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パーティ要請

大小判的には早くも第十話目! そろそろ評価ポイントの勢いを取り戻す為にどうすればいいのか考えたくなる話数ですね。

今回は前の後書きで予告したとおり、シャーリィ視点のお話がしばらく続きます。


  


「ティオ、寝ないでちゃんと前を向いてください」

「……ふわぁ……んー……」


 娘とほぼ同年代の子供たちが荷物を背負って通学する朝。シャーリィはティオを鏡台の前に座らせ、その白い髪を丹念に梳かされていた。

 次女の髪は、シャーリィやソフィーのそれと比べると癖が強い。朝の寝起きは特に酷く、まさに爆発しているというのに相応しい惨状だ。

 ここ最近はお姉さん風を吹かせるソフィーが世話を焼いて髪を梳いていたのだが、彼女は今日日直だと言ってティオが起きるよりも先に宿を出ている。

 普段の習慣とは恐ろしいもので、娘の寝癖やら無頓着さを失念していたせいで、ボサボサの髪に加えパジャマ姿で食堂まで降りて来たティオを慌てて部屋まで連れて行き、シャーリィは久々に娘の髪を整えているのだった。


「まったく、寝癖の上に寝間着なんてはしたない恰好で食堂まで来るなんて。何時も言っているでしょう? 貴女も十の娘なのですから、身嗜みは自分で整えるようにと」

「ん。でもまぁ、それで損するわけでもないし」

「そういう問題ではありませんが……はぁ」


 器用に椅子の上で眠っていたティオもようやく覚醒し、寝間着を着替えて顔を洗う。その姿を見守るシャーリィは深い溜息を吐いた。

 女は身嗜みにこそ気を遣うべし。十年近く冒険者として活動しているが、彼女の半生以上は貴族令嬢だ。

 今でこそ髪を整えたり、服を清潔にしたりする程度といった最低限の身嗜みだが、それでも誰がやっても見苦しく無い程度には整えている。

 シャーリィの人並外れた美貌もあれば、その素朴さこそが神秘性をも引き立てていると言っても過言ではない。

 粗野な雰囲気の冒険者という職にありながら、女性としての価値観が強いシャーリィが娘の身嗜みに気を遣うのは当然の事だろう。

 

(ソフィー程とは言いませんが、男性並みに無頓着なのはどうにかしてほしい物です)


 風呂好きなのがせめてもの救いだが、シャーリィやソフィーが見ていなければ髪は梳かさない、寝間着は着替えない、寝ぼけて所構わず眠る等、無頓着さや無防備さがどうしても目立つティオ。

 気ままな野良猫を連想させる、何とも手の焼ける愛娘だ。


(ですがまぁ、これはこれで良いものですね)


 しかしそこは他人から親バカと認められるシャーリィ。こういう面倒さが楽しく思えるのは愛のなせる業か。

 最近ソフィーの方はしっかりしてきて、それが嬉しくもあり寂しくもあったのだが、マイペースなティオはまだシャーリィが付いていなければならない部分が目立つ。

 たとえどんな些細な事でも娘の為に何かをするというのは、それは彼女にとって一番の生き甲斐だ。

 ただ、それとこれとは話が違う。いずれ……シャーリィからすれば出来れば来ないで欲しくはあるが、いずれティオも成人し、独り立ちする時が来るかもしれない。

 考えるだけでも非常に腹立たしいが、いつか一生をティオの隣で歩く男が現れるかもしれない。

 その時になってだらしのない恰好を後ろ指をさされたり、男に呆れられる事になれば、後悔してもし足りない。

 ただ本人の主張を通すばかりが育児ではない。まだ幼い内だからこそ、身嗜みを習慣づけさせるべきというのが、シャーリィの教育方針だ。

 …………上手くいっているかどうかは、別としてだが。

 

