朝起きたら勇者になっていた
しいなここみ様「朝起きたら企画」参加作品
エヌ氏は朝起きたら勇者になっていた。
気付いたのは母親の言葉だ。
「おはようエヌ。今日はあなたの16歳の誕生日。王様に合いに行く日でしょ」
こんな突拍子もないことを言うのは勇者の母親と決まっている。
その母親らしき女性は見たことも無い顔だった。
いや、雰囲気は記憶がある。
そう、これはゲームの世界だ。周りの家具や街ゆく人々の格好等を見るうちにエヌ氏は確信した。
最初は夢かとも思った。だから道端に生えている草の細部に目を凝らしたり、人の会話の内容を深く聞いてみた。
結果、どうやら夢ではないらしい。夢ならそういう詳細はぼやけるものだが、草には小さな虫が這うのまで見えたし、会話は政治、商売、役者の話など多岐に渡り、自分の脳が夢として作り出したとは思えない複雑な内容だった。
状況を総合すると、エヌ氏はゲームの世界に転生したようだった。
城に行くと、いとも簡単に王様に謁見が許され、初対面の王様はいきなり無理難題を言いつけてきた。
「おおエヌよ。勇者の末裔よ。魔王を討伐し、奪われた光の玉を取り返すのじゃ」
エヌ氏は簡素な剣と、はした金を渡された。断る権利は無いようだった。
エヌ氏は城を出て広場の柵にもたれかかり、どうしたものか腕を組み目を瞑って今後のことを考えた。すると、なにやら表のようなものが頭に浮かんできた。
エヌ:勇者
Lv:1
HP:10
MP:5
EXP:0(NEXT:5)
G:50
これがいわゆるステータスというやつだろう。ゲームでやることに困ったらとりあえず情報収集とレベルを上げだ。
でもエヌ氏はこのゲームは知っている。特に街の人に話を聞くこともないだろう。なにせ、ゲームならともかく、リアルでは赤の他人に何て話しかけていいか分からない。
だから、エヌ氏は街を出てレベルを上げることにした。このままじゃ弱すぎてすぐに死ぬことが分かっているから。
すると、街外れの門に一人の老人がいた。
「魔王を倒してはいけない・・・」
老人は一方的にそれだけ言うと去って行った。
(こんなイベントあったっけ?)
ゲームでは記憶にない老人だった。少し気になったが、呼び止めるにはエヌ氏の社交性は足りなかったので、そのまま街を出た。
街を出ると、草原のあちこちにウヨウヨした生き物がいる。
スライムだ。
近づくとこちらににじり寄って来る。そのスピードは自走式の掃除機ぐらい。さほど脅威には見えなかったが目の前まで来ると、1本の触手のようなものが伸びてきた。
その触手が急加速し、クリオネのバッカルコーンのように枝分かれをし、エヌ氏を捉えようとする!
エヌ氏は間一髪それを躱すと、スライムの体を剣で切り付けた。
すると傷口から体液があふれ出し、スライムは簡単に絶命した。どうやらスライムは一見ゼリー状のように見えるが細胞壁のようなもので覆われているようだ。その壁を壊せば簡単に倒すことが出来る。
そうと分かると、エヌ氏は自分から狩りに行った。
突進するとバッカルコーンにやられるので、回り込むように距離を詰め、剣で表皮を斬りつける。
コツが分かれば面白いように狩ることが出来、気が付けば周りのスライムはいなくなっていた。
エヌ:勇者
Lv:3
HP:20
MP:10
EXP:30(NEXT:30)
G:103
目を閉じて集中すると、やはりレベルが上がっている。お金も増えているようだ。念の為に拾っておいたスライムの結石のようなものが多分売れるのだろう。
気を良くしたエヌ氏は一旦街に戻り、稼いだお金で盾を買うと、少し遠出することにした。
もうスライムでは獲得経験値が少なすぎてレベルが上がりにくい。
次は森にいるゴブリンがターゲットだ。
ゴブリンは小学6年生ぐらいの体格。ゲームではディフォルメした画像だったが、リアルな人型の生き物を殺めるのは最初は躊躇した。
しかし、出会ったら向こうから襲ってくるので応戦せざるを得ない。
小学6年生とはいえ、短剣で斬りつけてくる相手に手加減をする余裕は無かった。
