事の発端
ここ最近、書籍化作業やらなんやらで忙しく更新が遅れて二遅れてしまいました。そして本当なら昨日投稿するはずが、寝落ち。
そんなタイトル略して元むすですが、お気にいただければ評価や感想、登録のほどをよろしくお願いします
誰だ、この命知らずは?
冒険者たちやギルド職員の脳裏には揃ってそんな言葉が浮かび上がっていた。それもそのはず、この命知らずことキュモールがプロポーズしたのは、よりにもよって竜王を単独で討伐する女、敵に回せば死ぬより恐ろしい目に遭う剣鬼、万夫不当の親バカと名高いシャーリィなのである。
そんな女に、大衆の面前で堂々と、突然プロポーズした。ある意味男らしいと言えば男らしいのだが、相手が悪すぎることもさることながら、シチュエーションも全く考慮されていない。
これで本当に女を口説き落とせると思っているのなら真実愚か者だが、どうやらキュモールはそういう類の男らしい。
「ん? ん? ど、どうしたんだな? 喜びすぎて声も出ないんだな?」
一体どういう価値観と思考回路があればそんな結論に至れるのか。キュモールに背を向けたまま反応が無いシャーリィに全ての冒険者たちが注目していると、渦中の本人である彼女は神妙な表情を浮かべながら、同じテーブルに座るカイルたちにこっそりと囁いた。
「……皆さん」
「な、何?」
「……これは、私と同名の方に言っていると考えてもいいんでしょうか?」
「いや、どこからどう見てもあんたに向かって言ってるだろ。あのデブ……じゃなくて貴族男、こっちの方をめっちゃ見てるし」
「花嫁と聞こえた気がしたのですが……これは何かの聞き間違いということは……?」
「無いと思いますぞ。少なくとも、この場に居る全員の耳にはそう聞こえたようですし」
「……つまり先ほどから聞こえる妄言は……」
「プロポーズでしょ」
「……やはり、そうですよね」
頭が痛いとばかりに眉間を抑え、軽く項垂れるシャーリィに哀れみにもよく似た視線が、ギルド中の女から集中した。
「さ、さっきから何をブツブツ喋ってるんだな!? こ、この僕が迎えに来たんだから、喜んで胸の中に飛び込んでくるのが筋なんだな!」
「……はぁ」
何しろ相手がこれである。シャーリィ自身、どうやら信じられない……というか、信じたくないらしい。当たり前と言えば当たり前だろう。ちゃんと話したこともないにも関わらず、その目が明らかにこちらを下に見ていると分かるような男である。
「……ていうか、今のはプロポーズって自力で理解できたんだ」
「? 何を言っているのです? 結婚しろなんて言われれば、誰だってそう思うでしょう?」
「いや、俺たちはてっきり『政略結婚を逃れるための偽装結婚の依頼に来たのでしょうか?』、みたいな頓珍漢なこと言いそうだと思ってたし」
「貴方たちは私を何だと思っているのですか?」
心外だと言わんばかりの表情を浮かべるシャーリィ。しかし身近な少年の眼差しの意味にも一切気付いていないので、弁明の余地無しと彼女の不満を無視する。
「ま、こういう直接的な言葉なら通じるみたいだし、言えるように頑張れよ?」
「な、何でそれを僕に言うのかな!?」
「……あの二人、何を言ってるのでしょうか?」
「そういうところが鈍感だって言ってるんだけどね」
この話の流れを聞いてもカイルに対する言葉の意味が理解できないシャーリィ。一体どういう事かとレイアに聞き返そうとした矢先、ずっと放置され続けたキュモールが金切り声を上げた。
「む、無視するんじゃないんだな! ぼ、僕を誰だと思ってるんだな! 王国随一の名家、シュトラール公爵家の跡取りだぞ! パ、パパに言って不敬罪で捕らえさせるぞ!」
ダンダンと床を踏み鳴らしながら放たれたその言葉に、ギルドに居た全員が顔を顰めた。自分たちとは明らかに違うタイプの人間であることもそうだが、いい年した大人が親の脛を齧るような発言に呆れ果てたのだ。
「一応話は聞きますが……」
流石にこれ以上放置はできないと、シャーリィは席を立ってキュモールと向かい合う。そして意外な言葉を口にした。
「まず当たり前の疑問…………貴方は誰ですか?」
