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人魔獣

季節の変わり目で風邪引いていましたが、週一投稿は守れてよかったです。

そんなタイトル略して元むすですが、お気にいただければ、評価や登録のほどをよろしくお願いします。


 人間の要素を多分に含んだ怪物……これを仮に人魔獣(じんまじゅう)と名付けよう。

 恐らく蛇のように熱源を探知したのか、あるいは蝙蝠のように振動を探知したのか、シャーリィを眼球も無しに確認した人魔獣は、自身の体を構成する人のそれと酷似した無数の手足を一斉に伸ばした。

 同時に向かってくる拳や蹴り、手のひらや手刀の数は人間はおろか、並みの生物のそれとは比べ物にならない連続攻撃。見るも悍ましいその連撃を前に、シャーリィは聞いていた情報との違いに、僅かだが瞠目した。


(私が聞いていたよりも厄介な攻撃と速度ですね)


 初めにこの人魔獣と遭遇したDランク冒険者三人に対しては、精々人間と比べて随分長い腕を振り回す程度だと聞いていたのだ。

 それが急に縄を解くかのように自身を構成する手足を分裂させ、恐らくCランクでも対処が難しく成る速度で一斉に攻撃してきたのだから、これには予想外であるとシャーリィも認めざるを得ない。


(進化している……? それとも全力を出さなかった……? 姿だけではなく行動まで自然から逸脱していますね)


 生物が短期間で生態を変えるなどありえないし、恐らくとは言え格下相手に本気を出さないというのも考えにくい。

 野生は常に生き残りをかけた闘争が満ち溢れて居る。よほど高位な魔物でもない限り、格下が相手であろうと全力で殺しに行くのは、どんな攻撃的な生物であっても変わりはしないのだ。


(だからと言って知性があるわけでもなければ、特別高位という風にも見られない……一体どういう生物なのでしょうか?)


 と、攻撃が到達するまでの間、そんなことを悠長に考えていたシャーリィ。

 それは戦闘においてはあまりに致命的な隙。人魔獣は敵を前にして呆けたように思考に耽る獲物に、本能でほくそ笑んだ。


「……ふん」


 しかし、まるで下らないと言わんばかりの短い声とともに、シャーリィへ向かってきていた十数本の手足は、瞬時に彼女の手元に召喚された二振りの湾曲剣によって悉く斬り捨てられた。

 剣筋はおろか、影すら追えず、斬られた感触すらも数秒遅れる神速の斬撃空間に向かって、文字通り不用意に手足を突っ込んだ人魔獣が痛みを認識するよりも先に、《白の剣鬼》は人魔獣を自身の間合いの内に入れる。


「ァアァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 大地を蹴って僅か一歩。事実、人魔獣も気付かぬ速さでその命脈を断ち切ろうとしたシャーリィだったが、そこでようやく痛みを認識したのか、人魔獣は白い歯が覗く無数の口から、金切り声にも似た絶叫を上げる。

 超音波にまで昇華されたその咆哮は木々を割り、大地に亀裂を入れるほどの威力となってシャーリィを襲うが、所詮音は音。

 常人なら鼓膜が破れるか、そうならないようにするために耳を抑えて動きを止めるのだろうが、シャーリィは体力や魔力を消費する代わりに強制的かつ尋常ではない肉体復元能力を持つ半不死者(イモータル)だ。

 鼓膜が破れようが一秒と掛からず元に戻るし、それ以外のダメージも無いに等しい。そう割り切り、無駄に時間を使わない為にも気にせず湾曲剣を振り抜こうとしたが――――


「っ!?」

「ギャアアアアアアアアアアアアアアッ!?」


 何時もの彼女ならダメージを無視して何十何百もの肉片に変えられるであろう隙であるにも拘らず、あえてその場から急いで飛びのき、代わりに両手の剣を投擲して無数にある口の内、二つに突き刺した。


「……ふむ」


 痛みにのたうつ怪物の動きを注視しながら、シャーリィは耳を抑えながら僅かに驚く。

 今の爆音波に何らかの魔力的な力が付与されていたことは、異能で見抜いていた。恐らく自身の声の音量を最大値まで引き上げる類のものだと高を括っていたのだが、実はそうではない。

