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鳥籠騒動

活動報告にも載せましたが、先日パソコンとケータイの液晶が同時に寿命を迎え、投稿に間ができてしまったことを深くお詫びします。

そんなタイトル略して元むすですが、お気にいただければ感想と評価のほどをよろしくお願いします。


 シャーリィの懸念が杞憂に終わったことが二つある。一つはソフィーとティオの体にピッタリと張り付いていた雛鳥が、翌朝になった途端に離れたことだ。

 このまま長々と張り付かれることで発生する生活への支障、学校に対してどう説明しようかという悩みから解放されたのだが、前日まで全く離れる気配のなかった雛鳥が急に離れるというのはかえって不穏である。

 原因は何なのか、病気などではないのかという不安もあったが、タオレ荘に住んでいる斥候の冒険者……雛鳥とは別種の霊鳥を使役している男に話を聞いてみると、問題は一切ないという太鼓判を押された。


『元々、霊鳥っていう種にはありがちなことでな。孵ったばかりの雛鳥は親鳥の体に張り付いて自分の魔力を安定させてるんだよ』


 どの生物でも子供の時はあらゆる意味で安定しないことが多々ある。その最たるものの一つが魔力であり、魔力の暴走や幼体には過剰な魔力によって体に不調を起こすケースは、人間でもよく見られることだ。

 現にソフィーやティオも幼児の頃は過剰な魔力でよく体調を崩していたが、それは魔力に伴う体の成長によって改善されていき、今ではある程度自分の魔力を操ることすら可能である。

 しかし、親が子の面倒を甲斐甲斐しく見ることが当然である人間とは違い、過酷な野生ではそのような異変に気付かないまま、自分の魔力に殺される生物は多数存在する。

 その死亡率は外敵による捕食や病気など、動物や魔物の子供が死ぬ最も可能性が高い二つと比べても遜色が無いほどだ。

 そんな野生の中にあって、高い知能を持つ霊鳥が選んだ進化とは、雛の死亡率を大幅に下げる画期的なものだった。

 安定している魔力路を持つ別の生物……もっとも一般的なのは親鳥……の魔力路と自身の魔力路を同化させ、強制的に自身の魔力路を安定させるという、他の生物にはない特殊な生態を持つのが、霊鳥と呼ばれる種だ。


『なるほど、そういう訳でしたか。……ありがとうございます、参考になりました』

『いいってことよ。何かありゃ、この鳥を使い魔にして十年の鳥博士に何でも聞きな』

『では、この二羽の種類については分かりますか?』

『………………』


 クルリと、顔の向きごと目を背ける冒険者に追求しなかったのは、見栄を張った男に対する気遣いであった。


「というわけで、これから飼育用の籠や餌など、必要なものを買いに行くのですが……」

 

 雛鳥が離れた日の放課後、まっすぐ家に帰ってきた娘二人にそう告げたシャーリィだったが、肝心のソフィーとティオは喧々囂々と議論を重ねていた。


「やっぱり変に変わった名前じゃなくて、もっと呼びやすい名前のほうがいいんじゃない? それでいてどういう意味を込めるのかが重要だと思う!」

「例えば?」

「例えばそう……………プリンちゃんとか?」

「ネーミングセンスが行方不明になってるね。軟弱なのに育つ未来しか見えない」

「ゲ、ゲンゴローよりかはマシだと思うんだけどっ!?」


 昨日から名前の候補を挙げては、ああでもない、こうでもないと頭を悩ませるソフィーとティオを見て、シャーリィは十年ほど前の昔に思いを馳せる。

 娘二人が生まれ、自分の手で育て上げると誓った後、シャーリィもまたいくつもの名前の候補を挙げては頭を悩ませていたのだ。

 何せ名前は一生ものだ。名付け親となるからには、どれだけ頭を捻っても捻り足りない。そんな経験を十歳で経験する愛娘たちを見て、動物を飼うというのも教育に良い影響を与えているように感じる。

 いつかは守られる側から守る側になるのが大人になるということ。そうなるにはまだ早すぎるが、その経験を今の内にさせておくことで責任感を養うのはありかもしれないと、シャーリィは当初と打って変わって鳥を飼うことを好意的に捉えていた。


「ねぇ、ママ。ママは名前付ける時どうしてた?」

「わたしたちの名前付けたのお母さんだし、どういう基準で付けたの?」


 ついにアイディアを出し尽くして、いまいちピンとくるものがなかったのだろう。とうとうシャーリィからアイディアをひねり出そうとするソフィーとティオに、シャーリィはあっけらかんと意外なことを告げた。


