殺人怪鳥はあっさりと
最近年末の大掃除やら何やらですっごい忙しい! 小説を投稿したいのに、加えて眠気まで襲い掛かるなんて僕はどうすればいいんだ。
そんなこんなで一週間開けずの投稿は守ります。それでは本分をどうぞ
雄鹿の頭を持つ奇妙な怪鳥の群れが青銅色の翼を翻し、とても鹿とも鳥ともつかない悍ましい鳴き声が辺りに響き渡る。
この世は弱肉強食。人であろうと魔物であろうと、弱者を糧として生命を維持するという、人が生まれるよりも遥か古代から連綿と続く理が今なお続いている。
そんな世界にあって、ペリュトンと言う魔物は極めて特異な生物だ。捕食にせよ闘争にせよ、どのような魔物であっても他に襲い掛かるには相応の理由があるのだが、この殺人怪鳥とも呼ばれる魔物にはそれが一切存在しない。
危険故に未だ研究の最中ではあるが、ペリュトンは理由もなく人を襲う魔物……食人種ではなく殺人種と呼ばれる極めて厄介な害獣だ。
他の動物や魔物を襲って捕食する姿こそ確認されているが、ペリュトンは弱った兎よりも人間を優先して襲い、その死肉を貪る事も無く飛び去って行く。
理由なき殺害は理性と知性を併せ持つからこその蛮行。こと相手が人に限り、ペリュトンは本能しか持たない身でありながら、理由なき殺害を行う、人にとっては極めて凶悪な魔物だ。
そして何よりも恐るべき点は、ペリュトンという種が持つ魔術に極めて近い特性にある。鳥影に入れた人に特殊な魔力を放射し、生命活動を停止させてしまうという人類の天敵ともいえるその力は、数多の冒険者や騎士を葬ってきた。
それが群れを成して行動する脅威は推して知るべし。この群れの討伐は、冒険者のランクで言い表せばSに近いAランク相当の力が必要不可欠……それも鳥影に入らずに群を殲滅できる飽和攻撃を行える者に限るだろう。
「…………」
「ガアアアアアアアアッ!?」
そんな極当たり前の戦略を無視して、シャーリィは自身の異名の由来でもある長く白い髪をなびかせながら、天高く舞うペリュトンの首を次々と刎ね飛ばしていく。
一介の剣士の天敵、剣が届かない筈の上空を飛ぶ怪鳥共の更に上を飛び跳ねる様に移動するその異様の正体は、ペリュトンそのものや空想錬金術で次々と生み出した刀剣を足場にした人間離れしたもの。
襲撃者である修羅が人であると知るや否や、鋭利な爪や角で襲い掛かり、上空を取ろうとする怪鳥の体は悉く剣鬼による理外の技によって一刀両断される。
まるで骨や肉の抵抗など無かったかのような滑らかな断面を露にするペリュトンの死骸が霰のように梅雨前の空から降り注ぐ。
「ギャアアアアアアア!!」
それでも怪鳥の群れは退くことを知らない。生存本能よりも殺人欲求が上回る怪物は雪のような白髪を持つ剣士を殺す為に四方八方から襲い掛かる。
(この魔物……依頼金が高い割には極めて殺りやすいですね)
しかし、時に冒険者たちを苦しめてきた習性すらも、シャーリィからすれば効率よく仕留める為の都合の良いものに過ぎない。
落下する仮初の実体を持つ刀剣や肉片、まだ生きているペリュトンに、果てには飛び散る風切り羽根すらも足場にする軽やかな跳躍は、さながら舞を踊っているかのよう。
近接戦を挑めば一刀のもとに斬り捨てられ、剣が届かない間合いから上に回り込もうとするペリュトンは百発百中の精度で投擲された短剣やレイピアによって喉笛や心臓を貫かれる。
清々しいほどの青空に鮮血が飛び散る惨劇が繰り広げられ、遂に最後の一体の首を斬り飛ばしたシャーリィは、まるで木ノ葉が地面に落ちたかと思わせるような僅かな音と共に着地した。
「ふぅ……これで終わりですね。他にも討ち漏らしが無いかを確認して、早々に帰路につくとしましょう」
さて、現在彼女の愛娘であるソフィーとティオは悪質な魔術師によって命を狙われている状態にある。