「え!? 知らない人なの!?」
いきなり結婚を申し込みに来るくらいだから、互いに知っている間柄だと思っていたのに、シャーリィ本人は全く知らないらしい。なら一体どういう経緯があったのか、それが気になって聞き耳を立てるレイア達など眼中に収めず、キュモールは心外とばかりに目を見開いた。
「そんな……! き、君は忘れてしまったというのか!? あ、あの運命的な出会いを!」
「そう言われましても……」
心当たりがないのにどう思い返せばいいのか分からず困惑していると、ユミナが思い出したかのように手のひらを拳で叩いた。
「そういえば、去年の秋でしたかね? シュトラール公爵家の警護依頼を受けませんでしたか?」
「……あぁ、そういえばそんな事がありましたね」
去年のこの日より一月以上経ったくらいの時の事だ。シャーリィは自領から王都へ出向くシュトラール公爵一家が乗る馬車の護衛を任されたことがある。
当時は貴族が乗る馬車を狙う盗賊団が活動しており、シャーリィはシャーリィで王都に用事があったが為に、物のついでとばかりに引き受けたのだ。
結局その道中では件の盗賊団が現れた訳だが、シャーリィが一人残さず気絶させ、全員逮捕という形で事態は収束。無事に依頼を達成できたという訳だ。
「ふむ……やはり話した覚えもなければ、正面から顔を合わせた覚えもありませんね」
その時は確か、執事を名乗る男性から事情の説明、依頼状況の報告などをしていたはずだ。馬車の中にはキュモールが乗っていたかもしれないが、その馬車と並走しながら周囲を警戒していたシャーリィは、彼と対話することなど無かった。
やはり思い違いか何かではないのか。一年も前の事だし、誰かと勘違いしているのではないのかと説明したが、キュモールを納得させることは出来なかった。
「か、勘違いなんかじゃないんだな。あ、あの時、盗賊団を叩きのめした君と、確かに目が合ったんだな」
何か、信じられないようなことを言い出した。言われた本人であるシャーリィは勿論のこと、カイルたちも聞き耳を立てていた冒険者たちも目が点になってしまう。
「と、盗賊どもと戦う君の美しい姿に、ぼ、僕は一目で恋に落ちちゃったんだな。そ、その宝石のような美しい二色の目と見つめ合った時、ぼ、僕のお嫁さんは君しかないと確信しちゃったんだな」
「…………」
鼻の下を伸ばしながらそんな事を宣うキュモールに、鉄面皮を僅かに変化させながらドン引きするシャーリィ。キュモールの口説きを間近で聞いていたレイアに至っては、嫌悪感をまるで隠している様子が見られない。
それもそうだろう。こうして話してみて確信したが、かなり気持ちの悪い男だ。ただ視線が合っただけで結婚まで話を飛躍させられるほど目を付けられるなど、一体誰が想像できるだろうか。
「情熱的……と言えば聞こえはいいのかなぁ……?」
「いや、あれはもうストーカーの心理だぜ」
今の自分には到底真似できそうにない、正面切ってのプロポーズを見せつけられてヤキモキしていたカイルも、喜劇や茶番にしかみえないこの光景の前には「羨ましい」とか「シャーリィさんが了承したらどうしよう」とか、そんな考えには至らなかった。
(……どうしてこんな事に……私はただ、娘の自由研究の相談に来ただけなのに)
そんな少年の安心を保証するかのように、シャーリィの女心はどこまでも凪いでいた。
実はこれまでも依頼主……主に護衛としてシャーリィを雇った男性から熱心に口説かれた経験がある。しかしその時は所詮ただの社交辞令、リップサービスだと思って適当に受け流していたのだ。……相手の本気具合には一切気付かずに、だが。
よく知りもしない相手に何かを言われても、どうこうするつもりは毛頭ない。シャーリィの余りの素っ気なさに大抵の男は依頼終了と共に諦めるのだが、まさかギルドにまで押しかけてくる粘着質な男がいるとは。
「ギ、ギルドの守秘義務とか何とかって言われて見つけるのに時間が掛かったけど、ようやく君の元に辿り着いたんだな。い、今すぐ僕と一緒に来るんだな」
