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30 電撃(side Keith)

(もし、俺の今いる立場が羨ましく思い、俺と成り代わりたいと願う奴が居るのならば、重畳だ。今すぐにこの場所から退くから、どうぞ代わってくれ。何の未練もない)


 キースが周囲から寄せられる羨望や嫉妬、鋭い針にも似た貴族たちの思惑に囲まれるようになった原因は、現王が「もう自分には、王太子となる息子を望めない」と諦めた時からだ。


 一人しかいない直系の娘に継がせ、彼女を女王にして王配を求めるしかなくなった。だが、隣国から嫁いできた強い権力志向を持つ側室を母に持つ世継ぎの姫にそれをすれば、治世の中でようやく安定していた宮廷のバランスが壊れてしまう。


 王は、政治的な観点から、同盟を組んでいる訳でもない隣国の影響力が強まっていくことを恐れていた。単なる形だけだとしても、世継ぎの姫に対抗が出来る存在は必要だ。


 彼が自ら妻に迎えた愛している正妃の立場を、守るためでもあった。


 今ではもうただの昔話という過ぎ去った過去の情報に過ぎないが、キースの父親である当時の王弟が、王家の血が濃くなり過ぎるという周囲の猛反対を押し切ってまで従姉妹にあたる母と結婚した。


 スピアリット公爵家へと臣下に下りるための婿入りが出来たのは、兄にあたる前王、彼の父親が無理をおして融通してくれたからだそうだ。


 キース本人には関係のない事ではあるが、確かにそれが無ければキースも生まれて来る事が出来なかった。


 その流れから、キースの父親は現王の要望を断り切れずに可愛いはずの息子を差し出し、王家を守る生きる盾にすることに渋々ながらも頷いた。


(……お前に。俺がこなしている全ての役割が果たせるなら、いつでも代わってやるよ。出来るのか)


 事情をすべて知っている訳でもない誰かに、当て擦りのような嫌味を言われる度、キースは何度大声で叫び出しそうになったかわからない。


 だが、それは出来なかった。


 王族の立場にあれば、仕方ない。血で繋いで来た王族が、自分に成り替わってみろなどと言うことは決して許されはしなかった。


 望まぬ贅沢なものを与えられ続け、それに縛られたままで、幼い頃からキースは生きていくしかなかった。


(誰かを羨ましい妬ましいと思っている連中は、表面に当っている栄光と呼ばれる強い光しか見えていない。それが、どんなどす黒い闇の影を作り出すかなんて。想像した事が、果たして一度でもあるのだろうか)


 ヴェリエフェンディの竜騎士団の団長は、指名制だ。


 新人と呼ばれて差支えのないキースに、まだ若い当時の団長に、お前が団長になれと指名された時、驚き戸惑う新人の竜騎士に彼は静かに言った。


「これから。お前にはもう、自分の持っている力を示し続ける他に、生きて行く道は残されていない」


 まだ代替わりを考えるような年齢でない若き団長の彼の言ってくれたことは。今思えば、その通りだった。


 聡明なあの人は、自分ではどうしようもないものに雁字搦めに縛られ続けるしかないキースを理解し立場を思い、経験の少ない竜騎士だったとしても、団長に据えて、彼の助けになるような肩書きを与えるしかないと判断したのだ。


 彼は単なる部下の関係性にしかなかったキース一人を守るため、それだけのために。誰にでも誇れるような役職を、惜しげもなく譲ってくれた。


 だからこそ、歴代でも優秀と呼ばれ、部下全員に対し底抜けに優しかった彼よりも、自分は仕事をこなせるようにならねばと必死にもなれたのだ。


 最強と名高い竜騎士団長の肩書きは、誰もが思っていた以上に良い効果を産んだ。それを持っているキースに逆らおうなどと、普通の頭脳を持っている人間であれば決して思いやしない。


 力を持つものに踏み潰されることを望む者は、それに当て嵌まらないかもしれないが。


 そして、輝かしい戦功を立て、数多くの優秀な部下を率いる常勝の指揮官と呼ばれれば、より周囲からの雑音は少なくなった。逆にお前は何をしたと言われれば、誰しも口を閉ざすしかないからだ。


 だからこそ、キースはこうして何事もなかったような平然な顔をして、針の筵に座り続けることが出来ている。



◇◆◇



 同盟を結ぶ隣国のとある王弟とは、若くして騎士団長の肩書を持つキースとは立場が似ていることもあり、比較されることが多かった。


 だが、あちらは戦闘においての天賦の才能を持っているのに対し、キースは昔から勘が不思議と働いた。


 悪い予感は当たり、もしかしたらと思った前例のない作戦が敵の意表を突き功を奏し、それで竜騎士団全体が助かったことが幾度もある。


 だから、もしかしたら。自分はどの神かはわからないが、天に住まうという神からの天啓を受け取っているのかもしれないと、そう思ってしまうこともあった。


 確たる天啓と呼ぶにはあまりに頼りなく、誰かからそれは気のせいと言われれば、確かにその通りだと頷ける程度の儚い予感でしかないが。


 そういうキースだからこそ「女神に愛されている」という、信じ難い逸話を持つ女の子の存在を、何の抵抗もなくすんなりと受け入れることが出来たのだ。


「……助けて! 逃げたい!」


 そう叫んだ彼女に、何の力も持たずにいた幼い時の自分が重なったのは、確かだ。


 逃げたかった。だが、当時誰もそうさせてはくれなかった。だから、思ったのだ。彼女を今、自分が救いたいと。


 キースのこれまでの女性関係は、平和なものだ。あちらから告白を受け付き合い始めたとしても、特に執着することはない。そろそろ頃合いだなと思ったら、別れを告げる。先方もキースがそう言い出した事にほっとして、安心した表情を浮かべる。その繰り返し。


 面倒くさい立場にあったキースと、これからも共に居たいと思った女性でも、恋愛初期を過ぎ落ち着いた頭で、これから自分に起きることを計算するはずだ。


 これから自分がどれだけの理不尽な苦労をするのかを考えれば、浮かれた恋からすぐに醒める。


 それを見越して、別れを告げる。


 それは、優しさなのか。どうなのか。良くわからない。


 別れる時に、なんとも思わないように付き合っている間に、自分の気持ちを操るからだ。誰しも、恋に傷つけば辛い。どうせ別れるならば、それ程好きにならないようにと、そう思った。


 役に立つ鋭い勘は、いつもキースに無情にも告げて来た。「ああ。いつかこの子も、俺と別れる事を選ぶだろう」と。


 だから、キースにとって、突然現れたオデットの存在は相棒の竜セドリックの放つ電撃にも似ていた。


 彼女は躊躇わない。その先に待っていることを知らないからだ。彼女は真っ直ぐだ。この後に傷つくことを知らないからだ。


 オデットという存在は欲深い人の闇を見続けて来たキースには、あまりにも眩しく、そして惹かれることを抗い難い鮮烈な美しい光だった。


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