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18 私にも出来る事

 オデットの能力に対して、面倒事が起こるのではないかと忌避感を持っていた宮廷の重鎮も国防の最前線に立つ貴重な竜騎士が彼女の能力によって瀕死の状態から回復した事を知り、本人も希望していると言うのならその稀有な価値を役立てる方向にしようと納得せざるを得なくなったようだった。


「本当ですか? 私も、お城で働くことが出来るんですね」


 帰って来たばかりキースが夕食の席で、「オデットの能力を是非活かしてほしいと、王から正式に依頼が来た」と伝えたのだ。オデットは思わず立ち上がり、喜びの声をあげた。


「そうだ。俺が最近早く家に帰りたがるから方々の業務が滞っている事も、くどくどと指摘されたわ。これまでは平日は深夜まで働くのが常だったが、最近残業することもなかった……今回の事で、よくよく理解したが。部下にある程度任せる事も、大事だよなー……良い機会だし全部自分で抱えるのは、止めるわ」


 キースはオデットの笑顔を見て眩しそうに目を細めて顎に手を当てつつ、そう言った。


「キース、嬉しい。いつから、私はお城で働いて良いんですか? 明日から、すぐにでも? 何を着て行けば良いでしょうか……」


 オデットは、今までの境遇を考えれば当然のことだが働いたことなどなかった。どうすれば正解なのかと、そわそわして頭を悩ませるように両手を頬に当てた。


「まあ……少しだけ、待ってくれ。万が一のことがあってはいけないから、俺かアイザックのどちらかが君の傍に居る時に限られる。最初は治療院に居る重傷患者から診てくれたら、良い。治癒の魔法を使うことの出来る治療師も居るには居るが、数が足りない。君が来てくれたら、皆が喜ぶだろう」


「……私も、治癒だけではなくてキースのお仕事のお手伝いがしたいです。だって、私はキースと結婚するんでしょう? そうしたら、公爵夫人になるんだし。それまでには、色んな事が出来るようになっておきたいです」


 無邪気にそう問い掛ければ、キースは一瞬目を見開いて驚いた表情になった。


(え……? 変なこと言ってないよね……だって、私達恋人同士のはずだし……将来は結婚するはずだし)


 途端に不安そうな顔になったオデットに気が付いたのか、キースはコホンと咳払いをした。


「あー……まあ、そうだ。そうなんだが、俺は別にオデットに普通の貴族夫人のように邸を取り仕切る女主人になれとは言わない。もし気楽な庶民のような生活が続けたいなら、この家に居れば良い。俺は竜騎士をある程度の年齢まで辞める気はないし、オデットのやりたいようにすれば良い」


 自分の認識は間違ってなかったと安心して、オデットはほっと息を付いた。


「私の好きにして良いなら、女主人になる勉強もしたいです。もし私には合わないと思ったら、キースの信頼出来る方に任せて貰えれば」


「ああ。もちろんだ……ちなみに、さっき俺が驚いたのは……」


 言い辛そうにキースが言葉を止めたので、オデットは不思議に思って首を傾げた。


「悪い。結婚するつもりではなかった訳ではないんだが、俺で良いんだなと思った……我ながら、面倒くさい曰く付きの物件だからな。オデットくらい可愛い女の子なら、いくらでも他の楽な道を選ぶことが出来る」


 キースはそう言って苦笑したので、オデットはますます不思議に思った。


「自分の好きな人と結婚する時に、他の楽な道とか関係あるんですか?」


「いや。なかった。悪かった。打算を覚えた、嫌な大人の戯言だ。忘れてくれ」


 キースはそう言って、目の前に用意された夕食を食べ始めた。美味しいと言ってくれて、さっきの話はもう蒸し返さなかった。


 オデットがエイミーに料理を習い始めて、最初こそ勝手が分からずにひどい料理だった自覚はあった。けれど、今は先生が太鼓判を押してくれるほどにまで腕は上達した。


(何も知らなくて出来なかったことも、一生懸命努力すればいつかは出来るようになるんだ。私にだって、キースのために出来ることがあるはず)



◇◆◇



 オデットがまるでそれ自体が大きな芸術品に思えるような城に来て、初日。


 キースが直前に執務室から出て行ったものの、彼の部下と思わしき竜騎士に何処に居るのかと尋ねられ、彼はまだ遠くに行ってないだろうとオデットは真っ直ぐな広い廊下を小走りに進んでいた。


 この城は広く、造り自体は単純だ。だから、すぐに追いつくだろうと踏んだのだ。


 ある大きな曲がり角に来た時に、あげつらうような低い声が聞こえてオデットは思わず足を止め立ち止まった。


「……キース。お前も、本当に……上手くやるなぁ。本来であれば臣下の身分で終わるはずが、王に取り入って高貴な王族に名を連ねるだけでもなく……また、とんでもなく利用価値のあるものを、自分のために使うのか」


 嫌味な、言い方だった。表現を特に婉曲にする事もなく、率直に初老の男性はキースに対してオデットの能力を利用していると揶揄したのだ。


「あー……そうです。可愛い女の子は、本当に人類の宝ですよねー。あの笑顔に、荒んだ心がいつも癒されますよ。あ、エズウェル大臣、そろそろ会議のお時間じゃないですかね。行かなくて、大丈夫です?」


