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27 帰宅

「……という訳で、私は今のところ……治癒をする能力は、使えなくなってしまったんです。いつまでになるかと言うのも……わからなくて」


 オデット達が開戦直前だった砦での後始末を終えてようやく家に帰れたのは、結局明くる日の夜になった。


 砦での防衛を担当していた指揮官とキースは、敗走して行ったガヴェアの部隊がどう動くかを警戒を緩めずに、この先の展開を考えていたようだった。


 完全に予想外で未知の存在だった大蛇に似た生き物への対抗策を全く取れないままだった事もあり、またこの後も何かを仕掛けて来るのではないかと穿った見方をしてしまうのは、仕方ないことだった。


 時間を掛け様子を見た結果、慌てふためき自国へと帰っていく彼らからは何の作為も感じられず、これならば当分は砦も安全だろうと判断したキースは、ヴェリエフェンディの王都へと部下の部隊を引き連れて帰ることを決めた。


 オデットは家に帰るまでキースと二人きりになることが出来なかったから、彼には早目に伝えなければと、いよいよ決死の覚悟で口にしたのだ。


 居間へと入って重い上着を脱いでいたキースは、オデットが真面目な顔で言った告白を聞いても、特に驚いた様子もなく平然と返事を返した。


「そうか。あれだけの強い力を、使ったんだ。それも仕方ない事だろうな。俺は攻撃系の魔法しか使えないし、そもそもそれが必要な時にはセドリックが居るから、ほぼ使わない。だから、魔力を消耗し過ぎるという感覚が良くわからないんが、身体は大丈夫なのか?」


 オデットは、目が眩む程の強い光を放ち砦全体の魔法を消し去った。急激に魔力を消耗したのなら、何処か身体に異変がないのかと優しく心配までしてのけたキースに、目を瞬いたオデットは予想通りの反応でありながらも不思議になって問いかけた。


「あの……良いんですか?」


「何がだ?」


 薄いシャツだけの姿になったキースはオデットの言葉の意味が良くわからないと言わんばかりに、首を傾げた。


「その……当分……というか、また使う事が出来るのが、いつになるかは聞いていなくて、わからなくて。月魔法は、使えません。キースが怪我しても治すことも出来ないし……お役に立てないから」


 キースならそう言ってくれると女神と話した時もわかっていたものの、彼のためにと今までしてきた事が、これでもう出来なくなってしまうと肩を落とした。


 そんなオデットに対して、キースはさっと彼女に近付きふわっと抱きしめた。


「前から、言ってただろ。俺にとっては、可愛い恋人が運良く治癒の魔法が使えて、それを仕事に役立ててくれて本当に幸運だった程度のものだったんだが……この事については何度も言っているが、いつになったらきちんと納得してくれるんだ? 俺にとってオデットに月魔法が使えることは、あまり意味があるものではない。可愛いオデットがただ傍に居てくれたら、本当にそれだけで良い」


 こうして想像ではなく現実の出来事として今まで自分の価値でもあった月魔法が使えなくなり、以前と変わらない態度で接し優しい言葉を掛けてくれたことでオデットの胸は自然と熱くなった。


(キースはそういう人だって、ちゃんとわかってた。けど、怖かった。離れて行ってしまうのではないかと、どこかで恐れていた。私にはそれだけの価値しかないと、ずっと思い込まされていたんだ。治癒の力があったって、なかったって。私は、私であることに変わりないのに)


「私は……キースにこうして出会えて、幸運でした。月の女神様と話した時に、キースと出会うことが出来たから。辛かった過去は、全部帳消しになって余りあるものだと、そう言う事が出来ました。だから、今では貴女に本当に感謝していると」


「……そう、思うか」


「思います。私以上に幸せな子は、きっと世界にいないと思います。だって、キースが自分のことを可愛い恋人だと言ってくれるんですよ」


 しごく真面目な顔をして彼の腕の中で顔を見上げるオデットに、キースは笑いかけた。


「はは……まあ、幸せの形は人それぞれで、誰かと比べるようなものでもないけどな。だが、俺は今世界で一番の幸せ者に違いないと思っている。可愛い恋人に、死ぬ覚悟を持って命を救われ愛されている。もし、オデットが来てくれなかったら……俺たちは、あの砦から出られずに死んでしまうところだった。オデットにしか、出来ないことだった。ありがとう……あの、セドリックが早口になって実況中継していたくらいの窮地に、怖かっただろうに良く勇気を出した」


「セドリックが……早口……」


 たまに自分の言い分を一方的に語る時以外、寡黙で言葉が少ななセドリックのそんな様子は想像もつかないとぽかんとした表情になった。


「あー……なんだか、引っ掛かるところが物凄く間違っているような気がしなくもないが。付き合いの長い俺でも驚くほどに、オデットが仕出かす何もかもにあいつが慌てふためいていたことは間違いない。だが、オデットのあの時の判断が正しかった証拠に、俺もあの砦に居た全員もこうして生きている。それで良い。何か、陛下にご褒美でもおねだりするか。あれだけの事をしてくれたんだから、きっと、なんでも聞いてくれるぞ」


 勝利の功労者には厳しい王もかなり融通を利かせてくれる、とキースは苦笑しつつ言った。


「私! 私、陛下にお願いしたいことがあります!」


「なんだ? 俺が先に伝えておくよ」


「私、キースとの結婚の許可が欲しいです。何の地位もない庶民ですけど。もし、この国の王族と結婚するなら国の危機を救うくらいの事をしないといけないですよね?」


「……あ? 俺と結婚するために……国を救う?」


 オデットの言い出したことが、唐突過ぎて良く理解出来ないのかキースは少し困った表情になった。


「だって! 私、あの能力のお陰で月姫とか呼ばれていましたけど。結局は両親が誰かもわからないただの庶民で、今では唯一の取柄だった月魔法を、いつまた使えるようになるのかもわかりません。だとしたら、ここで頑張ったご褒美にキースとの結婚を認めて欲しいです!」


「なんでも叶えて貰えそうなのに、願うのはそれか。面倒くさい立場の竜騎士団長なんかと結婚したら、将来苦労するぞ。名前も知らないような奴から、良くわからない嫌味を言われたりすることも……頭に来るようなことも、きっと日常茶飯事になる」


「ふふっ……もっとやって来い! って、笑い飛ばしたら良いです?」


 前に自分の言ったことを得意げに笑って繰り返したオデットに、キースは優しくキスをした。


「ああ。上等だ」


 そうして、キースはオデットの身体をぎゅっと強い力で抱きしめた。



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