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竜戦車

お気に召しましたら評価してくださると幸いです。




 ジュエルザード鉱山は辺境の街から徒歩で三日、往復するなら六日ほどの距離に位置する。依頼をこなすことも含めれば最低七日は掛かるだろう旅路を前に、新人冒険者なら入念な食料などの準備をしてから向かうところだ。

 カイル達Eランク冒険者三人もそうなると思っていた。


「明後日中には街に帰ってくる予定ですので、準備は手早く済ましましょう」


 しかしそんな堅実なプランはシャーリィの一言で呆気なく崩されることとなる。 


「いやいやいや、何言ってんだよ。ジュエルザード鉱山なんてどのくらい離れてると思ってんだ? 今日入れて三日以内に帰ってくるとか無理に決まってんだろ」

「いいえ、何があっても明後日には帰ってきます」


 妙に迫力のある二色の瞳で見上げられクードは思わずたじろいでしまう。まるで刃の様に研ぎ澄まされた、恐ろしくも綺麗な瞳だ。


「でもどうやってそんなに早く戻ってくるんですか? 鉱山まで行くのに三日はかかりますよ?」

「問題ありません。私は移動の手続きをしておきますので、そちらは食料等の買い出しを終えたら街の出入り口まで来てください。私の分の食費は後で支払わせてもらいます」

「移動の手続き?」


 言うだけ言ってギルドの裏手に回るシャーリィ。一様に首を傾げる若手たちの隣で、アステリオスは訳知り顔で頷いた。


「成程」

「何か知ってるの? アステリオスさん」

「ええ。彼女が事を急く意図は理解しかねますが……吾輩たちは準備を進めるとしましょう」


 ベテラン二人の意思疎通に疑問を感じながら、とりあえず言われた通りにする。

 乾物を中心にした保存食を始め、水袋に火打石、毛布に調理器具、更には医療器具と言った旅の最低限の準備から、武器や防具の最終調整と、余念のない旅支度を整えていく最中、クードはアステリオスに気付かれないように呟いた。


「にしても、パーティに加入していきなりアステリオスさんを差し置いて仕切りやがって……アステリオスさんは一目置いてるみてぇだが、アイツ本当に強いのか?」

「アンタと意見が合うのは癪だけど、アタシも同感かな。華奢だし冒険者なのに普段着だし、《白の剣鬼》ってもっと厳ついオジサンだと思ってたんだけどなぁ」


 実際にシャーリィの戦いぶりを見たカイルは、そんな二人のやり取りはとても同意が出来ず、しかし口を挟むことも無く準備を進める。

 強さと裏腹に、シャーリィは冒険者の間では評判が良くなく、悪い先入観から見られることも多いというのは、他の冒険者から聞いて初めて知った。

 確かに愛想は悪いが、別に人嫌いという訳でもなければ好んで単独(ソロ)に徹している訳でもなさそうな彼女が、何故他の冒険者に遠巻きにされるようになったのかが気になる。


「どうなされた、カイル殿。そのような思い詰めた顔をして」


 そんなカイルの心境を察したのか、アステリオスは自分から問いかけた。


「えっと、何でシャーリィさんって今までパーティを組まなかったのかなって思って。あれだけ実力のある人なら引き入れたい人も居るんじゃないかって」

「ふむ。真実は彼女のみが知るといったところですが……実は彼女、冒険者ギルドに登録した日に騒動を起こしていましてな」


 遠い十年前の日に思いを馳せる。

 自分と同じ日にギルドに登録しに来たあの日、彼女は二人の赤子を抱えて現れ、登録がしたいと言った時、ギルドは粗野な笑いに包まれた。

 冒険者の扉は男女問わず開かれると言っても、当時の街のギルドは男女比が九:一と偏りが激しく、女子供が戦いに出ると聞いて冗談と受け取る者も少なくなかった。

 それが子供を背負っていたとなれば尚更。

 

『ここは女が来るところじゃねぇぞ!』

『お家に帰ってベイビーにミルクでもやってな!』

『何なら今晩俺たちの相手をしてくれよ!』


 聞くに堪えない野次が飛び、アステリオス含む幾人かが諫めようとしたその前に、彼女は腰に差していた二振りの剣、その鞘を手に取り、鋭い眼差しで彼らに告げた。


『文句があるならこれで決着を付けましょう。私が勝てば今後一切私の邪魔をしない様に』


 結果を言えば、文句のある者、剣を置いて鞘で挑んだことを挑発と受け取った者、邪な眼差しで挑んだ者全てが叩き潰された。


「それが切っ掛けで、彼女は冒険者たちから遠巻きにされるようになりましてな。彼女自身も周囲と積極的に関わろうとしなかったこともあり、今ではすっかり孤独を好む冒険者という偏見で見られるようになったのです」