 これはそんなものよりも極めて凶悪なもの。耳を介して脳に直接衝撃を与えるという、極めて殺傷性の高い死の咆哮だ。音量の増加など、その副産物に過ぎない。

 そしてそれは、シャーリィのような半不死者にとって大きな脅威になる。半不死者は精神の異常によって魂と肉体が変質した存在……その精神を司る脳へ受ける影響は、普通の人間と比べて遥かに大きいのだ。

 

(なるほど……半不死者に対する天敵という訳ですか)


 となると迂闊な攻撃は出来ない。そう考えているシャーリィの心理を読み取ったかどうかは分からないが、人魔獣は空想錬金術で疑似的に生み出された二振りの剣が消滅するのと同時に、全身にある無数の口から息を吸い込む。

 恐らく次に放たれるのは、人魔獣の最高火力。全霊の魔力を費やした、滅びの叫びが半不死者の脳を破壊する……そんな一撃を放とうとした瞬間――――


「まぁ、それでも遅すぎますが」


 その動きは、最初の数倍速い。

 影も残さないどころではない。恐らく目がないからこそ優れた探知能力を持つであろう人魔獣に認識されないほどの速度でその体を横ぎり、そのすれ違いざまに全身全ての口にレイピアを突き刺したのだ。


「……ァ……ゴポッ……!」


 こうなってしまえば、殆どの生物は生命を維持できない。人魔獣もその例に漏れず、全身の口から血泡を噴き零しながら、ドスンッと音を立てて地に伏した。


「ふぅ……討伐完了」


 口は悉く損傷したが、危険な術を行使させないためにも必要な事だと割り切り、シャーリィは縄と茣蓙(ござ)を手元に召喚してから、人魔獣を簀巻きにして固定し、《ハイライズ》によって強化された腕力で運び始める。


「うん……っ。流石に、重いですね」


 元々シャーリィは華奢であり、身体強化魔術を使っても限度というものがある。これならアステリオスあたりに頼んで付いて来てもらった方が良かったかもしれないと若干後悔しながらも、シャーリィは必死に森の外へと運び、魔物除けの結界の中に放置してから、近くの農村へと荷車を借りに疾走したのであった。




 農村の集会所に設置されていた通信魔道具を使い、ギルドの竜舎から戦車を引いた騎乗竜を派遣してもらったシャーリィは、人魔獣を御者台に乗せて大急ぎで辺境の街へと戻ってきた。

 人魔獣の遺骸をギルドへ引き渡し、出会った時の印象から戦闘時の様子まで事細かに報告し終わった時には、既に太陽が沈む直前となっており、シャーリィは娘と食事をするために急いで帰宅しようとしたのだが――――


「あ、ちょっと待ってください、シャーリィさん」

「……はぁ?」

「ひぅっ」


 一体なんだこんな時に。早くしないと愛娘たちに食事を用意して家族団欒の時間が減ってしまうではないか。

 そんな想いと殺気が混じった視線を受けて、呼び止めた張本人であるユミナは思いっきり腰が引けてしまうが、そこは何時も百戦錬磨の冒険者や無頼を相手にする受付嬢。そんなに凄んだって負けはしないと、要点だけを告げる。


「じ、実はですね? さる方からとある方を仲介して、私からシャーリィさんに届けて、すぐに返事を送ってほしいという手紙を預かっているのですけど」

「…………」


 シャーリィは思わず眉を顰める。どこの誰からも分からない人物からの手紙のようにも聞こえるが、この言い回しは簡単に口に出すことの出来ない人物からの手紙という意味だ。

 

「その手紙は?」

「これです」


 一見なんて事の無いごく普通の手紙に見える。封蝋などは使われておらず、差出人も書かれていないが……その代わりに『夏の日のレモンティーを好んだ貴女へ』という一文だけが封筒に記されていた。


(私の貴族時代を知る人……?)


