07
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紫色は冥府を表す色だ。だからルドプスになると、冥府送りになってしまう。
「冥府に送られて、そこで紫色を落とさない限り、出られないんだ」
「う……そ」
「残念ながらな」
「ミツル、どうにかしてよ!」
ナユは泣きそうな顔をしてミツルにすがりついてきた。
その顔を見て漲るなにかを感じたが、ミツルは慌てて首を振った。
「俺はインターだ。死体をあちらの世界に送ることしかできない」
「そんな、ひどい! 助けてよ!」
「助けたいのは山々だけど、このままにしておくともっと辛いだけだ。早いところ送ってやるのが楽になる方法だ」
淡々としたミツルの声にナユは泣きそうになったが、唇を噛んで我慢した。
「この状況を見ると、カダバーが四人を殺したんだと思うよ。カダバーを見てみろ。あいつだけ黒いだろう?」
「え……」
ミツルに言われて炎の前にいる五体を見たナユは、息をのんだ。
父アヒムは薄紫色、隣は土気色をしたカールとクルト、その横には鮮やかな紫色をしたバルド。四体とも、足になにかが巻き付いていた。
四体の前に、気持ちが悪いほど黒いカダバー。
「カダバーは四人を殺した。バルドは殺された後に気がついて、カダバーを傷つけたんだろうな。肩をしきりにかばっていたし、土に触れてないのにルドプスになった」
「そんな……」
「カダバーもルドプスになってしまったから真相は闇の中、か」
これでは報告書が書きにくいとミツルはぶつぶつと文句をいいつつ、四体へと近づいた。
「ナユ、しっかり見ておけ。そして少しでも早くアヒムとバルドが女神の元にいけるように祈っておけ」
そう言ったミツルの手が金色に光り出した。
ナユはその光に見とれていた。
とてもやさしくて、心安らぐ光。
「地の女神よ、あなたの愛し子を還します」
金色に光る手のひらを四体に向けると、金色の光に包まれて──光とともに肉体は消えてなくなった。
一年前に母が亡くなったとき。
あのときは今のような輝く金色ではなくて、黄色い光に包まれて、徐々に消えていった。
イルメラがすごいと言っていたけれど、その意味がナユには少しだけ分かった。
「さて、と。カダバーさんよ。あんたはどうしようか」
ミツルの声にナユははっとして顔を上げた。
炎は先ほどより迫ってきていて、熱いを通り越して焼けてしまいそうだった。
ナユは慌てて後退した。
先ほどまで四体がいた辺りはすっかり炎に包まれていた。間一髪だったようだ。
「そこまで真っ黒ってことは、四人だけじゃないんだろうな、手をかけてきたの。どうせなら自分が出した炎に焼かれるといいんじゃないかな」
くすくすと笑う声にナユはぞっとした。
先ほど、あんなにやさしい光を宿していた人と同じとは思えなかった。
「今、おまえを冥府送りにしたら、アヒムとバルドがかわいそうだからな。自業自得だ。女神には悪いけど、おまえを還すわけにはいかないな」
それじゃ、とミツルは手をあげると、ミツルの冷たさに固まっていたナユを肩に担いで歩き始めた。
ナユは怖くて、動けないでいた。
*
森の火は、この後すぐに城から駆けつけた火消し隊によって消火された。
燃えた跡からは黒こげの死体が一体発見された。たぶんカダバーだろう。
それは箱に詰められ、厳重に封がされてどこかに封印されたという。
ヒユカ家も森に近かったため、全焼してしまった。
それ以外の村への被害がなかったのは、不幸中の幸いである。
ナユはミツルに抱えられたまま、あまりのことに気絶してしまったようだ。
というのは建前で、ナユに甘そうなシエル辺りがなにかをしたのだとミツルはふんでいる。
ミツルは炎のそばにいたことで、少しだけ火傷をしていたが大した怪我ではなかった。
処置をしてもらい、待機所でユアンから報告を聞いていたところで、イルメラからナユの目が覚めたことを聞き、駆けつけた。