「そんな事が……一体どうしてそんな騒ぎに?」

「それは彼女自身から、いずれ聞いてみると良いでしょう。さて、準備を終えた事ですし、シャーリィ殿の元へ参るとしましょうぞ」


 こうして準備を終えたカイル達は、シャーリィが待つ街の出入り口まで荷物を背負って歩く。

 するとそこにはシャーリィだけではなく、二輪の御者台に繋がれた力強い四肢で大地を踏むドラゴンが佇んでいた。


「うわっ!? ど、どうしてこんなところに魔物が!?」

「安心なされよ。あれはギルドで飼い慣らした騎乗竜(ランギッツ)が引く戦車(チャリオット)です」


 ドラゴンは種族ごと、場合によっては個体ごとにランク付けされている。

 強力なドラゴンから龍神、竜王、古竜、将竜、戦竜、兵竜、低竜と七段階に分けられ、一番下の階位に位置する低竜に限り、人の手で飼い慣らす事が出来るのだ。

 今では馬と双璧を成す移動手段の一つで、現にギルドや軍でも戦場に連れていくことを前提として馬に変わり主流となりつつある。

 そして今シャーリィが手綱を引いている3メートルはあるであろうドラゴンこそ、竜のランク最下位である低竜であり、ギルドから有料で貸し出される騎乗竜なのだ。

 

「操縦は私がしますので、御者台の方は任せても大丈夫ですよね?」

「ええ、それは構いませぬが、吾輩に戦車の心得があるなどお伝えしましたかな?」

「戦車は元々ミノタウロスの伝統的な乗り物ですし、実際五年ほど前にギルドにコレが届いた時、操縦の見本として乗っていたでしょう?」

「これはこれは……覚えておいででしたか」


 五年も前の出来事で、しかも名前も知らない他種族の顔を覚えていた事に関心した様子のアステリオス。


「さぁ、荷物を乗せてしっかり御者台に縄で固定してください。落としたら困りますから」

「一応上のランクだから言う通りにするけどさ、どうして幌車じゃなくて戦車なの? 幌車ならこんな作業無くてもいいのに」

「幌車なんて引かせたら壊れるじゃないですか。頑丈な戦車じゃないと」

「え?」


 何やら不穏な発言が聞こえたが、シャーリィはそんなレイアになどお構いなしに準備を終わらせる。

 

「あの……戦車とか騎乗竜ってお金かかるんですよね? 僕持ち合わせが無いんですけど」

「いえ、急ぐのは私の個人的な理由なので、賃貸料金は私が支払います。後こちらも」


 シャーリィが取り出したのは緑色の小瓶四つと青色の小瓶四つ、計八つの小瓶だった。それを二種類ずつ全員に配っていく。


「緑色は酔い止めのポーションです。乗る前に服用してください」

「よ、酔い止め?」

「青色のポーションは酔い覚ましです。到着して体調に不調が起きた時に服用してください」

「酔い覚まし!?」

「後、乗る時は御者台と自分の体を縄でしっかり固定しておいた方がよろしいですぞ」

「縄を使ってまで!?」


 こちらの困惑など丸々無視して話を進めていくベテラン二人。その意図が一体どこに向かっているのか、新米冒険者たちは戦々恐々としていた。


「それでは出発しますよ。いざという時、ナイフで縄を切って脱出出来るようにしてくださいね」

「いや、だから何でさっきから不穏な発言を!?」


 実力のある冒険者が二人揃って乗るように促すことで、とりあえず御者台に乗る。

 二人の言葉の意図は、何となく理解し始めた三人。しかしそれでも、彼らはドラゴンが引く戦車に乗るということの意味を理解していなかった。


「方向を変える時は合図をします。さぁ、全速力で走ってください」


 シャーリィの言葉の意味を理解したかのように、竜は雄叫びを上げて大地を踏み割る。

 一歩前に踏み出す毎に加速していく戦車はやがて砂埃を巻き上げ、景色を置き去りにする速度で走り出した。


「「「ぃぃぃぃいいいいやああああああああああああああっ!?!?!?」」」


 人の身は勿論のこと、馬でも出すことのできない荒々しくも圧倒的な速度に絶叫を上げるカイル達。

 御者台は激しく揺れ、何かに引っかかる度に息も出来ない速度を維持しながら車輪が浮くという恐怖体験を前に、若者たちはなす術もなく身を躍らせることしかできなかった。


「ふむ……久々に乗りましたけど、良い脚力をしていますね」

「何を呑気にぃぃぃぃぃぃぃいいいっ!?!?」


 騎乗竜と一口に言っても様々な種類が存在する。

 直接背中に乗る一人用の竜。大海大河を自在に泳ぐ水竜。空を翔ける翼竜と、人が騎乗する事が出来る低竜は数多く存在する。

 しかし、人に飼い慣らされている一番ランクの低いドラゴンだから弱いなどと言うのは大きな間違いだ。

 低竜の大雑把な基準の一つは、戦いを好まない臆病な性格のドラゴンであるという事だが、並大抵の魔物などよりもよっぽど強い低竜が存在し、その内の一体が今戦車を引いているドラゴンである。

