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埋葬士(インター)の俺だが、ツンのみデレなしの残念美少女に突っかかられたから愛でることにした。  作者: 倉永さな
四部*一章 冥府編

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02

 上から転がってきたのは、通路と同じくらいの大きさの岩だった。


「ちょっと、ミツル!」

「岩を落としてくるとか、良い度胸してるじゃねーか」


 ミツルは円匙を構えると、岩に対峙した。

 どう見ても円匙で岩を割れるように見えない。それどころか、このままいけば潰される運命としかいえない。


「ミツルっ!」


 ナユの叫び声にミツルは不敵に笑った。


「シエル」

「なぁに?」

「あの岩、砕けるか?」

「んー。今は無理!」

「うん、期待してない」

「ちょっと、なによミツル!」


 シエルは土の魔法に精通しているはずだから、もしかしたらこの状況をひっくり返せるかもしれないと淡い期待を持ったのだが、やはり呪われて肉体を得たことで使えなくなっているらしい。

 となると、ミツルが根性で岩を砕くしかない。

 ナユあたりが知ったら、「この脳筋馬鹿」と罵りそうだが、それ以外になにも思いつかないのだ。

 ワンチャンあるとしたら、この分岐路で岩がどちらかに転がってくれて免れるだったが、岩がどちらにいくかなんて分からないし、ミツルの予感では岩はナユとシエルがいる右側に転がる、だった。

 では、道は左が正解なのかというと、違うような気がする。

 どのみち、詰んだ状態ではあるのだ。

 岩はもうそこまで来ており、ミツルは真横に円匙を構えた。先で受けて割る予定であるが、上手くいくとは思っていない。いったらそれはそれでびっくりだ。

 だからといって、押し返せるとは思えないし、そのまま維持しておけるとも思えない。

 どうするのが最善なのか。

 岩はゴロゴロと音を立てて転がってきて、ミツルの持つ円匙の先にぶつかった。


「くっ!」


 岩というだけでも重たいのに、転がってきた勢いもあり、予想以上に重たい。それでも受け止められたことに安堵したのは刹那。

 岩は円匙を弾き、ミツルの手からは円匙が落ちた。岩は円匙を踏み潰すとミツル目がけて転がってきた。


「ミツルっ!」


 ミツルは痺れる手で岩に手を伸ばし、受け止めようとしたが──。


「っ!」


 岩は目の前でフッと忽然と消えた。


「……え?」


 まさか消えるとは思わず拍子抜けしたのだが、背後から荒い息が聞こえてきて、驚いて振り向くとシエルが真っ赤な顔をして肩で息をしていた。


「シエル、なにかしたのか?」

「穴」

「穴?」


 言われて、振り返って地面を見ると、落とし穴が広がっていて、そこに岩が落ちていた。


「ぉ、ぉぅ。た、助かった」

「はぁはぁ、ど、どうにか、なった?」

「あぁ、助かった」


 当たり前だが、円匙では歯が立たなかった。先が当たったときの痺れはまだあったが、岩を直接、受け止めていたら、これどころではなかっただろうと思うと、本当に助かった。

 ミツルは岩に轢かれたけど無事な円匙を拾い上げ、シエルの呼吸が整うのを待ってからナユが選んだ右側の通路に入ったのだが……。


「行き止まり、か」


 ということは、あの岩はあそこで穴に落ちなければ右側に来て、押しつぶされるという悲惨な最期を迎えていた可能性がある、ということで……。

 本当に、ほんっとーに! 助かった! とミツルは心から思った。

 行き止まりを調べたが、なにか仕掛けが施されている感じでもなかったので、トボトボと道を戻り、左側に入った。

 結局、左側が正解だったようで、道はダラダラと下り続けていた。

 螺旋を描いているので見通しは悪く、しかもこの道がどこまで続くのか分からない。三人は無言でひたすら降りていった。

 あの分岐点からこちらは今度は不安になるほどなにもない。

 壁は相変わらず骨がはみ出していてそれが光っているが、地面に穴が空いたり、がい骨が襲ってきたりはしない。

 もしかして、あの岩に潰されて終わりと思われていて、この先にはなにも仕掛けを用意していない、とか?

