アイリス:恋のメッセージ
宿の玄関を飛び出そうとした私の腕がぐいっと後ろに引っ張られた。
振り返れば、そこには切羽詰まった表情の拓斗がいて、わたしは大きく目を見開いた。
※
合宿四日目の夜。
無事練習試合も終わって、夕食は打ち上げと称した飲み会と化していた。
まあ、俺も酒は好きだからいいんだけど。
近くに座ったメンバーと他愛ない会話をしながら酒をちびちび飲んでいたら、食堂がざわつき始め、顔を上げる。
璃子の側にはキャプテンと副キャプテン、それから七瀬もいる。内心首を傾げた俺の耳に、一年マネージャーの宮さんがいなくなってしまったという話が聞こえてくる。
「宮ちゃんがいないんです……、お酒が足りないって話した後からいないので、たぶんコンビニに一人で行ってしまったんだと思います……」
そう言った璃子は思いつめた表情で、俺の胸がざわつく。
璃子と宮さんは高校時代はそれほど会話をするような中ではなかったと思う。顔見知り程度だ。でも、数日、一緒にマネージャーの仕事をしていれば、自然と仲良くなるのだろう。
宮さんのことをすごく心配しているのが分かった。
「いや、俺らけっこうだべりながらゆっくり歩いてたけど、宮には会わなかったよ」
たった今、コンビニまで行ってたらしい三年の言葉を聞いた瞬間、璃子が駆け出して食堂を飛び出す。
一瞬、ぽかんとした部員達。でもすぐに我に返って、キャプテンが後を追いかけ、他の部員も駆け出す。
俺もその中にいて、酔ってて全力では走れない部員を追い抜いて、玄関を飛び出そうとしている璃子の腕をつかまえた。
引っ張るように腕を掴んだ反動で振り仰いだ璃子は、瞳を大きく見開き、今にも泣きそうな表情だった。
俺はぎゅっと奥歯を噛みしめる。
「どこ行くんだ?」
「宮ちゃんを探しに……」
璃子が宮さんをすごく心配なのは分かる。でも、璃子が飛び出して闇雲に探しても仕方がない。
食堂で聞いた話を頭の中で瞬時に整理する。
宮さんはコンビニに行ったらしい。でも、同時刻にコンビニに行った先輩がいて、宮さんを見かけてはいない。宿からコンビニまで、街灯が少ないけど一本道だ。そこからはじき出されるのは、宮さんは道に迷ったということだ。普通に探しても見つかるとは思えない。
だから、俺はわざと璃子に冷たい口調で言う。
「こんな真っ暗な道を一人で? 璃子まで迷子になって迷惑をかけるつもり?」
冷静になれば璃子だってわかるはずなんだ。でも。
「……分かってる、けど、私のせいなんだから放っておけないよ……」
掠れた声は、嗚咽交じりで。胸がぎゅっと締めつけられる。
瞬間、掴んでいた腕を振りほどいて、璃子は玄関から暗闇に飛び出した。
俺は躊躇する間もなく、すぐに璃子の後を追った。
走り出した俺の背後で、キャプテンの叫ぶ声が聞こえる。
「俺達も探しに行くぞ。一年は宿に待機してもし宮が戻ってきたら連絡しろ。世良、小鳥遊さんのことは頼むぞ」
※
コンビニまでの道にいなかったのなら、きっと森の中に入ってしまったのだろう。
宿は丘の中腹にあって、ずっと下っていけば海がある。そして宿のすぐ裏手は生い茂る森だ。
私は迷うことなく、舗装された道をそれて森に入った。
私があの時、ちゃんと宮ちゃんを止めておけば……
ううん、お酒を買い足した方がいいなんて言わなければ……
夢中で走りながら、そんな考えが頭の中をよぎっては消えていく。
そんなもしものことを考えても、今更時間はもどらないって分かってるから。
だから、どうか無事でいて、宮ちゃん――
瞬間、足元の土が崩れ、バランスを失って体が宙に投げ出された。
※
宿を飛び出した俺に七瀬が懐中電灯を投げてよこしてくれて、その明かりを頼りに璃子の後を必死に追いかけた。
さっきまでのほろ酔い気分なんて吹き飛んで、全速力で駆ける。
宮さんの事はもちろん心配だけど、璃子が無茶しないか、そのことが俺の足を突き動かす。
璃子の背中に追いつき、璃子を捕まえようとした時、璃子の足元が崩れ落ちた。
「璃子っ――!!」
俺はとっさに璃子の体を庇うように抱きしめると、そのまま傾斜を転げ落ちた。