それがこんな男である。もしキュモールがシャーリィがよく知る相手であり、なおかつ誠実で心優しい人物であるのであれば、心を乱されることくらいはあったかもしれないが、明らかに口説いているシャーリィすらも下に見ているような視線はどうにも気に入らないし、なにより貴族と深い関わりを持つのはもう御免こうむりたいのだ。
「お断りします」
「な、ななな何でなんだな!? ぼ、僕のいう事が聞けないとでも!?」
至極当然の返答に信じられないとばかりに瞠目するキュモール。
「み、未来の旦那様に向かって反抗するなんて許されないんだな! お、女は男の言う事に素直に従っておけばいいんだな!」
「お断りする、と言いました。私が貴方の言う事に従う理由など皆無なのですから」
「な、なななな……!? ぼ、僕を誰だと思ってるんだな!? シュトラール公爵家の嫡男、キュモール様だぞ! ぼ、僕の言う事を聞かない奴は、パパに懲らしめられるんだからな!」
言う事を聞かない相手に対してこの物言い。ここまで来ると滑稽である。ギルド内の冒険者たちが、この茶番が後何分続くのだとか、シャーリィとキュモールのどちらが先に折れるかなどを賭けの対象にするくらいには。
「私はこの街を離れるつもりは毛頭ありませんし、貴方と結婚するつもりも一切ありません。それに気になったのですが、公爵家嫡男ともなれば婚約者がいるのではないですか?」
「あ、あんなのは親が勝手に決めたどうでもいい女なんだな! ぼ、僕には君という運命の人が居るんだから、あんなのはすぐにポイするんだな!」
シャーリィの視線の冷たさに磨きがかかる。婚約者がいる身でありながら他の女に現を抜かすなど、それではまるでシャーリィがこの世で一番嫌いな男と同じではないか。
キュモールの婚約者がどのような人物かは興味ないが、仮にも婚約者にここまで言われては、まだ見ぬ令嬢への深い同情と共に目の前の男に嫌悪感が湧き上がる。
「第一、私には娘が二人いるんです。その子たちにはこの街に友人がいますし、年頃でもあるので急に男親が出来ては強い影響を受けるかもしれません」
それでもシャーリィは言葉での説得を試みた。威圧や暴力でこの場を凌ぐのは簡単だが、ここ最近多少は性格が丸くなったことが影響しているのだろう。横柄なキュモールが納得する形での解決を目指そうとしたシャーリィの心意気を、貴族とは名ばかりの小者は呆気なく踏み躙った。
「ふ、ふん! そ、そんな他所の男の血を引く子供なんて、シュトラール公爵家には必要ないんだな! こ、この街にあった孤児院にでもポイすればいいんだな!」
ギルド内の温度が、氷点下にまで下がったような錯覚が冒険者たちを襲う。歯が噛み合わずガチガチと鳴り、全身から汗が流れているにもかかわらず寒気が止まらない。
その理由が、闘気と魔力で純白の髪を躍らせるシャーリィであるといち早く気が付いた冒険者たちは、神経が途方もなく図太いらしいキュモールに視線で訴えかける。
バカなことを言うなと。今すぐ訂正し、土下座して許しを請うべきだと。しかしそんな彼らの視線も目の前から迸る殺気の大瀑布も気に留めない、ある意味で大物感漂うキュモールは更にとんでもないことを言い出した。
「で、でも、君が産んだ子供ならきっととんでもなく可愛いんだろうね。も、もしそうなら、僕の愛人二号と三号にしてあげても良いん」
その言葉を最後まで言い切ることなく、シャーリィが手元に召喚した鞘による下から上への一撃で顎を砕かれたキュモールは、天井すれすれまで打ち上げられてから、遅れて打撃音がギルド内部に響き渡る。
そして引き連れていた執事やメイドたちがその事を認識するよりも先に、彼ら全員をもれなく後頭部への一撃で昏倒させてから、どさりと床に落ちたキュモール。その顎は歪み、白目を剥いて泡を吹きながら気絶していた。
「すみませんユミナさん。少し裏を借ります」
「ど、どうぞ」
そんな彼の襟首を掴むと、シャーリィはギルドの裏手の方へと引きずり始める。開いた左手には、敵の五感を操作する拷問剣、《冥府の神経》が握り締められていた。
この一件は事の発端です。
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