 そんななめたことを思われていそうで、ミツルはムカついた。

 そして、だらだらと続く坂道を下った先に、ようやく終点らしきところが見えてきたところで、ミツルはザワザワとしたあの特有の感覚が襲ってきた。


「……この先に、動く死体がたぶん大量にいる」

「えっ?」

「どうして分かったの?」


 視界の先に見えるのは、終点らしき光と骨が飛び出た壁だけ。それ以外は見えていないのに、動く死体がいるというミツルに、ナユは不思議に思ったようで、質問してきた。


「いるって感じるんだよ」

「ふーん、そういうものなの?」

「あぁ」


 この感覚はインター特有のものなのだろう。だから説明しても分かってはもらえるだろうが、理解はされない。


「……あの光の先が冥府ならば、動く死体がいても不思議はないよな」

「……そうね」


 ここ最近、ミツルは大量の動く死体を地の女神……つまり、冥府に送りつけているはずなのだから、いても不思議はない。

 だけど、なんだろうか。

 送りつけた先なのだからいて当たり前なのだが、そこにいる、というのがなんだか変な感じだ。

 それはそうだろう。

 今まで送りつけて、送りつけられた先をだれも見たことがないのだから、言われていることが真実なのかどうかなんて、今から分かることなのだから。


「襲ってきたら、逃げろよ」

「逃げろと言われても」

「ここで襲われて死んだら、どうなるんだ? ここは間違いないなら、冥府、なんだよな?」

「冥府のはずよ。だからきっと、ミツルの出番はないわね!」


 ということは。


「……ここで俺が死んだら、ここは冥府だから、冥府の入口には……ならない?」

「なに物騒なことを考えてるのよ。とにかく! 動く死体がいてもいなくても、こっちしか道がないんだから行くしかないでしょう!」


 それはもっともなので、先に進む。

 ぐるりと回ってたどり着いたのは、こちらは通路と違って明るく拓けた場所。

 そしてミツルが告げたとおりに、動く死体がそこかしこにいた。


「……分かっていたが」


 通路を抜けると突然漂ってくる腐臭に三人は同時に顔をしかめた。


「なに、この臭い!」

「動く死体だからな」

「意味が分からないんですけど!」

「あぁ、そうだよな。死体を放置したら腐るなんて、普通は知らないか」

「あー、そういう……こと」


 ナユはゲンナリした様子で鼻と口を手で覆っていた。


「え……。ちょっ、ちょっと待って?」

「ん?」

「じゃ、じゃあ、さっき通ってきた道の骨とか襲ってきたがい骨って……」

「これらのなれの果て、か?」

「ぅぅぅ……」


 冥府とは、いわば墓の中、ということになる。


「それにしても」


 とミツルはグルリと周りを見渡し、それからシエルへと視線を向けた。

 改めてミツルを見ると、瞳が紫になっていて、違和感が半端ない。


「ソルはどこにいる? というか、おまえの本体はどこだ?」

「本体……」

「今のその身体が本体か?」

「いや、違うけど。でも、なんか違うっ!」


 シエルの言葉を無視して、ミツルはギロリとにらんだ。

 灰色の瞳のときよりも迫力が出たような気がするのは気のせいだろうか、と思いながら、シエルはとある方向へと指さした。


「あっち」

「ずいぶんと大雑把だな」

「だって、仕方がないじゃない! ここ、広いし、なんか指標になる建物があるわけでもなく……」


 というが、シエルが指さした方向にうっすらとなにかが見えた。

 ミツルはジッと見つめたが、良く分からない。なにかある、くらいだ。


「まー、でも、なんか見えるから、あっちにあるんだろ、本体」

「ぅぅぅ、今のあたしって一体……」


 シエルの嘆きに、ナユはポンポンとシエルの腕を叩いた。


「ミツルがやさしくないのも、口が悪いのも正常運転の証拠だから」

「……慰めになってない」

「だって別に慰めてないし」

「子孫っ! 始祖を敬えっ!」

「敬ってもなんの得もないから」


 ナユにまで追い打ちを掛けられて、シエルは傷心の旅に出たくなったが、いや、すでに旅に来ている。しかも思いっきり今の心境にぴったりな冥府という場所に。


「……こんな辛気くさい場所から早く移動しましょうよ」

「奥の方がもっと辛気くさいぞ」


 もっともな言葉に、シエルは思わず上を見上げた。

 天井は思ったよりも低くて、さらに悲しくなった。

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