ではなぜ彼女が辺境の街から離れた平原の上空で怪鳥の群れなど退治しているのか、時は今日の朝にまで遡る。
「タオレ荘? なんだか不吉な名前ねぇ」
魔術的な干渉を防ぐことと、術者の探索には母娘が住む宿屋を拠点にした方が良いと話し合いで決まり、道案内の途中で宿屋の名前を聞いたグラニアはキョトンとした表情を浮かべた。
「今の経営者の祖父……創業者が付けた名前らしいのですが、その由来までは聞いたことがありませんでしたね」
「あ! それ私知ってる!」
これまで興味が無かったが、いざ聞かれてみると少し気になったシャーリィ。そんな女性二人の疑問に答えたのは、意外にもソフィーだ。
「なんか冒険者が唯一倒れて休める場所を提供したいからだってマーサさんが言ってた!」
「へぇ、そうなのねぇ」
その言葉を聞いて得心した。冒険の最中に力尽きて倒れることは死を意味する。仮眠こそとれるものの、野営の最中であっても休まることは出来ず、常に警戒態勢を強いられるのだ。
そんな冒険者たちが休息をとるための拠り所、そういう由来があると思うと、ふざけているとしか思えない名前もしっくりとくる。
「ん。後は受け狙いとも言ってた。いつか経営破綻したら笑えるかもだって」
色々台無しにされた気分になった。ブラックジョークにも程がある。
「着きましたよ」
そんな話をしていると、母娘には見慣れた宿屋の前まで来ていた。正面玄関を開けて中に入ると、グラニアは少し興味深そうにを内装を眺める。
「あら……シンプルだけど、清潔で明るい内装ねぇ。気に入ったわぁ」
「おや、そう言ってくれるかい」
客の気配を察したのか、単なる偶然かは不明だが、丁度良く食堂から顔を出したのは恰幅の良い茶髪の中年女性……タオレ荘の経営者夫婦の片割れであるマーサだ。
「マーサさん、ただいま!」
「ただいま」
「はい、おかえり。それで、そっちの冒険者はお客かい?」
グラニアの首から下げられている、Sランク冒険者の証である金の認識票を物珍しそうに見ながらにこやかに接する。
正真正銘、ギルドの頂点に位置する冒険者を前にして平常運転を崩さないのは、冒険者の疲れを癒す宿の女将としての経験の賜物だろう。
「えぇ、しばらくここを拠点にするわぁ。空いている部屋はあるかしら?」
「話はシャーリィから聞いているよ。この子たちが悪質な変態に狙われてんのを救けに来たんだって?」
どこか乱暴で、それでいて不思議と優しく双子の頭に手を置くマーサ。その姿は孫を見守る祖母のようにも見える。
「全く、こんな良い子たちにちょっかい掛けようなんて見下げ果てた輩がいたもんだよ」
「ふふ……愛されてるのねぇ」
「そりゃあそうさ。この子らとは十年近い付き合いだからね、もうあたしの娘や孫みたいなもんでね、今じゃすっかりウチのアイドルだよ」
「うぅ……そう言ってくれるのは嬉しいんだけど」
「ん……いくらなんでも恥ずかしい」
「あらぁ、お婆様なんて言うには若すぎると思うのだけれど?」
「あっはははは! 世辞が上手い子だよ!」
すっかり意気投合した様子のマーサとグラニア。自分の時は心に余裕がなかった為に威嚇するような態度を取っていたことを思い出す。
二十歳の時、始めてタオレ荘を訪れたシャーリィは子供を守る手負いの獣そのもので、手酷く裏切られたせいで誰も信じる事が出来ず、ようやく生まれた我が子にまで危害を加えるのではないかという猜疑心に囚われ、完全な良心で差し伸べられた手を何度も何度も荒々しく跳ね除けてきた。
そんな態度を取り続けて周囲と溝を作っていく中、タオレ荘の経営者夫婦だけは手を差し伸べ続けた。
あまりにも懲りずに向かってくる者だから、遂にシャーリィの方が根負けして娘の身を預けるようになったほどだ。
(そう考えると、周囲には私たちは反抗期の娘に手を焼かされる親子みたいに見えたのでしょうか?)
