表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/135

そして悪鬼は悪女の本質を知る

タイトル略して元むすです。お気にいただければ評価や登録のほどをよろしくお願いします。


 ペタリと、赤褐色の塗料に塗れた細筆が、ソフィーとティオの白い肌の上を走る。魔術書を読みながら娘の手の甲に紋章を描くシャーリィの両隣には、それぞれベリルとルベウスの血液を混ぜ、魔術処理が施された触媒が入った瓶が置いてあった。


「ん……ちょっとくすぐったい」

「すぐに済むので、我慢してください」


 今執り行われているのは、使い魔契約の儀式の前準備だ。

 これまで一度も使い魔を使役したことがないシャーリィだが、道具と簡単な術式さえ揃えれば誰にでも扱える儀式であるという事を知り、二羽の霊鳥と双子の間に主従契約を結ばせようとしている訳である。


「よし……これで準備は終わりました」


 鳥のシンボルである翼を象った紋章を描き終えると、シャーリィは二人の手を握りながら静かに瞳を閉じ、まるで祝詞を紡ぐような涼やかな声で詠唱を始める。


「《我が命数を名代とする》」

「わわっ!?」


 契約の名代として間に立ったシャーリィの魔力により、母娘を中心に緩やかな風が部屋の中で渦を巻く。舞い踊る長い白髪に目を奪われるソフィーとティオとは裏腹に、シャーリィは初めて使用する儀式魔術に動揺せず、慎重に術式をなぞっていった。


「《彼の命は汝の剣に・其の魂は汝の盾に・汝は契約の天秤に従い力を示す者》」


 手の甲に描かれた紋章が強い光を発し始める。その奥から伝わる鼓動は果たして偶然なのか……否。それは契約の縁が結ばれようとしていることで、そのつながりを通じて聞こえてくる霊鳥の心音だった。


「《翼広げ天の守り手となれ》」


 そして詠唱の終わりと共に一際強い光を発した紋章は、肌に染み込んでいくように消える。その様子を見届けてからまじまじと自分の手の甲を眺めるソフィーとティオを見ながら、確かな手応えを実感するシャーリィ。


「これで終わり?」

「えぇ。召喚の術式は手の紋章に組み込まれていますから、後は必要な魔力を注ぎながら自己暗示を成功させればいつでもどこでも召喚できますよ」

「……自己暗示」


 無表情な眠気眼のまま首を傾げるティオ。どことなく難しそうな表情を浮かべる妹の隣でしばらく逡巡していたソフィーは、意を決したように詠唱を口にする。


「えぇ……と、《ベリル》っ!」


 次の瞬間、宙空に浮かんだ魔法陣から青い光と共にベリルが現れる。つい先ほどまで道具箱の中の鳥小屋でエサ皿を突いていたのだろう、頬をパンパンに膨らませながら、「ご飯はどこに?」といった風に首を左右に振っている。精霊の威厳皆無である。


「むぅ……今の、どうやったの?」

「普通の魔術みたいに術式まで考える必要は……今のところはいいから、とにかくルベウスを近くに呼ぶみたいなイメージを強く持てば出来ると思う」


 そう言われて瞳を閉じ、ムムムと少しだけ眉根を寄せながら唸るティオ。


(やはり……ティオは自己暗示が少々苦手みたいですね)


 術式は得意不得意はあれど、理解しようと思えば理解できるものだが、自己暗示は本人の性格や素質によるところもある。

 ティオは視覚や聴覚、直感といったその場での情報で立ち回る素質があるとシャーリィは分析しているが、頭を捻って結果を想像するのはそんなに得意ではないということも理解している。

 

「ん~……《ルベウス・こっちに来て》」


 それでも、やや時間はかかったが召喚に成功したティオ。現れた魔法陣から赤い光が漏れ出し……ポトリと何かが床に落ちた。


「クー……ピー……」


 自由落下によって木板に衝突しても起きる気配のないルベウスは、仰向けになりながら翼で腹を掻き、鼻提灯を膨らませながら寝息を立てていた。精霊の威厳絶無である。


「……お母さん、ルベウスって本当に精霊?」

「なんか、私が想像してた精霊と随分違う気がする……もっとこう、神秘的なの想像してたんだけど……」

「少なくとも、霊的な存在に近いことは確かです」


 ジト目で赤い霊鳥を見下ろすティオ。物語に出てくる精霊っぽさがまるでない二羽を見比べて疲れた声を漏らすソフィー。ひたすら明後日の方向に顔を向けるシャーリィ。余りにも俗っぽい姿を晒すベリルとルベウスには、流石の母娘も微妙な雰囲気にならざるを得ない。