これも数体(「数人」と数えると心が痛むのでエヌ氏はあえて「数体」と数えた)と交戦するうちにエヌ氏はコツを掴んだ。
体格差同様の体力差があることが分かったので、力押しが一番有効だ。
まず短剣の初激を盾で弾く。そのまま盾に身を隠して体当たり。体勢を崩した所で剣で斬りつける。
首は相手も警戒しているのでなかなか当たらない。腕や脚が狙い目だ。別に両断するような強い斬撃は必要なく表皮を斬りつければ次第に動きが鈍り、やがて失血死する。
やりながら内腿の動脈など、出血に有効なポイントを狙うコツも掴んで来た。
この戦法、唯一の難点は返り血を多く浴びること。汚れるし臭うし虫が寄ってくる。
だが背に腹は代えられない。幸い血まみれで街に帰っても誰も気にも止めない世界なので、エヌ氏は次第にそれに慣れていった。
そして、稼いだお金で盾を大型にし、武器は剣では無く槍に変えた。
その方がホブゴブリン、オークといった大型の敵にも対抗できるからだ。
そしてレベル10を超えた所でエヌ氏はレベル上げに区切りを付け、魔王城に向けての旅を開始した。
「魔王を倒してはいけない・・・」
その老人が再び現れたのは、エヌ氏が3つ目の街を出る所だった。
「あなたは王都にもいた方ですね。それは何故ですか?」
この頃にはエヌ氏は知名度が上がり、街でも声をかけられることが増えたので、面識の無い人とも話が出来るようになっていた。
「魔王を倒せばお前は・・・」
そこまで言った所で老人の胸に矢が刺さった。
そして衛兵が駆け寄って来る。
「お怪我は有りませんか?」
「いや、別に何もされてませんが」
「お気を付けください。こいつは邪教徒です。勇者をかどわかす存在です」
「はぁ・・・」
「それよりも、ここから先は敵もより強くなります!武器だけでは無く魔法も駆使するといいでしょう!ご武運を!」
衛兵の口調は有無を言わさぬそれだったので、エヌ氏はそれ以上何も言えなかった。
老人のことは気になりつつも、衛兵の言う通り、敵が格段に強くなっているので次第にエヌ氏はそれどころではなくなった。
オーガ、ミノタウロス、サイクロプスといった巨人、獣人系の敵が増えた。彼らはエヌ氏の2倍は身長がある。おそらく体重は4倍ほどあるだろう。
もう盾を用いた力押し戦法は効かない。
遠方からの火球の魔法で奇襲するしかなかった。
火球の魔法は、指先から生じた拳大の弾が敵に向かって飛び、当たれば炸裂する。一度使うと弾の再充填に15秒ほどかかるので使いどころが難しい。
エヌ氏は火球を眼前で炸裂させて視界を奪い、突進して槍で傷をつけて出血させて離脱するという作戦を取った。
この作戦は群れを成している者には使えないので、慎重に単独行動を起こしている者を見つけ、奇襲をしかける必要がある。
苦労はするが、見返りも大きくレベルも一気に上がって行った。
すると、火球自体の性能も上がって来た。
レベル20になる頃には5連射まで出来るようになり、かつ、再充填も2秒弱で終わるので、ほぼ連射が出来る状態だ。
こうなると、群れの正面に立っても一気に掃討出来てしまう。
ただ、全て火球で掃討すると、遺体はおろか、装備品や家財道具まで四散するので実入りが無い。
だからエヌ氏は火球作戦でレベルを上げ、次々と覚えた麻痺や猛毒、窒息等の魔法で夜襲して金品を稼ぐという二段構えの作戦に出た。
そうして装備を整え、船を買い、孤島の神殿の奥の守護兵を倒して伝説の勇者の剣を手に入れた。
手に入れた勇者の剣の威力はすさまじく、振るだけで剣先から破壊光線が出る。しかもその光線は念動で追尾出来るので標的を外すことが無い。
こんなに優秀な武器なら魔王軍が使えばいいのにと思ったが、どうやら指紋認証か何かでエヌ氏にしか使えないようだ。試しに他の者に持たせてみたが光線が発動しないだけでなく、不快な警告音のようなものを発し続けた。
ここに来てエヌ氏は、王様が初対面の勇者に魔王討伐を丸投げしたのも意味が分かるような気がして来た。それだけ勇者の力というのは特別な物のようだ。
ともかく、勇者の剣を手に入れたエヌ氏の快進撃は凄まじく、幾多の敵を蹴散らし、一気に魔王城の最上階に足を踏み入れた。