今、こうして他人と縁を結んでいられるのも、マーサたちの影響を受けているからかもしれない。
子が親の影響を強く受けるというのなら、確かにシャーリィはマーサの娘のようなものだろう。
(親と言えば……あの人たちは)
かつて、両親から子とも思われない日々が変わり、本当の父母だと思っても良いと言った人たちがいた。
しかしそれは全て過去の事。上流階級としてのシャーリィは捨てられ、シャーリィもまた彼らを捨てたのだ。
(今更思い出してもどうでもいい事ですね)
一瞬だけ瞳を閉じて、過去の残滓が通り過ぎるのを待ち、シャーリィは思い耽る思考を切り替える。
「あとグラニアさんの宿代なのですが、それはこちらで持たせてもらいます」
「あら、気を使わなくてもいいのよぉ? 懐に余裕がない訳でもないし」
「いえ、こちらは逆に懐に余裕があるものでして」
先の竜王戦役で得た報酬で、この辺境の街の冒険者の懐はかなり温かい。
……ある意味当然と言うべきか、中には宵越しの金と言わんばかりの散財で早くも使い切った者も多いが、シャーリィは娘の為に貯蓄していくタイプだ。
こういう時に最善を尽くせるように溜め込んだ資金。使うならば出し惜しみなく使うべきで、魔術に対応するグラニアにも最善を尽くさせる腹積もりなのだ。
「という訳です。余計な出費や材料等は私も協力するので、貴女は娘たちを本当に、くれぐれも、細心の注意を払って、何があっても守り抜けるように努めてください」
「わ、分かったわぁ。だからちょっと離してくれないかしらぁ? 流石に痛い」
ギリギリと指が食い込みそうな力でグラニアの両肩を握って念を押しまくるシャーリィに、《幻想蝶》と謳われたSランク冒険者は思わずたじろぐ。
「じゃあ早速だけど、対抗魔術を施す準備をするから部屋に案内してもらっても良いかしらぁ?」
「あぁ、こっちだよ」
その後、少し遅めの昼食を跨いで儀式の準備を終えたグラニア。経営者からの許可を得て執り行われる魔術儀式、面積の広い紙に数種の実や肉骨粉、魔物の血で調合されたインクで描かれた魔法陣の上にソフィーとティオを立たせた。
「それじゃあ、始めるよぉ?」
「は、はい」
「ん」
「万が一の時は私が止めますので安心してください」
その脇にはショートソードを握るシャーリィ。異能で魔力の流れを見極め、万が一の際に魔力の流れを遮断して儀式を強制終了させる準備も万端だ。
「ふふ……億が一も無いわよぉ」
手に持つ杖の石突で軽く床を突くと、魔方陣が淡く輝き、生じる魔力は風を生み出して双子の白髪を舞い上がらせる。
発動すれば五秒も掛からない儀式を終えると、ソフィーとティオは揃って自分の手の平を見つめては、拳の握り開きを数回繰り返していた。
「これで終わったの?」
「ええ。後は寝て待つだけ……魔術の干渉を受けると自動的に弾いて、術者の履歴を残す特性の儀式を施したわぁ」
「履歴?」
「呪術に暗示……こと呪いと言うのは、数多の魔術の中でも術者の意思や魔力が残留しやすいもの。私はそれらに対応する魔術が得意分野でねぇ、今回の対抗魔術は防ぐことは勿論、どのような魔術をどのような意思で使ったのかを探知することに特化させてるわぁ」
そう言われてシャーリィは思わず感心する。相手が使った魔術の残留意識を読み取るなど、故人含めた著名な魔術師の中でも誰一人行った者はいない。
グラニアは若くして、魔術を新しい方向からアプローチして実績を残してきた稀代の魔術師の一人。アステリオスが推薦した冒険者は、まさに依頼の内容にピッタリと沿う実力者だった。