「最初はあんなにいがみ合ってたのに……」
ノアの呟きに、ユアンはため息混じりに呆れ声を出した。
「似たもの同士ですからね。それにミツルはああ見えても面食いですから。中身も見た目もミツルの好みど真ん中ですよ」
「でも、ミチさんは……」
「あー、あれはすぐに解消すると思うよ」
「えー、でも」
「なんだ、ミチから相談でも受けたのか」
そう言えば、ミチとノアはともに本部からコロナリア村まで来ている。道中になにか話をしたのかもしれない。
「相談というか、僕が気になっていろいろ聞いたというか……」
「なんだ、ノア。おまえもミチ狙いか?」
「えっ、や、ち、違いますよ! ミチさんは僕のおねーさん的存在というかっ」
真っ赤になって否定するノアがおかしかったが、これ以上の追求は止めておいた。
今回の件はいろいろと引っかかるところはあるが、一応の終わりは見せたということでいいのだろう。
情報が少なすぎて判断できないことばかりである。
ヒユカ家の四人は無事にミツルが地の女神の元へ送り届けたという報告は聞いている。ただ、珍しく浮かない顔をしていたのはルドプスが二体も発生してしまったせいだろう。他人に興味がないくせに珍しく感傷的なのは愛しい人のことを思ってなのだろう。分かりやすくて、逆にこちらがどう反応すればいいのか困るということをあの人は知らないだろう。
一方でカダバーの話になると、いつもの冷たい笑みを浮かべて嬉々としていたから、こちらが本性だよなとユアンは冷静に観察していた。
インターは多かれ少なかれ、歪んでいる。
ミツルは生まれてすぐに親から離されたというから、まだマシかもしれない。
中途半端に家族の温もりを知ってからインターであるということが分かった者の方がひどく歪んでいるのかもしれない。
その例がユアンとミチだ。
ノアは長じてからインターと判明したという割には意外にも真っ直ぐだ。イルメラも社交的だし、環境もだが、性格もかなり影響するのかもしれない。
今日はミチを慰める係か、とユアンは思いながら、そのせいで少し機嫌が良くなった。
*
ナユを休ませている部屋に行くと、ミチが付き添ってかいがいしく世話をしていた。
その光景にミツルは珍しく痛みを覚えた。
「あ、ミツル。ナユちゃんなら大丈夫よ」
ミチはナユの様子をもう一度だけ見ると、立ち上がった。ミツルが入れ替わりにミチが座っていた椅子に腰掛けた。
「ああ、ありがとう。ミチは休憩に入れ」
「分かったわ」
ミチは返事をすると、荷物を持って部屋から出ていった。
ナユに視線を向けると、そっぽを向いていた。だけど肩が少し震えていて、泣いているのが丸わかりだった。
「なんで泣いている」
「泣いて……なんかっ」
「我慢することはない。家族を亡くしたんだろう? 悲しいのは当たり前だ」
ミツルの意外な言葉にナユは驚いて、泣き濡れたままの顔を向けた。
いつもはつり上がっている眉が悲しそうに垂れ下がっているのを見て、ミツルは思わずナユを抱き寄せていた。
「好きなだけ泣けばいい、そばにいてやるから」
「う……」
ミツルに弱みを見せるなんてと思ったけれど、こうやって抱きしめられていると父のことを思い出し、悲しくなってきた。
筋肉に絆されたんだとナユは自分に言い聞かせ、ミツルにしがみついて思いっきり泣いた。
「お父さん……兄さん」
「……ゆっくりお別れをさせてやれなくて、悪かった」
「うぅ……」
ミツルの思っていたよりも暖かな手で撫でてもらっていると、風邪を引いたときにバルドに撫でてもらったことを思い出した。ますます悲しくなってきた。
「バルド兄さん……」
ぐすぐすと泣くナユにミツルはどうすればいいのか分からず、それでもなんだか漲ってくるものを感じていた。
ナユが悲しんでるのに、我ながら最低だと思いつつも、満たされるなにかがあった。




