短話4 脱いでくれないか(三)
また( )の中身が漢数字になってしまいました。
(すみません。ひたすら、すみません!! orz)
「ど……どうする? レイン」
「いやです」
おろおろと問う主。ばっさりと切り捨てる従者。ロゼルは「主従そろって、けちだな」と、こぼした。
――その時だった。
ココン! と扉が叩かれる。
カチャリ。
現れたのは銀縁眼鏡の青年だった。
「お取り込み中、大変失礼いたします。バード家のかたがた。少々、我が婚約者どのにご注意を」
「!! イデアっ!」
勢いよくロゼルがのけ反り、ガタン! と、座っていた木製の椅子を揺らした。心なし、顔が赤い。
(?)
不思議に思った主従は顔を見合わせた。同時にそろって首を傾げる。知っているようで知らない幼馴染みがそこに居た。
――物心ついた時にはすでに周囲を超越した存在感で、しかもみずから男装を始めたという変わり種の画伯家三女、ロゼル・キーラの赤面など、およそ滅多に見られるものではない。
一部割愛。
以下、くどくどくど……と、効果音のつきそうなお小言が繰り広げられた。
傍観者と化したエウルナリアとレインは、ぽかん、と目の前の二人を眺めている。
「そもそも、『美しくないから』という理由で対象物を選り好むとは何ごとです。古来より、ヒトがありのままで癒され、美しいと感じられるのは自然のうつろいだけ。だから、風景画という分野が成立するんです。
ですが、我々が営むのは肖像画ですからね。人間に関しては生者も死者も、美点や難点は溢れ返っている。内面の醜悪さも。……それらを全て、引っくるめた上での『唯一の美』でしょう。何を美質として表現すべきか。それを見極め、再構築するのが我々の業ですから。
あとですね。普通、ひとは人前で裸体を晒すことに羞恥を覚えるものです。僕が貴女のために一肌脱ぐくらいはお安いものだと、昨夜もさんざん申し上げたでしょう? 課題は所詮、技法的なもの止まりですし。どうか僕で我慢してください。ご友人がたを困らせては気の毒です。ましてや、僕以外の男せ……あ、いや。これはいいです。何でもありません」
こほん、と一つ咳払い。青年はようやく口を閉じた。
(えぇと……うん。きつい。きついけど、すごくまっとうにあのロゼルにお説教してる。すさまじく、色々混ざってるけど)
(……昨夜? いったい何をどういう状況で、そういう…………??)
二人とも、青年の言うことの大半は、実はよくわからなかった。
とにかく濃いな、ということくらいしか。
* * *
かれ――平民だというイデア・リースは、ロゼルが八歳のころからの家庭教師だという。しかもこの春、なんと内々に婚約まで済ませたらしい。十年上なので、おそらくはロゼルの学院卒業を待って早々の挙式となるだろう。
すらりとしたロゼルより、頭一つ高い。癖のない、長い灰茶髪を緩く左耳の下で結っている。
上辺のみに縁がある、シルバーフレームの眼鏡がよく似合っている。瞳は花曇りの空色。
痩身で派手さはないが目鼻立ちは整っており、口調も柔らかい。見る者に安心感を与えるおっとりさがある。……見る分には。
結局、椅子から立ち上がったロゼルは腕を組み、ふいっと横を向いた。態度は不機嫌な若君だが、表情はどこか少女めいている。
「そういう建前は結構だよ、先生。貴方だって、さんざん美しいものを好むじゃないか。例外は私くらいだろう?
ひとは、美にとても敏感だ。理由なしに惹かれる。ならば課題だろうと何だろうと、描く対象に自分が『うつくしい』と心底思えるものを、と願うことのどこが悪い?!!」
キッ、と、つよく睨めつける森の色の瞳には、荒ぶる感情が透けて見えた。
怒り、苛立ち、『正しいから』と、無条件に押し付けられることへの反抗。届かぬものへの憧憬。
――あぁ、この二人。恋人や婚約者というよりは“同業者”なのだと、すんなり納得した。どうやら、こと芸術分野においては揺るがぬ拮抗関係にあるらしい。
(でも、それって窮屈かも)
ぼんやりとエウルナリアは思った。
自分は――?
次代のバード楽士伯として、果たしてレインと結婚できるだろうか。今は従者だけれど、父が提示した条件「皇国楽士団の独奏者であること」を満たすのは、現在の候補のなかでは、かれ一人。
本当のところ、父のアルムが認めるのはレインか、第二皇子アルユシッドだけなのかもしれない。
(皇子には本来の立場に加え、指揮者としての才も素養もあるので)
――――レインが好きだ。
この気持ちを変えてしまう出来事など、この先あるのだろうか……? と、凜と澄んだ隣の横顔を眺めていると、やさしく視線を絡めとられた。
「エルゥ様」
「うん?」
「僕は、エルゥ様にきついこともたまに言いますけど……おそらくは、イデアさんも。自分だけができること、言うべきことを考えた上での言葉なんだと思います。あちらは、かなり難解でしたが」
じっ、と灰色の瞳がこちらを見ている。
言わんとすることはわかる。でも。
エウルナリアは、にこりと微笑った。
「わかるよ。ロゼルだって、わかってる。だからね……多分、私だからわかるんだと思うけど。あの子がさっき言った『綺麗じゃない』って理由、嘘よ。本心じゃないわ」
キョトン、と、レインは瞬いた。「では?」と呟く。
にっこりと笑みを深めたエウルナリアは、ちょいちょい、と従者の少年を手招いた。素直に耳を寄せるかれに、つま先立ちになって両手を添える。
「きっとね――――」