「ただ、術者の詳細を調べようとしたら必要になってくる材料もあるから……」
「そこは私も調達しましょう」
一先ず対策が取れ、安心と言うべきなのだが、シャーリィは念には念を入れて寝ずの番をすることに。
最近は愛娘が不安がっているので眠る時は同じ部屋で寝ていることが幸いし、呪いを見逃すことは無い。
「……来ましたか」
そしてその日の深夜、機会は思ったよりも早く訪れた。窓の僅かな隙間から漏れ出るように入ってきた、魔術の干渉を異能で視覚化された黒い靄が寝静まる娘を覆い隠そうとするが、それを光の膜が遮断する。
これも異能で視覚化された対抗魔術だ。黒い靄は光に弾かれる度に飛び散り、徐々にその大きさを小さくしていく。
それでも術者の命令に従い、粘着質にもソフィーとティオに襲い掛かろうとした魔術が完全に霧散したのは明け方になってからだ。
「どうかしらぁ? きちんと防げていたはずだけれど」
「えぇ、一切問題は見られませんでした……って、なんて格好をしているのですか」
豊満な胸やしなやかな肢体を隠す薄いネグリジェ姿のままシャーリィたちの部屋を訪れたグラニアに無理矢理上着を着させる。
「これでも着ていてください。最初にあった時から思っていましたが、貴女は少し服装が大胆過ぎます。娘が真似したらどうするんですか」
「あんっ。……乱暴ねぇ」
これくらい普通なのにと呟くグラニアの言葉をバッサリと切り捨てるシャーリィ。こんな所も対極的な二人だ。
「まぁ良いわぁ。それよりも、履歴を調べないとねぇ」
よほど対抗魔術の性能が良かったのか、とても呪いや暗示の類に襲われていたとは思えないほど安らかに眠る双子の額に指を当てる。
「ふぅん……どうやら三回も失敗して、向こうもそれなりに警戒しているみたいねぇ」
「そうでしょうね。人が寝静まる深夜を狙ってきたのは、今回が初めてです」
「その上魔術の痕跡を残さないようにしたつもりみたいだけど……随分お粗末な隠滅ねぇ。まるでマニュアル通りで創意工夫を感じさせない魔術を使ったみたい」
魔術書通りの魔術は、その多くが対抗策を生み出されている。グラニアが言うにはマニュアルに固執した堅物で杓子定規な術者らしい。
「さて、履歴は取ったし後は相応の儀式を執り行えば術者の情報は丸裸。その後どうするかは貴女に任せるわぁ」
「無論です」
ここまでしつこくちょっかいをかけられたのだ。相手の所に乗り込んで、あらゆる意味で二度と子に干渉できないようにするのが母の務めだろう。
「相手が使ったのは典型的な暗示の魔術に遠隔用の儀式を組み込んだもの……この手の魔術は対象となる人物の髪や血液が必要になるのだけど、これの入手は簡単よねぇ」
シャーリィたちからすればアパート感覚のタオレ荘だが、その本質は宿屋で一泊客も多い。事前にソフィーとティオが此処に住んでいる事を調べていれば、宿泊客を装って髪を入手することも容易いだろう。
「一体何をしたいのかは分からないけど……まぁその話は置いておきましょう。それよりも本題なのは、一体何処の誰が術者なのか」
「儀式に必要なものはありますか?」
「そうねぇ……あらかた揃ってはいるけれど、確実性や精度を上げるにはペリュトンの角が欲しいわねぇ」
この瞬間、殺人怪鳥の群れの末路が決定づけられた。
お気に頂ければ評価してくださると幸いです。
ところで前話を見直して思ったのですが、皆さんはキャラに異名とか二つ名を付ける時はどうしてますか? 創作でカッコいい二つ名を参考にできるサイトとかあればいいんですけどねぇ。




