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呪詛返し・斬


 帝国帝都、皇室が居を構え政治の中心でもある巨大な城の一角で、皇帝アルベルトは典型的な魔術師用のローブで顔と手以外を覆い隠した男性と対面していた。


「それで、魔術の方の仕上がりは?」

「はい。問題なく。これでいつでも皇女殿下たちを誘導できます」


 石床に描かれた魔法陣とその上に置かれた儀式用の媒介の前に立つ男は皇室お抱え……有り体に言えば宮廷魔術師だ。

 皇帝からの要請を受け、それに見合う術で実行する表向きは城仕えの花形……言い方を変えれば裏で汚れ仕事をこなす人員である。


「真正面から行っても良いが、皇帝自ら迎えに行く必要はないし、わざわざ王国に対して入国許可を取るのも面倒だ」

「ええ、そうですね。とりあえず、指定された場所まで行くように暗示を掛ければいいのですよね?」

「そうだね」


 とても血の繋がった実の娘を迎えようとする者の言葉とは思えないが、指摘して反感を買うのも馬鹿らしいと、宮廷魔術師は適当に肯定しておいた。

 先帝の時代には王国との交流があったのだが、アルベルトの代になって暴政に継ぐ暴政と、四年に一度開かれる大陸国家間会談、魔国以外が参加するその席で、皇帝になってから初めて参加したアルベルトの発言を切っ掛けに緊張状態へと移行することになった。


『所詮は我が国よりも国土の狭い弱小国だろうに』


 それは現在の会談を取り仕切る王国に対しての言葉。

 本人からすれば聞こえない程度の声のつもりだったが、《黒獅子王》の耳はしかと侮蔑を捉えていた。

 それが決定打となって最悪な雰囲気のまま会談は終了し、交易は途絶えてしまった両国間で、現在互いの国の貴族や政府関係者の入国は厳しく規制されるようになっている。

 しかし、今の大陸では国土を覆うほどの探知魔術は開発されておらず、国土内に存在する他国の人間を発見するだけの人員が居ない現状、正規のルートを通らずに野道を通って他国へ渡ることがバレない犯罪と化しているのだ。

 実際、他国から逃げる形で隣国へ渡り、そのままその国の住民になる事も珍しくはない。

 

「私の娘を帝国へ連れて行く人員は既に向かわせてある。後は魔術による遠隔暗示で回収地点まで誘導してしまえばこっちのものだ」

「一度干渉してしまえば、余程のことが無い限り私以外には解けません。例の冒険者は竜王を倒したなどと言う眉唾物の噂がありますが、所詮は下賤な冒険者……それも剣士です。崇高な魔術によるものを、どうやって剣で斬れるでしょうか」

「そうだね。しかし今回の仕事は皇位継承者二名を帝国へ連れて行くというもの。失敗は許されないよ?」


 明らかに見下し、鼻で嗤いながら宮廷魔術師は宣う。所詮は高度な知識も持たずに剣などという原始的な武器で戦う低能な連中。

 冒険者に限らず、近接兵士にも同じような理由で見下す宮廷魔術師は、用意された報酬を思い浮かべてほくそ笑む。

 どうせなら、娘を奪い返しに来るであろう母親を捕らえて自分のものにするのも良いかも知れない。

 情報によれば、この世のものとは思えないほどの美貌と男好きする肉体の持ち主だというし、自分好みに調教して奴隷に出来るかと思うと熱い滾りが湧いてくる。


「それでは始めますよ。――――《遠隔・捕捉》」


 自らに暗示をかける詠唱と共に魔法陣が輝き出す。平穏に暮らす母娘を脅かす魔の手が、今まさに伸ばされようとしていた。




 辺境の街にある冒険者ギルド、その敷地内の広場では、暇な冒険者たちによる賑わいを見せていた。

 普段ならばソレは訓練時の叫びや怒声が常ではあるが、今日に限っては歓声が混じっている。

 的を用意して矢を射て、投石紐(スリング)を振り回す冒険者も居れば、実戦形式の訓練に励むパーティに目も向けず、広場を遠巻きに眺める冒険者たちの視線の先には、盾とメイスを構えた茶髪の魔術騎士である少年冒険者と、木剣を片手に持つ白い女剣士の姿があった。


