故で腕を失った天才少年ピアニストのニュースを見たが、それはお前だったのか」
「そうです」
なるほど、これで全てに納得がいった。こいつにとって命以上に大切な存在と言える両腕を失くしたのだ、悲観して死を望む気持ちもわからないではない。俺も殺し屋とはいえ、腕を命とするだけに、それを失ったらどれほど絶望のどん底に落ちるか容易に想像がつく。だが、俺は悪魔だ。悪魔は人間を絶望させるのが仕事。
ましてや怨みを食い物とする俺にとっては尚の事だ。
己に言い聞かせ非情になり奴の願いを聞き入れようと思ったが、どうしても愛銃を腰から引き抜く気になれなかった。
奴は自分をはねた相手ではなく、注意を怠った自分自身に対し途方もない憤りと怨みを持っているのだ。唇を噛みしめ、奴を睨む。
「この俺をこんな気持ちにさせた依頼主は初めてだぜ……」
そして俺は銃の代わりに電話を出し、何でも修復する光線を放つことのできる怨み重なる怨敵に電話をかけた。
「……星野か、お前に最初で最後の頼みがある」