巨大な玉座に鎮座する魔王。
漆黒の鎧を身に纏い灰色の皮膚。燃えるような赤髪から5本の角が生えている。
髪と同じ色の赤い眼をエヌ氏に向けて、地鳴りのような声を出した。
「とうとう来たか。N237」
「?!」
魔王は右手の指をパチンと鳴らした。その瞬間、エヌ氏の視界にノイズが走る。
「あっ!」
エヌ氏は息を飲んだ。魔王の姿は何度か目にした老人のそれに変わっていたからだ。
「幻術か?!」
動揺を気取られぬようにエヌ氏は剣を構える。
「お前にはそう感じられるだろう」
と魔王。
「どういうことだ?」
「教えてやってもいいが、聞く耳はあるのか?」
「何!?・・・うっ」
その時、エヌ氏の視界が揺らぎ、激しい頭痛が起きる。
「お気を付けください。こいつは邪教徒です。勇者をかどわかす存在です」
いつぞやの衛兵の言葉が頭に連呼した。
「うるさい!」
エヌ氏がそう叫んで脳内の声を振り切ると、目の前の魔王は再び邪悪な姿になっていた。
「めんどうだ!もう終わらせてやる!」
エヌ氏が勇者の剣を構える。
「それはあまり使わぬ方が良いぞ。強いが使用者の体のこと等まったく設計思想に入っていない劇薬みたいなもんだから」
「うるさい!うるさい!うるさい!」
エヌ氏は突進する。
「こうなってはもう無理か」
魔王は観念したかのように胸を貫かれた。
今際の際に魔王が言う。
「光の玉はそこにある。持って行きたければ好きにしろ・・・」
王城に凱旋すると、エヌ氏は盛大に出迎えられた。
そして豪華な酒宴が催される。
「勇者エヌにより魔王は滅び、光の玉は取り戻された。外患は去った。ここから更なる国の発展を王として誓おう!」
王の演説に盛大な拍手が沸き起こり、王国抱えの楽団が勇壮な音楽を奏でる。
その演奏を聴きながら、エヌ氏は視界が暗くなっていくことを感じた。
(そうか、これはエンディングだ)
閉じたエヌ氏の瞼に、何やら文字のような物が浮かぶ。
(スタッフロールか?ただ言葉が違うのでよく読めないな)
音楽は終わりに近づいてきたのが感じられた。
(そう言えばゲームではエンディング後はどうなっていたんだっけ?)
エヌしは薄れゆく意識の中で記憶を掘り起こす。
その記憶のゲームでは、同じような酒宴が催され、音楽が鳴り、スタッフロールが流れ、最後に『fin』の文字が記載される。
そこから画面は何を操作しても動かなくなり、リセットするしかなくなっていた。
(そうか。オレの役目はここまでなんだ。この後の生活なんて作られていない。ということは魔王の言っていたことは・・・やはり。。。)
そこでエヌ氏の思考は完全に停止した。
ーー魔王の今際の言葉には続きがあるーー
「お前は光の玉が何なのか知っているのか?」
魔王が問う。
「王国繁栄の象徴だ」
「物は言いようだな」
魔王は力なく笑う。そして続けた。
「光の玉は、お前を量産する為の設計情報が記録されている媒体だよ」
「オレを?量産?」
「そう。お前は開発コードN237。人間を改造した生体兵器だ」
「そんな馬鹿な!オレは母親から生まれた人間・・・」
「16歳より以前の記憶は無いだろ。改造の際に過去の記憶は消し、異世界から転生したような記憶になっているはずだ」
「何のためにそんなことを・・・」
エヌ氏は否定しなかった。実際その通りだったからだ。
「良心を消し、常識を排除し、孤立し、理不尽を受け入れる為さ。この世はゲーム。敵はキャラクター。自分は特別。そう思うことで躊躇なく破壊活動が出来るようになる。良心や常識、社会性と言うのは兵器に一番邪魔なんだ」
絶句するエヌ氏。
魔王は大きく血を吐いた。
その姿は老人のそれに戻っていた。
「これが最後だ。そこに光の玉は二つある。一つは本物で一つは偽物。本物は『国王』の繁栄をもたらすだろう。どちらが本物かはお前なら感覚で分かるはずだ。良く選んで持って行くがよい」
それは魔王の、かつてのNシリーズ研究者としての最後の賭けだった。
エヌ氏はしばし立ち尽くした後、意を決して一つの玉を手に取り、王国に持ち帰ったのだった。
ー了ー
お読みいただきありがとうございます。




