21 解ける鎖
「本当に、すっごく可愛かったんです! もう。キース、話を聞いてます?」
オデットは夕食を食べつつ、仕事帰りのキースに竜と話すことの出来た感動を語った。
若い竜たちの中には人化の術を使うことの出来る子も居て、契約している竜騎士という通訳を介さずとも存分に質問したり、彼らの事を聞くことが出来た。
可愛らしい仲良しの竜たちのことを浮かれて話すオデットに、キースは持っていたフォークを置きつつ苦笑した。
「ちゃんと、聞いてる聞いてる。あいつらは、同期の竜騎士たちの竜で年齢も近い。一緒に行動することが、多いんだ。だから仲が良いし、若いだけに騒がしいからな。特にリカルドのワーウィックは、力も強いし飛行速度も抜群なんだが、お喋りなのが玉に瑕でね。人化することが出来るようになって、俺も初めて目の当たりにしたんだが、口を開けば止まらない。リカルドの苦労が、忍ばれるわ……あれがずーっと頭の中で話していると思うと……俺だったら、無理かもしれない」
物静かなセドリックを相棒に持つ彼は、よりそう思ってしまうのかもしれない。なんとも言えない表情でキースは、冷たい水を飲んでから大きく息を吐いた。
「可愛いですよね……私。また竜舎に、遊びに行きたいです」
目を輝かせてお願いをするように、キースを見れば彼は笑って頷いた。
「ああ……ここから近いし、良いんじゃないか。皆喜ぶだろう。セドリックに言えば、すぐに連れて行ってくれる。まあ……一人では、外に出て欲しくはないが……」
「それは、わかってます……これも、取れていませんし……」
オデットは、そっと胸元に指を滑らせた。固い質感を持つものはネックレスのような配置で埋め込まれた、幾つものきらめく宝石。
多くの魔法をかけるには、新陳代謝のある肉体だと恒久的な効果は限界がある。だから、この無機物には、オデットを見えぬ鎖に繋ぐように多くの呪いのような魔術が掛けられていた。
これが、あるから。オデットの位置は、何処に居てもガヴェア側には筒抜けな状態になってしまう。
こうして強い力を持つキースに守られることにならなければ、すぐにまるで死神のような迎えがやって来るだろう。
「……ああ。そのことなんだが」
キースは慎重な口調で、ゆっくりと話し出した。彼には珍しい緊張すら感じさせる真面目な表情を見て、オデットはこくんと大きく息を呑んだ。
(え……もしかして、あんまり良くない知らせなのかな……)
背負っているものと複雑な立場から自分の中にある感情をある程度コントロールすることが出来る彼は、人前では常に余裕を持ち悠々とした空気を身に纏っている。こうして、誰かを緊張させるような顔を敢えて見せるような事はない。
だからこそ、オデットは急に不安になった。その表情を見て取り、気がついたのかキースはすぐに少し眉を寄せてから笑った。
「悪い。別に……何かが、あるという訳でもない。それが上手く行けば良いと、そう思っていただけだ。イクエイアスの見立てによると、それは呪術的な何かで、自分であれば解呪することも可能かもしれないとそう言っていたから」
「イクエイアスって……守護竜の?」
オデットは、彼の言葉に唖然として大きく口を開いてしまった。
この国を守護するイクエイアスの名前は、オデットもこの国に来てから何回も聞いていた。竜騎士たちの騎竜は、かの上位竜の眷属たちで、だからこそ契約を交わしてくれる。
ヴェリエフェンディの竜騎士団の仕組み自体が、イクエイアスがいないと成り立たない仕様なのだ。
そんな文字通り雲の上のような存在が、オデットに埋め込まれた鎖について考えたり口にしていると思うと、どこか不思議な気持ちにはなった。
「あー……そうだ。我が国の守護竜は、国民として自慢する訳ではないが、性格が温厚で優しく理知的で……何より人間を好いている。でないと、ちょっと仲良くなった初代王が居たからと、国全体に守護を与えるなどという、物好きな真似はしないだろうがな」
「すごい……上位竜の話は今日、ナイジェルさんから聞きました。国の祭りには、必ずその姿を見せてくれるって……」
頬を紅潮させて興奮したオデットは、もしかしたら自分もイクエイアスを間近に見ることが出来るのかと嬉しくなってしまった。
「はは。祭りの時には、必ず飛ぶというだけで。イクエイアスは、気ままに空を飛んでいるよ。夜明けの空を見れば、たまに飛んでいる。もし飛行しているところを見たいなら、早起きして空を見てみれば良い。運が良ければ、世にも美しいあの姿を見ることが出来るだろう」