「まぁ、これはこれでカワイイから良いけど。余り威厳があっても接しにくいし」

「ん。わたしも何気に初めて魔術使って満足」


 ティオのそんな言葉を聞いて、シャーリィは内心複雑な気持ちを抱える。

 娘二人の将来の夢は冒険者だ。防犯手段の一つとはいえ、使い魔という危険な冒険にも活用できる力を与えてしまったことを悩みながらも、夢に向かって前進している手応えを感じさせる声色に喜んでいる自分がいる。

 

(この子たちが成人を迎えた時、まだ冒険者になるというのであれば……)


 果たして娘たちは過酷な旅をシャーリィに認めさせるだけの何かを見出せるのか。その時が来れば、せめて大人になるに相応しい壁を用意しておこうとシャーリィは心の中で決める。


(願わくば、その時が訪れるまでこの穏やかな時間が続きますように)


 ベリルに鼻提灯を割られて飛び起きるルベウス。その様子を笑いながら眺めるソフィーとティオを、シャーリィは人知れず穏やかな微笑みを浮かべながら見守っていた。




 一方、その頃の帝国帝都に在住する騎士たち……主に平民……の間では、とある人物の陰口が横行していた。


『聞いたか? 最近ヴォルフス団長、罪人を無意味に虐げてるってよ』

『国の秩序の一端を預かっている騎士団のトップが、そんなんでどうするんだよマジで。これならレグナード侯爵家から団長を選出した方が良かったんじゃないか?』

『あそこは昔から公平だって、団の古株の人も言ってたしなぁ』


 元々格差至上主義者だったグランが、最近罪人を見るや否や、人の尊厳や権利などないかのような振る舞いをしては、良識的な騎士から眉を顰められているという事実を、とある騎士が噂として流し始めた。

 噂は噂を呼び、不信は不信を呼ぶ。やがて貴族の特権や名門の権力で握り潰してきた事実は隠しきれないほど肥大化し、帝国政府の一部が、自分たちが巻き添えを食らう前にグランを切り捨てる形で処罰するべきではないかという話が持ち上がり始めた。


「それで、今日はどうしたの? グラン」


 仮の住まいである公爵邸に引き籠っていることが仇となり、そんな話が出回り始めている事など知る由もないアリスは、無警戒にグランの誘いに乗り、帝都にある彼の別荘へと足を運んでいた。

 最近は夫であるアルベルトが構ってくれない。そんな苛立ちを紛らわすために、今はグランや宮廷筆頭魔術師を始めとする美男と閨を共にしているのだが、ここ最近ではグランと共にいる時間が最も多い。

 これはグランが騎士団長としての職務を他の団員に押し付けているからであるが、アリスからすれば些細な事だ。むしろ夫が職務を言い訳に自分に尽くさない事に不満を抱えている彼女からすれば、何よりも自分を優先してくれるグランに寵愛を与えても良いと思っているくらいだ。


「アリス……いつも明るい君の笑顔には、最近陰りのようなものが見える。原因はやっぱり、王国に居る忌々しいあの女の事なんだね?」


 突然振られた話題に、アリスは自分の機嫌が急降下していくのを自覚する。

 しかし、それは図星だった。あの神前試合以降、何もかもが悪い方向へ向かって言っているように感じるのは、王国で順風満帆に暮らしている若く美しい姉がいるからに他ならない。

 

「いくら城の立て直しが急がれる状況とはいえ、君の事が後回しにされる現状にも俺は納得がいかない。だから俺は、少しでも現状を打破する為にできることを考えたんだ」

「まぁ! 流石グラン! 頼りになるわ! それで、どんな手を思いついたの?」


 やはり男というのは何時だって自分の為だけに動いてくれるものでなくては! 

 急激に落ち込んでいた機嫌が上昇するアリス。一体どんな手を考えたのかと思い、期待を胸にして問い質してみれば――――


「簡単だ! この俺の武力をもって、王国に居るソフィーリア殿下とティオニシア殿下の身柄を確保する! 建築や政治など俺は門外漢だが、騎士として人間の扱いにはそれなりに心得があるんだ」

「……はぁ?」


 思わず猫を被り忘れて、心底呆れた声が口から洩れる。

 ソフィーリアにティオニシア。これらは帝国政府が勝手に改名したソフィーとティオの皇女としての名前だが、それを守るのが帝国最強の騎士を退けた怪物であり、グランはルミリアナに完膚なきまでに敗北している。

