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短話5 歌姫のパートナー(後)

 父、アルム・バードも学院在籍時は歌のパートナー選びに困ったと言う。結局は奇跡的な縁で母、ユナと出会えたらしいが。


「私はもう、レインがいるから。そういう意味の『パートナー』はいいの。聞いてる?」


「うん。聞いてる」


「っ……!」


 するり、と後ろから髪を()かれ、覗いた耳に直接声を吹き込まれる。背に、肩に感じる熱。

 束の間ぼうっとしそうになったエウルナリアは、慌てて身をよじった。



 結局『僕が寒いので』と押し切られ、暖炉側の寝台に連れて来られてしまった。

 が、意地でも「そう」はさせない。

 座るだけだからね、と念押して腰かけると速攻で背中から抱き込まれてしまう。


 一応結婚したのが去年の今ごろ。もう、互いに十八歳だ。

 四年前から一向に背が伸びなくなったエウルナリアと違い、レインは細いなりに青年らしくなった。なので。


 ――どきどき、どきどきと(うるさ)い鼓動が丸聞こえでも仕方がない。これ以上誘惑されることがないよう、胸や腰に回された腕は必死に抑え込んだ。


「エルゥ。これはこれで、生殺し……」


「だめよ。こうしなきゃ私がやられちゃう」


「やられ」


 うっかり反復しそうになったレインは、たちまち愉しげにクスクスと笑みを漏らした。


「くすぐったい……!」


「ふふっ。すみません。それで? 二名の候補者というのはどなたです?」


「ええと。卒業生のかたなの」


 ぴく、と反応したレインはまさに()()()をしようとしていた手を止めた。長年焦がれた主であり、妻となったエウルナリアの首筋に唇を沿わせて蕩けそうになっていた自我が、しゃきっとする。


 そっと華奢な(おとがい)に指を添えてみずからに向けさせる。視線を交え、軽く口づけてから問うた。


「まさか、お一人はお父上ではないでしょうね」


「当たりです」


 急に目眩を感じたレインは、しみじみと腕のなかの美姫を見つめた。

 決めた。襲う。


「!? レレレ、レインっ??! きゃ、何を」


「答える前に教えて。もう一人はまさか」


 ぼふん、と柔らかい体を寝台に押し倒し、触れるか触れないか、ぎりぎりの近さで覆い被さる。

 自身の灰色の瞳がちょっと狂気をはらんでいることを自覚しながら、レインは容赦なくエウルナリアの両手に指を絡めた。もちろん、シーツの上に縫い止めるために。


 なぜか顔を赤くし、涙目になったエウルナリアは負けを認めるように囁いた。


「…………ジュード様よ。ちょうど来月、ノエル皇子の立太子の式典に呼ばれてるからって」


「なんで、そうなりました」


「私のほうが聞きたいわ……! 手紙で、少し漏らしただけなの。『在学生で、歌劇のパートナーをお願いしたくなるようなテノールやバリトンはいません。同性でもいいなら迷わずサーラに頼むのに』って」


「それは」


 ――あの、褐色肌の美貌の王はさぞかし喜んだだろう。姫が自分を頼った、と。


 仮にも十歳のころから求婚し続けた相手だ。

 それを、自分と親友のグランは幼女愛好家(ロリコン)と呼んで、超危険人物認定をしていたが。


 エウルナリア十八歳。

 アルム四十二歳。

 同じく、ジュード王四十二歳。


(……絶妙な三角関係だな)

 レインは諦めたように吐息した。



「曲目は?」


 両手はたおやかな指を絡めとるので忙しい。残念ながら両腕はふさがっているので、目の前の胸元のリボンは端を噛んで、思いきり引っ張った。しゅるり、とほどけてエウルナリアはいっそう悔しげな表情(かお)をする。


「み、未定です」


「いいことを教えてあげます。多分、これは二重唱にならない。三重唱になるんじゃないかな。そう、想定しておけば曲も選びやすいのでは?」


「なるほど。あの……レイン? どうしてそう、思う、の?」


 額に。まぶたに。鼻先に。頬に。

 外の雪つぶてよりもずっと優しい口づけを注ぐように降らせる。いとおしさのままに。


「それはね」


「んッ……ぅ」


 角度を変えた唇を深くかさね、ちょっとの苛立ちも込めて熱を溶かす。ふたりの自我の境目が果実酒(リキュール)を得たみたいに、やがて気持ちよく解け合うまで。


 頬に手を添えて見つめると、さっきまでの頑固さもどこへやら。

 深く青い瞳にたしかな情欲の灯火(ともしび)をみとめたレインは、にっこりと笑った。


「みんな、本当はエルゥを独り占めしたいから。『譲る』なんて一欠片(ひとかけら)も思い浮かばないんじゃないかな。結婚相手ならともかく、歌のパートナーが一人でなければならないってことは、ないだろうから……」


「あ」


 可愛い。

 すっかり融けてしまった理性の(ころも)も、現実の衣も取り払って。

 いまこの時。これからの特別な時を、ずっとずっと独り占めできるなら。


「――大丈夫。気にせず、お好きなかたとどうぞ。僕は、できうる限りの伴奏と()()()()()()()、決して譲りませんから」


「! ~~もう。レイ、ン……」




   *   *   *




 凍える風も、暮れゆく日も。

 この、ちいさな隠れ宿の二人には関係ない。

 なめらかな肌に、一つ、二つと花びらを散らせながら。


 いまは、ただ甘やかに。

 彼女と肌をかさね、つとめと生涯を分かつのは自分だけ。


 まるで恋人たちのようなバード楽士伯家の若夫妻はふたたび微笑みあい、夢みるように目を閉じる。


 口づけを交わした。





後日。


ジュード「なんで、お前もいるんだ……!」

アルム「いや、私だから」

エルゥ「(お父様、それ、理由じゃないわ……)」

レイン「さ、練習始めましょうかお三方。とりあえず楽譜をどうぞ」



見た目は麗しいまま、だんだんとメンタルが逞しくなるレインなのでした。



~おしまい~





(また、かれらのお話が浮かんだときは追加の形をとらせていただきます。今までお付き合いくださり、ありがとうございました!!)


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