3冊目 夢の実現のためには?
物語本がないならば、自分で作ればよい。
とっても単純な話だ。
紙代は高い出費だが、本を読むためなら仕方ない……と、いいたいところなのだが、私には文才がなかった。私は、根っからの生産者ではなく、消費者なのである。私に「物語作れ」と言っても、ろくな話は出来上がらない。
だからといっても、文才のある人物を探すのは骨が折れる。
なにしろ、物語本がない世界なのだ。とびっきり面白い空想話を創る人物を探すのは、困難を極めるだろう。
それならば、文才のある人物を探すよりも、吟遊詩人たちや村人が語り継ぐ物語を本に編纂した方が手っ取り早いはずだ。
「まずは、なにをすればいいかしら?」
さて、物語を一冊の本にまとめるといっても並大抵のことではない。
私は机に軽く腰を下ろしながら、腕を組んで考え込んだ。
ただ吟遊詩人の話を集めるだけではなく、さまざまな地方に出向いて実際にある民話を調べる必要だってあるかもしれない。
いや、そもそも1人の吟遊詩人に話を聴くだけではなく、もっと何人もの詩人に話を伺うことで、彩り豊かな物語が集まるというモノ。
1人の吟遊詩人を雇うのに、シルフィードに支払う3か月分の給金が吹っ飛んでしまう。それを何人も雇って話させるとなれば、金がいくらあっても足りない。
「物語に金を出し惜しみしたくないけど、さすがに懐が寂しくなるどころの話じゃないわね」
詩人の話を筆記するのは、私自身がやるとしても、膨大な金がかかってしまう。その金を捻出する充てを探すところから始めた方が良いのだろうか?
私がそんなことを考えていると、シルフィードが糾弾してきた。
「いや、姫様。冷静になってください。
吟遊詩人にとって、物語は彼らの財産です」
シルフィードが、私を宥めるように言葉を続ける。
「そもそも吟遊詩人とはですね、各地を渡り歩き、物語を収集するだけでなく、それを話すという行為を通じて売っているものでございます。
いわば彼らにとって詩……すなわち、物語は売り物であり財産なのです」
「彼らは、自分たちの語る詩を本に残すことに賛成しないと?」
「ええ。詩が売れなくなってしまう可能性がありますから」
なるほど、それは一理ある。
わざわざ何度も金を出して歌を買うよりも、一度だけ金を払い、何度でも好きな時に本を読む方が楽だし、かなり手軽だ。だから、私も本に書かれた物語を求めているのである。
「……それだったら、彼らに頼らなければいいじゃない。
自分で物語を採集するだけの話よ」
「自分? 姫様ご自身が?」
「ええ、私自身が集めるわ。
旅のお金がかかりそうだけど……王族の視察って理由をつければ、多少の援助金は出してもらえるだろうし」
何か問題でも?と微笑んでみせる。
シルフィードの顔色が、一段と青ざめていた。そりゃそうだろう。良家のお嬢様……いや、末席とはいえ一国の王女が、さながら旅人のように王国中を巡るなんて醜聞にも程がある。たとえ、「視察」という名目があったとしても、後ろ盾もない私が視察することなんて特にない。だから「視察」の旅をしたところで、することは「物語を聞いて回ること」くらいになる。
となれば、民衆の間で「第9王女のリディナ様は、吟遊詩人の真似事をしている」とか「王族としての意識が低い姫様だ」なんて噂が立ちかねない。
お目付け役の従者からしてみれば、なんとしてでも阻止したいことだろう。
「ひ、姫様! なにをお考えになっているのですか!?
いいですか、姫様は王国の第9王女!継承権は14番目とはいえ、まがりなりにも直系の王女でして、近い将来、隣国の王に嫁ぐ御方なのですよ!!」
「……いや、まだ嫁ぐ人は決まってないんだけど」
「いえ、姫様は隣国の王族に嫁がなければならないのです! そうすることで、俺の野望が……いいえ、教育係件従者の私としても誇らしいことなのですよ! すべては、姫様のためなのです!!」
……いま、「俺の野望がー」とか聞こえた気がするが、聞かなかったことにしておこう。
この出世欲の強い従者め。おそらく、彼が私の野望を止める理由は、自分の出世の妨げになるからだ。私が下手なことに手を出した結果、経歴に傷がつくことを恐れているに違いない。うん、そうに決まってる。
そうと分かれば、彼を味方にするのは簡単だ。私は扇子を開くと、優雅に口元を隠した。
「そうね、では別の策を取ろうかしら」
「いや、別の策をとるとかではなくてですねー! 私としましては――」
「部屋に帰るわよ、シルフィード」
私が書庫から出ようとすると、シルフィードはあからさまにホッとした表情を浮かべた。
「そうでございましょう、そうでございましょう。ささ、部屋にお戻りになって、お茶でも――」
「父上に面会の書状を書くことに決めたわ」
「なっ!?」
本当に、この従者の反応は面白い。
さきほどまで緩んでいた顔が、酷く潰れていた。がーんという効果音がつきそうなくらい動揺している。
「い、いけませんよ、姫様!
国王陛下……お父上様は、大変お忙しい御方でして、姫様の我儘につきあわせるなんて――」
「物語収集自体をを国家の事業にしてしまえば、誰も文句を言う人はいないじゃない?」
私は書庫の出口に足を向けながら、考えていた策を口にする。
ぴたり、とシルフィードの動きが止まったのが分かった。
「国家の事業……姫様が?」
「むしろ、国の事業に携わった姫として名を上げることができるわよ」
「……」
「どの国にしましても、経歴豊かで優秀な姫を欲しがるもの。
きっと、将来は引く手あまた……かもしれないわね」
シルフィードの方を振り返れば、あからさまに顔がにやけている。
どうせ、「国家の事業に関わった姫に、長年仕えてきた従者筆頭」として、私の嫁ぎ先で幅を利かす姿でも妄想しているのだろう。
「と、いうことで、これを国家事業にするよう父上にお願いの書状を書きたいと考えているんだけど、よろしいかしら?」
「は、はい! もちろんですとも、姫様! 不肖、シルフィードが誠心誠意お手伝いさせていただきます!!」
……ちょろいな、この従者。
がらりと180度態度を変えた従者を怪訝な目で見ながらも、これで味方を手に入れたことに満足感を抱く。
「姫様、1つ提案がございます」
シルフィードが私に耳打ちをしてきた。
まがりなりにも、さきほどまで断固反対!していた従者だ。多少警戒しながらも、その話に耳を傾けることにする。
「将を射るためには馬から、という格言がございます。
どうでしょう、まず父上様以外の味方をつけてみては?」
※投稿後、一部改訂しました