 平民になった今でこそ、紅茶などという洒落た飲み物を飲む機会は、ギルドでの接待を除けば殆どないシャーリィだが、貴族令嬢時代は暑い日のさっぱりとしたレモンティーを好んでいた。

 アルベルトがその事を覚えているとは何となく想像がつかないし、血縁とも好みを伝える間柄ではなかった。となると、シャーリィの昔の好みを知っている人物は消去法でただ一人。


(フィリア姫……?)


 受け取った封筒を開き、中の手紙の文字を見てみると、それはかつて実の妹以上の絆で繋がれた、義理の妹になるはずだった少女の文字に違いなかった。

 恐らく王族を仲介して回ってきたのだろう。極めて機密性の高い内容が記されているであろうことが容易に推察される手紙を読んでみると、そこにはシャーリィを気遣う言葉や突然の手紙に対する謝罪、そして本題が簡素に記されていた。


『■■……シャーリィ様は、ヴォルフス家に伝わる宝剣についてご存知ですか? 何か知っていれば、ぜひ詳細をお教えいただきたいのです』


 姉様と書いても怒りはしないのに……シャーリィは書き直された後を見てから嘆息し、件の宝剣について思い返す。

 帝国武門の双璧と謳われた名家に伝わる宝剣の逸話はポピュラーな部類だが、レグナード家に伝わる《五元の指揮権(クラレント)》に対し、ヴォルフス家に伝わる宝剣は、何らかの事情があるのか分からないが、表舞台に出てくる事が無かったために謎が多い。

 冒険者ギルドには他国に伝わる伝承も流れつくが、ヴォルフス家の宝剣については常に曖昧だ。銘すらも分からない。

 一説には魔物を従える剣。持つだけで強くなる剣。人々に癒しを与える剣と、統一性のない力の噂ばかりが独り歩きする魔武器であるということくらいしかシャーリィは知らない……力になれないようで悪いが、その旨を伝えようとしたその時、ふと思い返した言葉が脳裏をよぎる。


 ――――クラレントは威光を象徴する剣。そしてもう一振りは、戒めとしてヴォルフス家の当主と皇帝夫婦にのみしか伝えられない。君とアルベルトも、いずれ皇帝と皇妃の椅子に座れば、私の口から話す時が来るだろう。


 先帝、ルグランの言葉が脳裏に蘇る。そしてなぜフィリアがこのような手紙を送ってきたのか……そこから導き出せる答えはただ一つ。


(グラン・ヴォルフスの暴走)


 記憶の底にある人物像を思い起こす。何かにつけては人の揚げ足を取ろうとする、悪い意味で騎士らしくない人物だった。以前の神前試合の時も、妬みが混じったドロドロした目を向けてきていたのを憶えている。

 そのグランが、宝剣を悪用しているのだとしたら? 恐らくこの手紙は警告でもあるのだろう、どうかソフィーとティオの安全に気を付けてくれという。


(とはいっても、例の宝剣には不穏な要素があるのではという憶測しか……いえ、そういえば)


 一人だけ、宝剣の秘密を知っていて、それをフィリアに語ってくれる可能性のある人物がいることを思い出す。

 シャーリィはそれらの事を手紙にしたため、それをユミナに渡してから急いでタオレ荘へと戻っていった。




 少々遅れてしまったのでタオレ荘の食堂での食事になるが、ソフィーとティオと一緒に食べられる。そう思うと、急いで仕事を片付けた甲斐があると、若干ウキウキしていたシャーリィだが、間借りしている部屋に入った途端、彼女の思考は硬直することになる。


「お母さん、なんか凄いことになってる」

「ベリルとルベウスがいきなり飛べるようになったんだけど!?」


 今朝出かけた時は雛鳥だったはずの二羽が、いつの間にか娘二人の傍を羽ばたいていた。



作者が思うに、尋常ではない復元能力を持つシャーリィは、永遠の処…………

書籍化目指す作品、「最弱魔王が異世界から戻ったら、勇者がチヤホヤされていたので、最弱クラスを率いて成り上がる」の、良ければ見ていってください。

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