03
ナユはユリカの胸の間に挟まったまま、右を見て、左を見た。
右側には気にくわないミツルがいて、左側にはミツルが歳を取ったらこんなになるんだろうなと容易に想像がつく男性が立っていた。違いは顔のしわと髪色と髪型だけ。
ミツルはユリカと同じ灰色の髪色だったが、扉の向こうの人物は茶色い髪色だった。
「ああ、ミツル、お帰り。予定より一日遅かったからなにかあったのかと心配していたのだが、無事でよかった」
「連絡をせずに遅れてすみません」
「まあ、よい。さて、ゆっくりと話を……と。ユリカ、そのお嬢さんは?」
まるで鏡に向かって会話をしているようなミツルと男性に戸惑っていたナユだが、いきなり話を振られて思わずユリカの胸に顔を埋めた。
この豊満な胸の柔らかさは許せない……! ましてや、この間にこうして顔を埋めて堪能できるなんて、ますます憎い!
そんな思いでもにもにとしていたら、むんずと首根っこを捕まれて、ばりっと引き剥がされた。せっかく楽しんでいたのに! と引き剥がした人物に恨めしい視線を向けると、そこには妙な笑顔を浮かべたミツルがいた。
「ナユ?」
「は、はい?」
「気持ちよかったか?」
「うん、とっても」
ナユは素直に感想を述べ、幸せそうな笑顔を浮かべてユリカの胸を凝視した。
ああ、あの胸は幸せだ。男たちが胸を追い求める理由を初めて知った。
そして、自分の身体を見下ろして、絶望的なほどにまっ平らなことを思い出して落ち込んだ。
それを見て、ユリカがくすくすと笑った。
「ナユちゃんっていったかしら」
「はい」
「大丈夫よ、これからまだ大きくなるわよ」
「ほっ、本当ですか!」
「ええ、あたしも結婚するまであなたみたいにまっ平らだったけど、子どもを四人産んだらこんなになったのよ」
「おおおお! それは素晴らしい!」
「じゃあ、早いところ結婚して、たくさん子どもを作りなさい」
「はいっ、頑張ります!」
ナユの返事を聞いたユリカはにやりと笑みを浮かべ、ミツルへ流し目を送った。ミツルは思わず視線を逸らした。
「ですってよ、ミツル。頑張りなさい」
面白そうに笑うユリカに、ミツルはどう返せばいいのか分からず、視線を泳がせた。
「なっ、なんでミツルにそんなことを言ってるんですか! お母さまの前でこう言うのもなんですが、わたしはミツルのこと、大嫌いですから!」
「あらまあ、見事に嫌われたものね、ミツル」
「それは感心しないな、ミツル。女性には甘く優しくしないといかんぞ?」
「えぇ、そうよ。お父さまを見習いなさい」
「…………」
二人に責められ、ミツルはますますやるせない思いになった。
「努力が足らないな」
「ほんと、そうとしか言えないわ。お父さまにどうすれば女性が喜ぶか教えてもらいなさい」
「それになんだ、ミツル、その格好は」
「あら、やだわ。マントも羽織らずにここまで来ちゃったの? あなた、ミツルにすてきなマントを見繕ってあげてくださいな」
「うむ」
「いや、これには理由が」
「つべこべうるさい。今日は二階の応接室は空いているか?」
「空いていたとは思いますけど、ヤイクに確認をしてくださいな」
「分かった。ミツル、行くぞ」
「え、や。ちょっ?」
ミツルそっくりの男性はナユをつかんでいる側のミツルの手首に手刀を入れて緩めさせると、今度はミツルが首根っこを捕まれた。そのままずるずると引きずられるようにしてミツルは部屋から退出した。
唖然とするのはナユだ。
インターはインターだと分かったら家族さえも忌み嫌って追い出されるという話を聞いていたため、ナユはまずミツルが実家に行くと言ったのも驚きであったが、ここに来て、さらに驚きだった。
これは他のインターには見せられない。
ミツルがナユを同行者に選んだ理由はこれだったのかと勝手に決めつけた。
正解のひとつではあるが、それだけではないことをナユはもちろん知らなかった。
「さて、ナユちゃん」
ミツルたちが出て行って完全に姿が消えたことを確認したユリカは、ナユに向かい合ってにっこりと笑みを浮かべた。
「さあ、おばさんと遊びましょうか」
どこかミツルに似通った不遜な笑みを浮かべたユリカから不穏な気配を感じたナユは逃げ出そうとしたが、遅かった。
「ふふふ、女の子が欲しかったから、おばさん、うれしいわぁ」
「ひぃぃぃ」
クラウディアにさんざん着せかえ人形のように弄ばれていたので、これからなにが行われるのかナユは嫌でも分かってしまった。
「おほほほほ、腕が鳴るわ」
抵抗は無駄だといわんばかりにこんな細身なのにがっちりと捕まえられて逃げられない。
ナユもミツルと同じようにずるずると引っ張られてどこかへと連れて行かれてしまった。
*
ミツルの実家にたどり着いたのは確かお昼前であったような気がするのだが、気がついたらすでに陽は落ち、ナユはユリカに乗り合いではない専用車に乗せられてどこかに運ばれていた。
ちなみに昼から今までなにをしていたのかというと、ナユの予想通り、着せかえ人形状態でいろいろと服を着せられていた。正直、勘弁して欲しかった。
金色の髪はたっぷりの香油を塗られて、きれいに結われていた。さらにごてごてとした飾りがなされていて、頭が重い。しかも体型を補正する下着をがっつりと着せられた上に今まで着たことのない過剰な装飾のついた白いドレスを着せられていて、それだけで体力の限界を迎えていた。
かわいい服を着るのはいいのだが、これはある意味、拷問ではないだろうか。
「まあ、すてき。お姫様みたい」
ユリカのその一言でナユは文句をのみこんだ。
一度でいいからお姫様みたいな格好をしたいと密かに思っていたのだ。意外にも乙女の面があるナユであった。
どこかに到着したらしく、ユリカに引かれて外に出ると、これまた白いお城のように大きな建物が目の前にあった。夕闇の中、浮かび上がる威容にナユは圧倒されていて無言だ。
ここはどこだろうという疑問は思っても、疲れ切って聞く元気もない。
扉に近づくと人が立っていて、敬礼をされた後に扉が開かれた。中から眩い光があふれてきて、ナユは目を瞬かせた。
「クロスさま、お待ちしておりましたわ。だんなさまはお部屋でお待ちです」
「ごきげんよう。いつものお部屋かしら」
「はい」
訳も分からずナユはユリカに引かれるままについて行く。
建物の中はどこもかしこもきらきらと光っていて眩しい。
外にいるとこの服装では派手かと思っていたけれど、ここでならそれほど派手に見えないのだから環境とは恐ろしい。
歩きにくい靴でことこととついていくと、建物の一番奥まで入り込んでいた。方向音痴のナユは真っ直ぐ一本道であったにも関わらず、とてもではないが一人でここから出られそうになかった。
奥には思ったより質素な扉があり、ナユはちょっとだけ拍子抜けした。これだけ派手だったので、どれだけすごい扉が現れるのかとどきどきしていたのだ。
ユリカはその扉を押して開けると、中はここまでの華やかさとは違って、茶色を基調とした落ち着いた部屋だった。
「ああ、来たか」
「お待たせしましたかしら?」
「いや、それほどでもない」
「それならよかったですわ」
そんな会話をしながらユリカはナユを連れ立って部屋へ入った。