「絶対に、見たいです! 明日から、毎日早起きします!」
決意を表明するように両手を握り締めたオデットに、キースは苦笑した。
「さっきも言ったと思うが、イクエイアスは気まぐれでしか飛ばない。城の地下に用意された巣に居るのを気に入っているし、上位竜同士には縄張りがある。滅多な事では、王都を離れないから。必ず姿を見せてくれるのが、祭りの日だけだ」
「でも……絶対に見たいです。もし明日の朝に飛ぶなら、見逃したくないし……」
ガヴェア出身のオデットにとっては、空に竜が飛んでいるだけでも信じられない思いだった。そして、上位竜という特別な存在が、また居るとすれば絶対に見てみたいという好奇心が湧き上がって来た。
「はは。イクエイアスに嫉妬しても仕方ないところだが、こうして同じ家で毎日一緒に居るということは、段々と価値が薄れてしまうのかもしれないな……」
彼女と恋人同士の自分より守護竜イクエイアスに興味のありそうなオデットを揶揄うつもりでキースがそう言えば、彼女はきょとんとした顔で言葉を出した。
「ずっと一緒に居たら、飽きちゃうんですか? 困ります。私。ここ以外に住むところがないし……どうしたら……」
「いや、悪かった。いつもの俺の、面白くない冗談だ。飽きる訳がないし。そうして泣きそうな顔で、頭を悩ませることもやめてくれ」
◇◆◇
城の地下に位置している守護竜イクエイアスの巣は、オデットが想像していたより相当に巨大なものだった。見るだけで溜め息の出てしまうほどに美しく彫刻の施された螺旋階段を降りれば、そこはがらんとしたとても広い空間だった。
「わーっ……すごいですね……」
「初代王は、大事な友人であるイクエイアスのために、この城を造ったそうだ。だから、何処を見ても美術品のように美しいだろう。竜は、その種族の性質的に、美しいものが好きなんだ。輝く財宝を溜めてしまう習性も、あるらしい」
「王城がこんなにも贅が尽くされて美しいのは、そういう理由だったんですね……」
「と、言われてるがな。俺も真相は知らない……どうなんだ。イクエイアス」
(間違ってはいない)
いきなり頭の中に張りのある声がして、オデットは驚いた。自分たちが見ていた方向と逆をみてみれば、そこにはセドリック達よりもかなり大型の上位竜の名に相応しい美しい白い竜イクエイアスが居た。辺りの闇を払うような、ふわりとした柔らかな白い燐光を身体から放っている。
「それって、正解でもないってことか? この子は何も知らないから……要らぬ謎かけは、やめてくれ」
(竜は綺麗なものが総じて好きなのは、確かだ。だが、我はそれをしろと望んではいなかった。だが、このとても美しい城は、確かに気に入っている。これで良いか?)
キースは気安く話しているものの、オデットの心の中には今までに感じたこともない底知れぬ畏怖の気持ちが生まれた。
(美しい。でも、少し怖い。だって……美しすぎるもの)
上位竜であるイクエイアスからは、恐ろしさは感じなかった。それは、彼の持つ穏やかで優しい性質のおかげかも知れない。
「では、イクエイアス。約束だ」
(我は、別に構わない。それに、これだけ治世に尽力をしたお前が望むのであれば、王を通じずに願いを叶えることも考えている。良いのか……キース。お前にした、今までの全てを許せなど……あいつも、酷い要求をしたものだ)
イクエイアスは、複雑な心境を口にした。
(え。どういうこと……全てを許す?)
オデットが彼らの会話に戸惑っている間に、キースは特段動揺も見せることなく言った。
「ダメだ。俺だけまた特別扱いかと、どうせまた色んな奴が騒いで、面倒な事になるから……イクエイアス。実を言えば俺は、もう全てを許している。だから、もう良いんだ。子どもの頃から知っているから、同情も湧くだろうが。欲しかったものは、もう手に入れた。言葉に出して許せと言われれば、それをするわ。別に、大したことじゃない。あの人の……重圧も背負っているものも理解しているつもりだ。苦しい立場なのは、俺一人ではないことも承知している。許せと言われれば……それを、叶えるさ」
(キース。我は……お前のような人間が、好きだ。何も出来ずに、済まない)
イクエイアスはそう言ったので、キースは表情を変えずに肩を竦めることで答えた。
(もしかして……私の鎖を外すために、キースは王に対価を要求されたの……? そんな……)