「それでは、そちらからどうぞ」

「は、はい!」


 悠然と構えるシャーリィを前にして汗が止まらない少年冒険者――――カイルは、先の竜王戦役で買い替えた装備を纏い、盾を前面に出しながら隙を窺うようににじり寄る。

 実際のところ、カイルに武人の隙を窺うほどの技量はない。しかし、ただ闇雲に突っ込めば瞬く間に有効打を食らうのは目に見えている。

 少なくともこれは訓練、最初は好きに攻撃させるだろうが、無様な姿は晒したくはない思春期男子は、とにかく慎重に期す。


(まぁ、無様な姿を晒したくないのは向こうも同じかもしれないけど)


 視線をシャーリィから外さず、訓練を見学するソフィーとティオの事を意識する。

 元々彼女たちの暮らす宿屋で可愛がられていたようだが、先日の宴会以降冒険者ギルドでも可愛がられるようになった愛らしい少女たちの前で、母親の威厳を保ちたいというのは何となく理解できる。


(それでも一本取るくらいは――――!)


 目標とする冒険者との模擬戦を前に気が高揚するのを自覚したカイルは、一足でシャーリィをメイスの間合いに入れられるまで距離を縮めると、重心を置いた右足の筋肉を炸裂させた。


「せぇぇえいっ!!」


 跳びかかりながら右手に持つメイスを振り下ろす。模擬戦とはいえ痛いでは済まない勢いを乗せた一撃は、岩に受け流される流水の様にシャーリィの僅か数センチ隣に振り下ろされた。


「あ、あれ!?」


 その後何度もメイスを振るうが、シャーリィの軽やかな足取りは、まるで風に舞う木の葉を殴るような錯覚を覚えるほど手応えを感じない。


「…………」

「うわあっ!?」


 命中する軌道を辿っていたはずのメイスが外れて動揺した所を狙う、緩やかな木剣による一撃を何とか盾で防ぐ。

 神速ともいえる連続剣や常軌を逸脱した体捌きを得意とするシャーリィだが、今はカイルでもギリギリ対応できる速度……それを徐々に速度を上げていく。


「ぬっ……う、ああ……! っとと!」


 一合、二合と緩やかだが流れるような木剣は、カイルの眼には元から二本あるかのような剣速で振るわれる。

 今は理屈ではなく直感で何とか対応しているが、このままでは押し切られるのが目に見えている……そう感じていると、とある事に気が付いた。  


(あれって……隙って奴だよね?)


 時折剣戟に間が開き、脇が開いている。これはひょっとして、今この瞬間にメイスを振るえば当たるのでは?

 そう思って右手に力を込めるのだが、どういう訳だか躊躇してしまうカイル。その肉体の急停止が致命的となり、シャーリィは溜息交じりにカイルの足を払った。


「あいでっ!?」

「まったく……貴方は」


 横向きに転がされた新米冒険者の首筋に木剣を突き付ける。周囲から「おお……っ!」という、短い歓声が上がった。


「折角隙を見せたというのに、今打ち込むことを躊躇したでしょう?」

「そ、それは……はい。ていうか、今の隙ワザとだったんですか!?」


 人同士の戦いとなると、相手にワザと隙を見せつけて攻め手を誘導させる技は数多く存在する。

 今回はカイルが躊躇したおかげで引っかからなかったようにも見えるが、今回の訓練の趣旨を考えるにそれは赤点であると言わざるを得ないだろう。


「冒険者は人を相手にすることも多いですが、それよりも圧倒的に多いのは魔物です。体の作りが根源的に違う魔物に対して、対人用の技は一切通用しません。必要となるのは、相手の体の作りから動きを推察することと、僅かな隙を見逃さずに一撃を叩き込むことです」