 後頭部から首の上まで伸びた分厚く硬質なネックフリルと、岩をも砕く角が特徴のこのドラゴンは速度、持久力、パワー、どれをとっても最高水準の、自分よりも体格で劣る生物を容赦なく撥ね飛ばす暴れ馬ならぬ暴れ竜だ。

 主に冒険者パーティを急いで遠くまで連れて行くことに長けた戦車を引くドラゴンで性格も温厚だが、その疾走時の脅威度は体格で勝っているという条件下に限り、ランクが上の竜をも殺害することがある。


「右に曲がりますよ」


 そんなドラゴンが引く戦車で最も恐ろしいのが曲がる前後。勢いを殆ど殺さずに右折し、車輪が浮いて御者台が傾いてもお構いなしで走り続ける。


「ぎゃああああああああ浮いてい浮いてる倒れる倒れるっ!!」

「ふんぬっ!!」


 あわや横転と思ったその時、御者台の両側から伸びた縄で自身を固定したまま立っているアステリオスが浮いている右側を踏みつけ、強引に押し戻した。

 剛力の一族として知られるミノタウロスに相応しい震脚だ。


「はっはっはっ! 愉快愉快! 中々達者な腕ではありませぬか、シャーリィ殿!」

「戦車を操縦することは滅多にありませんのでそこまで得意という訳では。どちらかというと一人乗りの竜の方が得意です」

「た、楽しそうに談笑してる場合じゃ……ひぃいいいいいいいいいっ!?」

「痛ぁっ!? ちょ、今メッチャ跳ねたって!!」


 情けない叫び声を上げ続けるカイルとクード。一方レイアはと言うと――――


「あっははははははは! これ何だか楽しくなってきたんだけどー!!」


 すっかり慣れて騎乗竜による爆走を楽しんでいた。見た目は小さいが大した胆力の持ち主である。


「ねぇねぇ! これってもっとスピード出ないの!?」

「ふっざけんなぁあっ!! これ以上スピードなんざ出されてたら……ぎゃあああああああああっ!?」

「お願い止めて止めて止めて止めて止めてえええええっ!!」


 悲鳴を上げるカイルとクード。暴走戦車の乗り心地を楽しむレイアとアステリオス。黙々と竜を走らせるシャーリィはそんな彼らの事を気にも留めず、全く別の事を考えていた。

 

(期限は明後日中……それまでに街へ戻らなければ……!)


 早々に依頼を終わらせることに並々ならぬ拘りを持つ《白の剣鬼》。彼女の胸には決して譲れぬ思いが燃え揺らいでいた。


(ソフィーとティオに会えない時間が三日を超えたその瞬間……娘分不足で死ねるっ!)


 過去に一度、遠くへの依頼に行って二日間愛娘に会えなかった時、シャーリィは激しい禁断症状に襲われたことがある。

 二日という彼女からすれば長すぎる期間、娘たちの身に何かが起きてはしないかという不安が思考を占領し、手足まで震えて依頼どころではなくなってしまうのだ。

 それこそが彼女が遠くへの依頼を嫌がる理由である。手を尽くして猶予を一日伸ばす事に成功したとはいえ、本来なら一人乗り用の竜か翼竜に乗って密林を横断するつもりだったが、新人が同行することになったおかげで別の竜を借りて遠回りする羽目になってしまった。

 

(ただでさえ一日会えないだけでも胸が締め付けられそうになるのに、四日五日も離れるなんて冗談ではありません。想定よりも少し遅れそうですし、ここは速度を上げる……!)


 こうして、戦車だけではなく操縦者まで暴走し始めたパーティは少年二人の情けない悲鳴の尾を引きながら、ジュエルザード鉱山に向かって砂埃と共に進むのであった。



そんな訳で、次回はお留守番中のソフィーとティオの閑話です。

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[気になる点] 弱い新人が上級者に対して上から目線で偉そうな喋り方をするな!知識や経験は冒険者としての稼働年数相応に差があるんだから最低限の敬意は持つべき。イキがった新人が薄っぺらい知識を上級者に向か…
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