「そう言えばお母さん、今日と明日は帰れないんだっけ?」

「えぇ。なので食事などはマーサさんに面倒を見てくれよう頼んでいます」

「ふーん。なんか久しぶりだね、そういうの」


 依頼で遠出して一週間近く拠点である街に戻らない冒険者は少なくない。

 シャーリィは少しでも娘たちと共にいる時間を増やす為に、依頼の種類や難易度を問わずに近場に発生する問題を片っ端から片付けるタイプの冒険者だ。

 周囲の一部からは安息の場所を荒らされたくないが為に近寄る魔物を殲滅しているなど、あながち間違いでもない噂を立てられていたりもするが、それも時と場合による。

 近場に依頼が無ければ遠出して、その間子供をマーサに預けるし、日頃の食事に直接影響を与える街道や牧場に現れる魔物は優先的に狙っている。

 しかし前者はともかく、後者は他の冒険者にとっても死活問題。食料がある分魔物に狙われやすいが、駐在する冒険者も居るパターンがあるので、遠くに位置する牧場にまでシャーリィが依頼で出向くことは稀だ。


「そうですね。最後にマーサさんに頼んだのは、もう二月ほど前でしたか」

「今回も牧場とかからの依頼?」

「いえ、今回は少し別の事情があるのですが…………と、そろそろ行かないと遅刻してしまいますよ」

「?」


 やや強引に話を切り上げた母に首を傾げるティオ。しかしシャーリィは敢えてそれに構う事はしなかった。

 これはあくまで娘たちが十五歳、成人になった時に贈る装飾品の材料集めを兼ねた依頼。

 愛娘の人生の転機、その日に贈る一品はサプライズにすると決めているのだ。

 

「ほら、そろそろ朝食を食べないと遅刻しますよ」

「むぅ……着替えだけならゆっくりできたのに。毎日の事とは言え面倒臭いな」

「いけません。この毎日の面倒が、いつか貴女に必要になる時が来るんですから」

「そうなの?」

「えぇ」


 渋々といった感じで納得したティオの頭を優しく撫でる。誰にも気付かれないよう、僅かに口角を上げたその表情は、暖かな慈愛に満ち溢れていた。




 その後、無事に通学したティオを見送り、シャーリィはギルドに向かう道すがら、鍛冶屋に立ち寄った。


「ツルハシ置いてますか?」

「いきなり来て何言ってやがる」


 いま彼女の対面で眉間に皺を寄せて怪訝さと不快さを隠そうともしない、胸を覆い隠すほどの立派な髭を蓄えたドワーフは、辺境の街の冒険者の屋台骨である鍛冶場を取り仕切るディムロスという男だ。


「ウチは武器と防具を売ってる場所であって、道具屋じゃねえぞ。ツルハシ欲しけりゃ他当れ」

「貴方たちが自作したツルハシの方が良い造りだからに決まってるではありませんか。そもそも、以前から採掘依頼に行く冒険者にツルハシを売り貸ししていることを私が知らないとでも?」


 素っ気なさそうにみえるが、ドワーフは基本的に義理人情が厚い種族だ。自分の工房の中ではかなり融通を聞かせてくれることも多く、困った冒険者の為に本業以外の事をする場合が多い。


「採掘依頼ならギルドにもツルハシ置いてるだろ。それ使えばいいじゃねぇか」

「採掘の依頼ではなく、鉱山の魔物の討伐ですからね。無理に借りることも出来なくはないですが、あくまで私的な事情なだけにそうするのも気が引けますし」


 いずれにせよ、装飾品の素材を集めるにはツルハシを買う必要があった。なら市販の量産品ではなく、名工揃いのドワーフが作ったツルハシを買いたいと思うのは、金銭的に余裕のある者からすれば当然である。


「……ちっ。仕方ねぇ、ちょっと待ってろ」


 そう言って工房の奥へと引っ込んだディムロスの背中を見送り、シャーリィは店舗スペースに飾られた武器や防具を見て回る。

 いずれも新品の輝きを放つ鋼の装備で、店内に居る数名の冒険者が手に取り、実際に身につけて感触を確かめていた。


『おい、見ろよあの美人』

『何でこんな鍛冶屋に』

『剣鬼……あいつもここの常連なのか?』


 シャーリィの事を知らない新米や街の外から来た冒険者の好気の目や、ベテラン冒険者の気まずそうな視線を意図的に無視し、彼女は店内の一角、刀剣が置かれている場所へと足を進める。