「そうですね……まず初めに、名前を付けるときは意味など特に考えずに付けました」

「え? そうなの?」


 シャーリィの親バカぶりを知る者が聞けば目を丸くするだろう。何せ娘の為ならば竜王を滅多斬りにし、国まで相手どろうとした女である。そんなシャーリィが娘の命名に妥協するようなことをするとは到底考えにくい。


「親がつけた名前に対した意味はありません。重要なのは名付けられた者がどういう生を歩むかですから。……なので呼びやすい名前であり、なおかつ大人になって恥ずかしくならない名前であれば問題ないかと」

「ふーん、そういうものなのかな?」

「はい。出来れば親しみやすい名前であれば尚良いですね」


 と、尤もらしく言っているシャーリィだが――――


『古代聖国文字で希望を意味するシルヴァラからとって、希望の子を意味するシルヴィア? ……いえ、未来という意味を込めてフィオ……それとも幸運を招くという願いを込めてカーバンクルの額の宝石、カーネリア……くっ! こんなに悩むのなら、生まれてくる前に名付けるべきでした……!』


 そうブツブツと言いながら、先ほど娘たちに語った境地に至るまで実に三ヶ月もの間悩み続け、その間二人には名前がなかったことは誰にも明かせないシャーリィの秘密だ。


「さぁ、それよりも道具屋に行かなければ店が閉まりますよ? 名前は歩きながら考えましょう」

「ん、分かった」


 頭を悩ませる二人を促し、外出用の服である涼しげな半袖のワンピースに着替えたシャーリィ。ソフィーとティオも日射病対策につばの広い麦わら帽子を被り、他の冒険者から分けてもらった藁を敷き詰めた箱に雛鳥を二羽入れる。


「さぁ二人とも、並んでください」

「はーい」


 財布を持っていざ外に出ようとする直前、シャーリィは自身を含め、ソフィーとティオにも魔術をかけた。肌全体を覆うような光の膜が発生し、浸透するように消えた防護魔術、《ガードスキン》だ。


「おや、三人でお出かけかい?」

「うん! ケージとか買いに行くの!」

「ん。いってきます」


 マーサに見送られた母娘三人は、シャーリィを中心に手を繋ぎあって人通りの多い街を往く。冴え冴えとした蒼天からは、空の色とは真逆の暑い日差しが降り注いでいた。




 冒険者がよく使う道具屋に置かれた商品は実に多様だ。傷を癒すポーションから様々な場面で活躍するロープに、簡単に火を起こすことができる魔道具に、魔法陣を書き込むことで詠唱なしで効果を発揮する巻物と、冒険に必要な様々な道具は当然として、一部の冒険者に向けたものも取り扱っている。

 そのうちの一つが今回の目当てである使い魔用の籠と餌である。小動物用のコンパクトなケージが大半だが、ここで一つ困ったことが発生した。


「どの程度の大きさまで成長するのかがわからないというのは、少し考えものですね」

「先に図書館で調べて来た方が良かったかな?」


 シャーリィは出来る限りの時間を使って調べてはみたが、結局その正体を特定することができなかった。だからと言ってあまり小さな籠を買えば、成長したときにまた買い替えなければならない。


「でも今思ったんだけど、あんまり狭い場所に閉じ込めるのもアレだし、できる限り大きいのが良いと思う」

「……確かに」


 ストレスを与えない環境づくりが大事だと、他の冒険者たちもよく口にしていた。無駄遣いは許さないが金に糸目をつける必要がない程度には儲かっているシャーリィからすれば大した出費ではないし、どれか大きめのを見繕(みつくろ)おうとしたが――――


「ピ?」

(ストレスを与えない環境……果たして必要なのか)


 どうにもこの呑気な面構えを見ていると、そんなものは必要ないのではという考えが脳裏をよぎる。狭くても気にせずグーグーと寝ていそうな二羽だ。


「なんだいシャーリィ、今日は子連れかい?」


 どれにしようかと棚に並んでいる鳥籠を眺めていると、店の奥からしわがれた声を発する老婆が現れた。黒いローブで全身と目元を隠し、それらに反して主張する長い鼻は、まるで御伽噺に出てくる、大鍋をかき混ぜる魔女のような姿だ。