 対人での致命の一撃……心臓を貫こうと胸を刺しても、そもそも心臓が胸に存在しない魔物も多いし、体力に関しても魔物の方が多い。

 理想は一撃一殺。長期戦になればなるほど相手が有利なら、攻撃の機会は見逃してはならないのだ。


「それに最初の一撃を見た時から思っていたのですが、模擬戦とはいえ相手が人間だからと攻撃を躊躇しましたか? それはいけません、殺し合いの場でそのような事を言っていれば、真っ先に死ぬのはカイルさん、貴方です」

「いや、それもあるんですけど……どちらかと言うと……えぇっと」

「?」


 貴女を傷つけたくない……そんな感情が沸き上がってくる。

 思い返してみれば言われた通りの事もあるにはあるのだが、どちらかと言えばシャーリィをメイスで殴るという事に対する抵抗の方が強かったりする。

 もっとも、そんなカッコいいことを宣えるほどの実力はありはしないのだが。現状の実力差を考えれば、言うべき立場が逆である。

 それでも何時か言える様になったらいいなぁ……などと夢想しているカイルに、シャーリィは首を傾げた。


「とにかく……対人戦は人に馴れることからですね。盗賊や外道魔術師を相手にする時、そのような事を言っていては命が幾つあっても足りませんから。……アステリオスさん、そちらはどうですか?」

「ふむ……まだまだ課題は多いですな」


 首からAランク冒険者を証明する銀の認識票を下げ、戦斧を担いだ牛頭の亜人(ミノタウロス)のアステリオスは、疲労困憊で倒れる新米冒険者二人の前で息も切らさずに答える。


「今日は女神の機嫌がよろしい快晴ですが、この子らの行く末は無明ですな」


 若者の未来に光明あれと、両手を合わせて天へと祈るミノタウロスは、身に纏う法衣と首から認識票と共に下げている、天の女神の紋章が刻まれた小さな鐘を見ればわかるように僧兵でもある。


「も、もう無理……! 矢が無くなったら弓兵何もできないから……!」

「これって訓練だよな……? 詠唱させる暇も与えねぇって」

「実戦形式の訓練ですな。簡単な魔術にも詠唱を要するのなら勿論中断させるように動きますとも」


 そんな神に仕える冒険者に散々扱かれてたのは、鮮やかな栗色の髪と円らな金色の瞳を持つホビット族と見紛う程小柄なハーフエルフの美少女、魔術弓兵のレイア。

 もう一人は中肉中背といった体つきをした黒髪黒目という、この辺りでは珍しい色の人間は動きやすさ重視の為か、最低限の防具を纏った軽装と腰に大きめの道具袋とナイフを下げた少年、斥候のクードだ。


「大体……! あんたがちゃんと前に出ないから、後衛のアタシが苦労するんじゃん……!」

「うっせー……! 俺だって戦闘中は基本的に後衛なんだぞ。無茶言ってんじゃねぇ……!」

「ほう、お二方はまだまだ余力がある様子。それでは訓練の再開といきましょうぞ」

「私たちも再開しますよ。さぁ、構えてください」

「は、はいぃ!」


 息も絶え絶えといった体のクードとレイアの訓練再開と共に、カイルは再びシャーリィへと間合いを詰めた。

 竜王戦役の少し前に、古竜討伐の際に同行したカイルを含めた三人のEランク冒険者にアステリオスとシャーリィを入れた五人で訓練や冒険に行く機会が増えたのはつい最近の事で、シャーリィが他の冒険者の訓練に度々付き合うようになったのも同じ時期だ。

 最近となっては来年に建設される訓練所の教官と言うのにも興味が湧いてきたが、その分娘と共に過ごす時間が減りはしないかというジレンマにシャーリィは悩まされていた。


「それでは今日はここまでと致しましょう」 

「明日動くのが辛いようなら、無理して冒険には出ない様に」


 汗一つ掻かずに地面に倒れる新米冒険者三人に背を向けるシャーリィとアステリオス。あの様子だとカイルたちはまた青銅の認識票をぶら下げながらうーとか、あーとか呻きながらアンデッドのように帰っていくことだろう。