「ふむ」


 基本的に、武器屋という場所は物と物の間隔が広い。手に取った武器を軽く振るにはお誂え向きだ。

 特殊な力を宿した魔剣の類は今のところ存在しないが、完璧な基礎に基づいた強固で切れ味の高いドワーフが手掛けた逸品に相応しい剣を一本一本軽く振っていく。

 ただの素人が見れば華奢な女が剣で遊んでいるようにしか見えないだろう。実際、この場に居る新人冒険者にはそう見えていた。

 しかし、その(くう)を斬る音すらさせずに振るわれる、全くブレない剣筋は見る者が見れば鋼を断つ光景を幻視する事だろう。


「ん? これは……新作でしょうか?」


 剣を振っては元の場所に戻すという作業を繰り返していたシャーリィが最後に手にしたのは、刀身全体が波を打つような奇妙な形状の両手剣だった。

 振ってみた感覚は悪くない。しかしこの特殊な刀身には一体どういう意味があるのかと、シャーリィは白い髪を揺らす。


「なんでぇ、そいつに目ぇ付けたのか?」


 波、あるいは炎にも見える剣を眺めていると、ディムロスがツルハシを片手に戻ってきた。


「あんまり正規の売り物以外求めんじゃねぇぞ。最近徴税人うるせぇのなんの」

「えぇ、恐らく今回限りでしょう。ところでディムロスさん、この剣は何です? 馴染みの無い形状なのですが」

「そいつは、南西の国の部族の技術がこっちに流れて来たんで、試しに打ってみた剣でな。この特殊な形の刀身で付けられた傷は治癒魔術でも治しにくくなる……らしい」

「らしい、ですか?」

「あぁ。なんせ形が変わってるってんで誰も買いやしねぇ。昔も反りのある刃が買われなかったことがあるが、人間ってのはどうして自分の常識から外れたもんを煙たがるのかねぇ」


 エルフと並ぶほど長命の種族である彼は、年相応に色んな戦士を見てきたのだろう。目新しい物ほど受け入れられないままならなさを、作り手の一人として嫌と言うほど理解している。

 それでも手掛けてしまうのは職人だからこそと言うべきか。シャーリィはそんな偏屈な鍛冶屋の事が嫌いではない。


「いいでしょう。これも頂きます。本当に治癒魔術の効果を阻害するかどうか、実際に確かめてみましょう」

「おいおい、また簡単に決めやがって。扱いは普通の剣とちっとばかし違うぞ?」

「いいですよ。練習しますから。そう言えばこの剣は何と呼ばれる種類何ですか?」

「向こうのじゃフランベルジュっていってな。こっちじゃ炎の形って意味らしい」


 それだけ聞くともう用事は無いと言わんばかりにツルハシと波状の剣……フランベルジュの代金を支払う。


「ったく、ワシの店も面倒な客に目を付けられたもんだぜ。こんな売り甲斐の無い剣士がいるとはなぁ」

「一応商人でもあるのですから、金銭を支払えば文句は無いでしょう?」

「バッキャロー! 職人としては相応しい戦士に買って欲しいんだよ!」


 これだから男の浪漫が分からねぇ奴は! と、邪念の無い恨み節を背中に浴びながら鍛冶屋を出るシャーリィ。

 その手には、先ほど購入したツルハシと剣の影も形も存在しなかった。




 冒険者ギルドの酒場を横切り、クエストボードに貼り出された真っ赤な緊急を意味する判が押された依頼書に目を通していく。

 目当てのジュエルザード鉱山に現れたドラゴン征伐の依頼は、シャーリィの目論見通りまだ貼られたままだった。

 誰もが二の足を踏んだ依頼書を躊躇うことなく手に取り受付まで持っていくと、忙しなく動き回っていたユミナが対応すると同時にパアッと表情を明るくする。  


「シャーリィさん、この依頼受けてくれるんですね!?」

「えぇ。私も少し事情がありますので」

「よかったぁ。今Aランク以上の冒険者さんたちも手が一杯だったので、ウチに回ってきた分は後回しになってたんですよ」


 まるで都合よく金貨を拾ったかのような満面の笑みに思わず後ずさる。

 世界を股にかけるAランク以上の冒険者というのは数が少ない。それに比べて非常時の依頼というのは数が多く、実力者たちは相応の富と引き換えに対応に追われているというのが現状だ。