「えぇ、そんな所です。……紹介します、こちら道具屋の店主であるアウロラさんです」

「は、初めまして」

「……どうも」


 この老婆の前では子供が思わず怯むのも無理はない。アウロラという人物が発する雰囲気は、明らかに常人のそれから逸脱している。


「ヒッヒッヒッ。その子たちが噂の娘かい? そんなに怯えなくても取って食いはしないよ。何せ今日はもう鍋に材料を入れて混ぜ終わったからねぇ」

「……やっぱり鍋を混ぜてるんだ」


 あまりに見た目通りな言動にティオが呟くと、アウロラはニンマリと唇を弧に歪めた。


「そうさ。今作っているのはリンゴを煮る呪いの呪液。一切煮崩れさせずに、毒だけ中に染み渡らせる不思議な液を作って、美しい娘を永久の眠りに誘うのさ」

「え、ええええっ!?」

「変な嘘を娘に吹き込むのはやめてください」

 

 実際に煮ているのはポーションの原液であって、まかり間違ってもそんな怪しげな毒液ではないと伝えると、「ま、まぁ? 私は冗談だってわかってたよ?」と言いながらあからさまにホッとした様子のソフィーに対し、呵々と笑うアウロラ。


「それで、用事はその雛鳥用の用具でいいのかい?」

「えぇ。藁などはすぐに決められそうなのですが、どれほどの大きさに成長するのかわからないので、どの籠にするのか決めかねているのです」

「だったらそうさねぇ……これなんてどうだい?」


 そう言って店の奥から持ってきたのは一見普通の鳥籠だが、底にはびっしりと魔法陣が描かれた見るからに怪しげな一品。


「可愛らしい子犬や子猫が成長するのを嫌がる金持ち用に開発した成長妨害の呪術が施された呪いの鳥籠だ。これなら大きさなんて気にならないだろう?」

「ピッ!?」

「いや、流石にそれはちょっと……」


 サラリと恐ろしいものを取り出すアウロラにドン引きしながら、そっと商品を押しのけるソフィー。


「ふむ……だったらこれはどうだい? (わし)も入る大きさだが、入った途端に半永眠の魔術が発動し、強制的に眠らせて籠の狭さを意識させなくする鳥籠だ」

「ピィッ!?」

「ん。チェンジで」


 またしても恐ろしい鳥籠の登場に辟易としながらも、何食わぬ顔で商品を押しのけるティオ。


「そんな魔術が付加(エンチャント)された籠はいいので、とにかくこの店で一番大きなものはありませんか?」

「そうかい? じゃあ、あれしかないねぇ」


 どこか残念そうな表情を浮かべたように見えるアウロラに促されて店の奥に入り、裏手に出て物置部屋の前に行くと、そこには幾つかの木材と金属で編まれた網を巻いた物が置かれていた。


「ウチで一番大きな飼育籠って言ったらこれだねぇ」

「え? この木材とかが?」


 そもそも鳥籠という形すら成り立っていない木材と金網を前にして、ソフィーの口から疑問が生じるのは当然だろう。しかし当のアウロラはしかと頷き、これは飼育用の籠だと言い張る。


「これは分解された状態でねぇ。買った客は空いたスペースで組み立てて、その中に使い魔などを入れて飼うのさ。人も楽々入れるうえに、鳥なら一つで十羽近くも飼える代物だよ」 

「あの、これは鳥籠というよりも鳥小屋というのでは……?」

「似たようなものだろう?」

「確かに一文字違いではありますけども」

「そもそもこれ、わたしたちに組み立てられるの?」


 その差は天と地ほどの違いはある。何せ件の商品は小屋だ。確かに分解すれば道具屋にも置けなくもないが、それでも少々無理矢理すぎる。

 そもそもこういったものは大工の仕事であって、素人に組み立てができるのかすら疑問だ。流石に大工の知識はないというシャーリィだが、アウロラは問題ないと言い張った。


「よく見てみな、柱にあらかじめ穴が開けられているだろう? これは組木みたいに簡単に組めるよう、特注で作ったものだから、素人でも簡単に組めるよ。……もっとも、買い手が見つからなくて困ってはいるが」 

「でしょうね」


 とはいっても、これを組み立てて出来上がる鳥小屋ならば、雛鳥が成長しても悠々と暮らせはするだろう。しかし問題は何といっても――――


「こんなの置く場所ないよね?」

「下手をすればわたしたちの部屋より広いんじゃない?」


 タオレ荘で下宿する母娘に、こんな鳥小屋など設置する敷地などありはしない。マーサたちとは長い付き合いとはいえ、たかが下宿民の分際でタオレ荘の裏の敷地を借りて置くわけにもいかないし、これは諦めて丁度いい大きさの鳥籠を見繕おうとした矢先、シャーリィはあることを思い付いた。


「待ってください。これ、買っても問題ないです」


次回、母娘でⅮIY。これも日常であって非日常ですよね。


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