28 許可
「キース。結婚のお許し……あっさり、貰えちゃいました」
後日、オデットが国境にある砦を救った戦果の褒美にと、国王へとキースと結婚したいと望んだ。
ヴェリエフェンディへと来て最初会った時には考えられないほどに、態度が軟化していた王は二つ返事で願いを聞き届けると約束してくれた。
国王のお墨付き有りで、王族の身分にあるキースに嫁ぐ事が許された。喜びに頬を紅潮させたオデットは、後ろでパタンと謁見室の大きな扉は閉められて、隣を歩くキースと二人帰宅するために城の広い廊下を歩き出した。
「まあ……俺の結婚相手については。あの人ももう、良い加減めんどくさかったんだろ。臣下から自分の娘を俺の相手にどうかと乞われて、言葉通り薦めれば。その貴族と、宮廷での対抗勢力にどうしても角が立つ。俺もそろそろ良い歳だから、結婚にはまだ早いという苦しい言い訳も通じなくなったしな」
「あ……それもそうですよね……キースが有力者のご令嬢と結婚すれば、世継ぎの姫様は嫌がるでしょうし」
キース本人は王座簒奪などという大それたことに一切興味はないと言い張っても、将来女王となる人に対抗出来る存在として王族に籍を置くことを望まれている以上、何を言ったとしても信じて貰えはしない。
「まあな。それに、オデットが相手であれば、宮廷内での揉め事には一切繋がらないという利点もある。あの人からすると渡りに船の願いだったし、何より俺本人が望んでいる。俺を気楽な貴族から面倒くさい王族に引き上げた罪悪感めいたものもあるだろう。贖罪のひとつなのかもしれないな……」
二人で廊下を歩き、城の内装を見れば自然とため息が出てしまう。ヴェリエフェンディの王城は、初代王が美しいものが好きな友人イクエイアスのために造らせたという逸話が囁かれてしまう程に、細やかなで瀟洒な彫刻がふんだんに施されていた。
「そんなもの……なんです?」
美麗な容姿を持ち誰もが憧れの役職に立つ彼には、是非自分こそが嫁ぎたいという令嬢が群れを成して殺到しそうなのにと首を傾げた。その彼の向こう側にある大きな窓の外に、何匹かの竜が編成を組み飛んで行く影を見た。
(顔見知りが多くなったって言っても。流石に、この距離からは竜って事しかわからない……どこかに、戦いに行くのかな……この国だって、最強の竜騎士団を擁しているとは言え、周辺国では小競り合いや争いばかり……戦争なんて、本当に嫌だな……)
竜騎士団の皆は好きだが彼らが出撃して行く意味を思い、複雑な心境で飛んでいく彼らを目で追うオデットに、キースは苦笑混じりに言った。
「まあ……こうして、俺たち二人で許可をくれた理由を推理しても、真実はあの人に聞いてみなければわからないな。陛下は単に物凄く機嫌が良かったのかも知れないし、俺たちの思う理由なのかもしれない。まあ、王が何を思っているかなんて、特に関係はない。こうしてオデットの欲しかった結婚の許しが得られたなら、もうそれだけで良くないか?」
キースはオデットの視線の先を見て、目を細めた。部下の安全を願ったのかもしれないし、彼らの行く先にある争いに何かを思ったのかもしれない。
彼は大勢の竜騎士を統率する事を任され、ただ一人で全責任を背負っている。他人は想像するしかない重さがどれほどのものであるかも、その立場にあるキース本人にしかわからないだろう。
(私と居る時は、仕事の事を忘れてただゆっくりと寛いで欲しい……もしかしたら、最初からそうするべきだったのかもしれない。だって、キースは私は傍に居るだけで良いって、そう何度も言ってくれて居たもの)
彼の役に立ちたい一心で、オデットは色んな事を覚え学んだ。
それが、無駄になったとは決して思ってはいない。けれど、常に息苦しい程の重圧を課され負けず前を向いている人を、明かりを灯した家で待っていることも大事な役目なのかもしれなかった。
「オデット?」
「ううん。なんでもないです。あのっ……私、今日キースを癒してあげようと思ってるんです。色々、聞いて」
「……癒す? 特別、何もしなくても良い。可愛い恋人が傍に居る以上に、俺が癒されることはないと思うんだが」
性格的にも尽くすことに抵抗なく常に余裕を持っているキースは、歳下の恋人に対して殊更に優しく振舞う。こういう事に疎いオデットから、何かを自分にして貰おうという気持ちは起こらないようだった。
世間知らずで何も知らなかったオデットは、ただただ何も望まない彼から与えられるものを甘受しているだけだった。
(……そうよ。それだけでは、いけないわ。彼が何もしなくて良いと言ってくれても、それに甘えて気持ちが冷めてしまっては元も子もなくなるのよ。男女の仲は、夜も大事って言うし……)
今まで思いもしなかった事を自らしようと決意したのは、とある理由があった。
キースがガヴェアとの小競り合いについての後処理などで忙しく、とある突発的な事態があり通常なら代理として一緒に居てくれるはずの副団長のアイザックも会議漬けになり忙しかった。
彼ら二人の代わりに護衛として、このところいつも一緒に居てくれた竜騎士たちとオデットはすっかり仲良くなっていた。若い彼らと同世代で、どうしても興味がある恋愛話にも花が咲き、今ではすっかりと耳年増になっていた。
「キース。今日は、すぐ帰れますよね?」
「ああ。ようやく……落ち着いたな。久しぶりに何日か、休みを取るか。ここまで頑張った俺に罰は当たらない。代理のアイザックから、いつも通り苦情が来るくらいだろ。そうだ。セドリックに乗って、旅行でも行くか。隣国のイルドギァに、有名な宿泊出来る城があって……」
珍しい休みの予定をどうするか練ろうと楽しげに話し出したキースの手を取って、オデットは真剣な表情をして彼の大きな手を引いた。
「帰りましょう」
「あ? ああ……」
良くわからない展開に戸惑った顔になりつつも、キースは手を引かれたままオデットの後について歩き出した。