 確かにソフィーとティオの身柄を確保できれば、後継者問題が一気に解決して重荷が一つ減るだろう。しかし、その為の障害があまりに大きすぎる。

 所詮は脳まで筋肉のバカかと、アリスはすっかり萎えた気持ちを隠しながら、いつもと変わらない健気な令嬢の仮面をつけてグランの考えに異を唱えた。


「でもグラン、なんだかよく分からないけれど、帝国の要人が王国に入ったら問題になるって大臣たちが言っていたわ。王国に居るアルベルト様の娘に、騎士団長の貴方が会いに行っても大丈夫なの?」


 現在の警備体制では密入国を防ぎきることはできないが、もしも帝国要人が王国内で問題を起こしたことがバレれば、諸外国が一斉に帝国を非難し、信用を失わせて物流が止まるように、国王によって根回しがされている。

 神前試合の後、その事を一切考慮せずにアルベルトとアリスが王国へと押しかけようとしたことがあるのだが、必死に止めに入った大臣のおかげで、とりあえず王国に行けば贅沢が出来なくなるという事だけは理解していた。


「それも問題ない。俺はずっと考えていたんだ……この世の誰が文句を言ってきても関係がない……全てを跳ね除けることが出来る力があれば、君の望みを全て叶えることが出来るのだと」

「……グラン?」


 何やら様子がおかしい。その事を理性ではなく感覚で察したアリスは訝し気に声を掛けるのだが、その声も聞こえていないのか、グランは陶酔したかのように話を続ける。


「レグナード家に宝剣があるように、我がヴォルフス家にも皇帝陛下に下賜され代々受け継がれてきた宝剣がある。この力さえあれば、《白の剣鬼》などと持て囃されている馬鹿な女も、諸外国の軍勢だって敵じゃない」

「え!? ほ、本当に!?」


 警戒したのはほんの少しの間。聞かされた力の大きさに、瞬時に手のひらを返して欲望を肥大化させたアリスは嬉々として問いかけた。


「そんな凄い剣があるなんて、やっぱりグランは私の理想の騎士様だったのね!」

「ふふ……褒め過ぎだよ、アリス」

「それで、その剣は今どこに? 私見てみたいなぁ」


 今のグランが帯剣しているようには見えない。そうとなるとグランの実家に厳重に保管されているのだろうかと考えていると、グランの返答は意外なものだった。


「あぁ、丁度今持っているから見せてあげるよ」

「え?」


 アリスが疑問を口にするよりも前に、グランの右腕が無数の大蛇が蠢くように形を変えながら肥大化していく。服の繊維を引きちぎり、まるで縄のように纏め上げられた無数の人間の腕がグランの右肩から伸び、その先端の中心から無骨な両刃の剣身が突き出ていた。


「い……いやぁああああああああああああっ!?」


 正に化け物。そう称するに相応しいグランの変貌に、アリスは甲高い悲鳴を上げながら、背もたれから地面へと無様に転がり、抜けた足腰を両手で引きずりながら距離を取った。


「ははははは! 見てくれ、この逞しい姿! 漲る活力! まさに君の騎士に相応しい姿と力だと思わないか!?」


 恐慌に陥る愛する女の様子に気付く様子もなく、グランは誇らしげに悍ましい腕を掲げる。

 逞しいというよりも不気味。活力というよりも邪気。一見するだけで外法の術で生み出された腕に魅入るグランだが、以前の彼が客観的にその姿を見れば、唾棄すべき異形の姿にしか映らないだろう。それこそ、帝国貴族が忌み嫌う白髪とオッドアイや、魔族よりもよっぽどだ。

 しかし今のグランには、全身に滾る力と呪詛が自分のものであるという事実に舞い上がり、むしろ今の自分の姿が世界で最もアリスに相応しい美しさであるという錯覚すら覚えていた。


「見ていてくれ、俺が手に入れた力で、君に勝利と栄光を捧げるよ」


 皇妃にあるまじき情けなく腰を抜かしたアリスの前で片膝をつき、左手でアリスの手を取ってその甲にキスを捧げようとした瞬間――――


「私に触るんじゃないわよ、この化け物っ!!」


 弾かれた手と打擲された頬の痛みに唖然とする。何時だって優しさと温かさを絶やさなかったと信じ切っていた顔は汚物を見るかのように歪められている。

 今、グランは初めてアリスの素顔を知ろうとしていた。


新連載、「冤罪被せられた令嬢の為なら、俺は最強の魔物になれる」もよろしければ見ていってください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