地に残る未練(七)
自分で自転車を押すより、確実に早くさなちゃんの家についた。田舎なだけあり、閑静な住宅街とはほど遠い、昔ながらの長屋の隣に、比較的新しい二階建て一軒家の家だった。白い壁はやや色を変えてはいるものの、回りの家たちとはやはり造りが違う。
ただ、元は手入れさせていたであろうガーデニングたちは雑草が生え、ガレージも空だ。外から見える大きな窓はカーテンがかかっていて中をうかがうことは出来ない。
ここまで来て、その家族が果たしてここに住んでいるのだろうかと疑問が頭をよぎる。あんな事故があって、しかも現場はこの家からも目と鼻の先だ。ここで生活をすれば否応なしに、あの場所を通らなければならないだろう。
もしそれが自分の立場だったら……。
――――ピーンポーン
「え、え?」
悶々とそんな考えなど無視し、軽やかに玄関のチャイムがある。
「時間ないんだろ? 鳴らすの、なんか問題あったのか?」
空気が読めないというか、人の気も知らずにというか。チャイムを鳴らしたシンは、押してやったのにと言わんばかりの顔をしている。
「あー。うん、そうね」
いなければ、その次を考えるだけの話だ。
「……いない、の、かな」
もう一度、チャイムに手をかけた時、玄関のドアがゆっくり開いた。
中からやや疲れたような表情を浮かべた、三十代くらいの女性が顔だけこちらに覗かせる。肩までの髪は艶がなく、色白い肌にはっきりと目の下の隈が浮かんでいた。
「あの、うちに……なにかご用でしょうか」
「あ、すみません。あの、怪しい者ではないのですが」
着いたら何を言おうかなどと考えていなかった私の返答は、明らかに怪しい者だろう。自分の口から出た言葉に、自分自身が苦笑いする。
「違うんです。あの、自転車に」
彼女は私の言葉で、戒の押す自転車に視線を移す。しかし自転車を見た彼女は、その表情を大きく歪ませた。悲しみではなく、それは怒り。何よりも憎いものを見るような目付きに、一瞬言葉を失くす。
「あの事故のことを知っていて、あなたたちはそんなものを持ってきたのね。なんだって言うのよ。わたしが悪いとでも言うの!」
「ち、違うんです。落ち着いて下さい。私はただ……」
「やっと少しずつ忘れようとしていたのに。そうやって、またわたしを責めるのね。こんな田舎なんて、大嫌いよ。事故だって、わたしのせいではないのに。ことあるごとに、わたしのせいだと」
トラックが信号無視した事故なのに、どうしてそれが自転車に乗っていた母親のせいになるのだろう。確かに、ここらへんはとても閉鎖的で、私すら嫌になるようなところだ。しかし、だからといってなぜ彼女が責められなければいけないのだろう。
「わたしがあの子を守れなかったからって」
「なっ。そんなの! 子を守れなかったのは、全て母親の責任だなんて、そんなことは絶対にないはずです。おかしいでしょ、そんなの。事故なんて未然に防げるわけなんて、ないのに」
いくらなんでも、それは理不尽だ。そんな心ない言葉を彼女はいくつ聞いてきたのだろう。酷いを通り越し、それは被害者に投げかけられるべき言葉では絶対にない。
「あなた……。なんで、あなたが泣く必要があるの……」
気づくと、私の目からは涙がこぼれていた。同じ人として、そんなこと言う人がいるということがなんだか悔しかった。
人でなくても、こうやって付き合ってくれてたり、その幸せを見守るモノもいるというのに。どうして同じ人なのに、そこまで傷つけることが出来るのか。それがただ悔しい。
明日も更新したい…けど。
ストックなくなりました(>ω<。)
亀さんですが、更新頑張っていきます。
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