 だからこそ余計に昇格したくはないのだが、単独(ソロ)専門の堅気な冒険者で通してきたシャーリィはその心配は無いと、珍しく安心しきっていた。


「ところでシャーリィさん、今回の依頼はパーティで挑んでほしいんですけど」

「はぁ?」

「ひぇっ!?」


 思わず地鳴りのような低い声が出来た。誰も触れていない机からメキリという嫌な音が聞こえたが、それは気のせいだと思いたい。

 その覇気を一身に浴びて震え上がるユミナだが、心の中で「負けるものかっ!」と喝を入れ、鋭く研ぎ澄まされた蒼と紅の瞳を見つめ返す。


「どういう事です? まさか外堀から埋めて昇格させようとでも?」

「い、いえいえ! そういう訳ではっ! ただ、今回は少し事情がありまして、依頼を受注するのと同時にある冒険者パーティも連れて行って欲しいという事になりまして!」


 手と首をブンブンと振りながら弁明するユミナ。所々言葉をつっかえているが、何とか意味のある言葉を伝えたことでシャーリィも震える受付嬢を睨むのを止めた。


「Aランクの冒険者さんがリーダーを務めているんですが、元々ギルドの要請で組まれた新人育成の為のパーティなんです。ウチに回されてきた三件のドラゴン退治の依頼にも声を掛けられたのですが、流石にAランク一人で行くのは自殺行為ですし、だからと言ってパーティメンバーと一緒に行こうにも、他は全員Eランクでドラゴンと戦うには心許ないんですよ」


 非常時でも、パーティを組む相手がいなくてあぶれる者も中には居る。低ランク冒険者とパーティを組んでいたAランク以上などが主で、そういう時は都合のいいBランクに一時的にパーティを組む打診をするのが習わしだ。


「なるほど。それで今回都合のいい冒険者が私、という訳ですか」


 恐らく数々の偶然が重なり、上手い事辻褄が合っただけなのだろうが、ここまで露骨な昇格の下地作りには辟易する。

 正直に言えば、シャーリィはドラゴン征伐を単独で達成する自信があった。もちろん、相手を見下して慢心する訳ではないが、過去に実現してきた経験がそうさせるのだ。

 故に今回の依頼、彼女が一人で行けば万事解決するはずなのだ。むしろEランク冒険者など足手纏いにしかならないと、その提案を蹴ろうとした矢先、ユミナは牽制するように告げた。


「ちなみに、ギルドマスターから後進を育てる意味でも受けてほしいと〝お願い〟されてまして」

「うっ」

「確かシャーリィさんって、ギルドマスターに大恩があるって聞きましたけど?」

「うぅっ」


 それは十年ほど前の事。当時二人の赤子を抱えながら冒険者ギルドを求めて地図も持たずに王国を彷徨っていた時、他の誰でもないギルドマスター自ら辺境の街のギルドを勧め、更にはツテを使い無償でタオレ荘に住まわせてくれたことがある。

 シャーリィは常日頃から、愛娘たちに恩を返すことで生まれる信頼関係を説いてきた。そのシャーリィ自身が恩を返さずして、どうしてその教えに説得力が宿るだろうか。

 しかも〝お願い〟などという言い方が微妙に卑怯だ。これで断ったらシャーリィは人情の欠片も無い女とソフィーとティオに触れ回りかねない。


(……魔女め。自分で直接言いに来ればいいものを)


 断れば恐らく……と言うか十中八九、愛娘に無い事を含め嘘泣きしながら余計な事を言うに違いない。あの女はそういう性格だ。

 シャーリィは深い溜息を吐き、観念したように両手を上げた。


「分かりました。それで、向こうは私の事を承知しているのですか?」

「ええ、勿論です! 皆さん心強いと大変乗り気でしたよ! ささ、まずはこちらに来て自己紹介から!」




いかがでしたでしょうか? お気に召しましたら評価してくださると幸いです。


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― 新着の感想 ―
[一言] 注目度ランキングで見つけて読みだしたらわりと面白くて読み進めてます。 かなり昔の作品なので、その話にこんな感想書いても意味ないのですが、ギルド側もせめてA級にシャーリーが昇給することで得ら…
[一言] この受付嬢が手を回したくせに何を言ってるんだよ。マジで死んでくれ。
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