 とても判り易く嫌味を言われたというのに、キースは全く相手にする事もなく懐中時計で時間を確認してから先方の心配までしてみせた。


「ふんっ……小僧が。良い気に、なるなよ。ガヴェアの月姫までその手に入れ、権力を拡大しいつか王座まで狙うつもりか。俺が目の黒い内は、絶対にそんなことをさせないからな!」


「はは……お疲れ様です」


 苦笑してキースは、いきり立って去っていく大臣の背中に礼をした。


(え。何で……私が、城で仕事したいって言い出したから? その事でキースが、あんな風に責められるなんて……思ってもみなかった)


 物陰に隠れていた彼らを見ていたオデットは、キースが歩き出しそうになったのを見て慌てて彼に駆け寄った。


「あんな! あんな嫌な言い方、ないよ! これは、私が自分でしたいって言って……キースは、別に何もしなくて良いって言ったのに……悔しい。あの人は何も知らない癖に。何であんなことを、言われなきゃいけないの……」


 実情も知らない人間の憶測に自分のせいで非難されたキースを見上げて、オデットは彼の腕をぎゅうっと強く握った。


 オデットの必死な表情を見て、キースは気にするなと言わんばかりに、いつものように微笑んだ。


「はは。あー、まあ。世間を知らないオデットには、わからないか。あの人は、俺の立場が羨ましくて仕方ないんだ。エズウェル大臣も一応公爵家の一人ではある。事情も知っている。だが、王の独断で王家に名を連ねたのが、この俺で悔しくて堪らない。選ばれたのが自分でないのが、許し難いんだ。今も昔も。どうにかして、俺の評判を落とそうとああして画策している」


「酷い。そんなの。キースが選んだことじゃないのに」


 顔を歪めたオデットは、ますます許し難くなった。


(キースのような苦しい立場に立ってみれば、そんな事……とても、言えないはず。何も知らないからって……だからって)


「俺のために、怒ってくれてありがとう。だが、世間を知らないオデットでも、少し考えれば判るような……お粗末な嫌がらせを見て。あの人の真意に誰も気がついていないと思っているのは……当の本人くらいだろうな。可哀想だが」


 キースは、全く動じず面白げにそう言った。


 確かに、判り易い嫌味ではあった。だが、それを言われた当の本人は余裕綽々なので、彼はより頭に来てしまったのかもしれない。


(何も……何も、私達の事を、知らない癖に。キースが羨ましいからって、キースがこうやって言い返しもせずに我慢しなきゃいけないのも、全然納得出来ない)


「でも! あんな……あんなの事実と、全然違う。まるで、キースが私を利用出来るからと攫って来て、唆して使っているようだった。キースは私を救って、この力を使って働きたいとお願いを聞いてくれただけなのに。私が、自分であの人に事情を説明する!」


 憤りを隠せないオデットを諭すように、キースは言った。


「はは。それをしたとしても、俺に良いように洗脳されていると思われて終わるなー……時間の無駄になるような事は、しなくても良い。あの人はあれをすることによって、自分自身の評判を落としていることを、気がついていない。無能だ。ある程度の権力を持てば周囲を簡単に操作出来ると侮っていると、沈むのは本人だ。別に、あの程度の大したことのない話は気にしなくても良い」


「キース……?」


 オデットは、思ってもみなかった彼の言い分に目を瞬かせた。


(えっと……それだと、キースはあんな風に言われるがままにしているのは、別に大人な対応をしている訳でも、何でもなく。一番最善のやり方で……あちらが、都合悪くなるように、仕向けているって事……?)


 オデットは、目の前の彼がしたいことに気がついた。言い返すことも怒ることもなく、淡々と流すことで相手の立場を逆に悪くする。


「本当に、可愛いな。オデット。良いか。口でなら、いくらでも何とでも言える。逆に言えば、あの人は俺本人に言ってくる、とても判り易い可愛い敵だよ」


「可愛い敵……?」


「オデット。俺自身の勝手な気持ちでは、君はそのままの素直で可愛いままで居て欲しい。だが、俺が惚れたのは、あの恐ろしい鉄巨人からも怯まずに逃げていた勇敢なお姫様だろう。あんな雑魚の言い分になど拘らずに、嫌味などそよ風程度で流せるほどに強くなれ。弱い奴ほど、良く吠える。それに、俺のような面倒な立場を持つ奴の隣に居れば、頭に来る事もとても許し難い事も。これから、数え切れないほどにあるだろう。何だその程度もっとやって来いと、笑い飛ばすくらいの覚悟が居る。それでも、俺と一緒に居たいか?」


 キースの静かな問い掛けに、オデットは怯まず迷わなかった。


「居たい! いつか、私がキースを守れるようになる。私を、救ってくれて守ってくれたように」


 そう言って、両手を握りしめて決意をしたオデットを見てキースは少し困った顔をして頷いた。


「……そうか。まあ……俺は守りたい側ではあるんだが、大事な恋人のやる気を挫くようなことは言いたくはない。自分のしたい事を、程々に頑張ってくれ」


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