「あ、ママ!」

「終わった?」

「はい、たった今。退屈ではありませんでしたか?」


 ギルドでの用事が済み、広場に居るシャーリィの元へと駆け寄ってきたソフィーとティオの頭を優しく撫でる。


「ん。見てて楽しかった」

「そうですか」

「それじゃあ、早く帰ろ! 今日はシチューだよね?」

「そんなに急かさなくても、材料なら既に買ってありま――――」


 その時、誰がどう見ても平穏な光景に黒い靄のようなものが向かって来ているのをシャーリィだけが視えていた。

 それはこの場に居る他の冒険者に気付かせずに、ソフィーとティオに覆い被さろうとして――――


「……ッ」


 一瞬にして断ち斬られ、霧散する。

 空想錬金術による剣の限定創造から、呪いや概念に力の根源と姿形無き物全てを断つ《白の剣鬼》の絶技、出現させた剣を消すという三工程を神速ともいえる速さでやってのけた事に気付いた者はこの場には居なかった。


「ママ? どうかしたの?」

「……いいえ、何でもありませんよ」


 問題が起きたと、シャーリィは内心で舌打ちをする。

 今の黒い靄のようなものは、シャーリィの〝全て〟を視る異能によって彼女の視界に映し出された魔術だった。

 本来不可視のソレが呪いなのか暗示なのかは分からないが、問題はその狙いは間違いなくソフィーとティオの二人だったという事。


(一体何処の誰が……!)


 愛娘が生まれてから久しく忘れていた憎悪をシャーリィが自覚する。

《白の剣鬼》は今、その恐るべき異名を表そうとしていた。




 一方、帝国帝都の城。宮廷魔術師の研究室では、鮮血が真っ赤な花のようにあたりを汚していた。


「ぎ、ぎゃあああああああああああああああああああああああっ!?!?」

「お、おい!? どうしたというんだ!?」


 突如、腰から肩の袈裟懸けに深く鋭い傷を負った宮廷魔術師は断末魔の悲鳴を上げて絶命し、アルベルトは突然の事態に腰を抜かして床に尻を付けたまま後ずさるしかできなかった。


「し、失敗したのか……? えぇい、使えない奴め!」


 死人に鞭うつように詰るアルベルト。彼の失敗という言葉は、的を射ているようでいて微妙に射ていなかった。

 古来より、(まじな)いを術者以外が解除、破却することを呪詛返しと呼ぶが、それの一番恐ろしい点は呪詛が何らかの形で返されればその反動を術者が受けるという点に尽きる。

 昏倒するだけならまだマシだが、使用した術によっては全身が四散してもおかしくはないほどの強烈な対魔術手段の一つ。

 しかしそれらは全て魔力の逆流によって生じる衝撃によるもので、まかり間違っても斬撃(・・)となるものではないのだ。

 

「まったく、無駄に時間を掛けて失敗とは。次はもっと実力のある魔術師を用意せねば」


 そんな異常には一切気付かず、アルベルトは次の人員の補充に掛かる。

 彼は気付いてはいなかった。純然たる武技によって破却された魔術を通じて術者に斬撃を飛ばしてきた、理を越えた剣士の存在に。

 彼は勝手に見下していた。単独で竜王退治など冒険者ギルドの誇張であると、勝手に決め付けて。

 彼は愚かにも知ろうとしなかった。一国を束ねる長として、一体何者の逆鱗に触れたのかを。


如何でしたでしょうか? お気に召しましたら評価してくださると幸いです。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] カイル傲慢にも程があるだろ。自分の攻撃がシャーリィに通用すると思える根拠は何? [一言] もちろん皇帝と皇妃は死ぬんだよね。間違っても生かすなんてことはしないでね。
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