03
ミツルが言うように、ミツルは何度か死にそうになっていた。
運が良かったで済ませられないなにかがあったとしか思えないほど、何事もなく来ることが出来た。
悪運が強い、とでも言えばいいだろうか。
「それに、あの男に俺は世界の終わりのきっかけになると言われたぞ」
「まぁ、それだけ凶悪そうな面をしてたら、そうかもね」
「をいっ、こんなにいい男を捕まえておいてそのいいようかよ!」
「まー、いい男なのは認めるけど、わたしは嫌いよ。いい男はわたしを特別扱いしてくれないもの」
「俺はナユを特別だと思ってるぞ」
「えっ、えと?」
ナユは特別扱いに慣れているとはいえ、それはいわゆる普通な人たちからに対してだ。
今まで、ナユがいい男だと思った男たちからは受けたことのない言葉だったため、動揺していた。
「ナユの存在が消されたけど俺はナユのことは覚えていたし、ナユがここにいるから取り返しに来たし、ナユのためだったら何でも出来る」
完全に空気と化しているシエルはミツルの必死ぶりに、しかし、笑うに笑えなかった。
ミツルが来なければ本当に大変なことになっていたし、これからのこともミツルの動向で未来が変わるわけだし、ミツルには頑張って欲しい。
「でも……」
「俺の特別はナユ一人だ」
「ミチさんや、そこにいるシエルは?」
「ミチは同僚だ。シエルは……なんだろう。俺の師匠?」
ミツルの答えに、ナユは考えている。
ミツルにとってナユは特別だというけれど、それはどれくらい特別なのだろうか。
「世界とわたし、どっちが大切?」
聞くナユもナユだが、かなり痛い質問にしかし、ミツルは誤魔化すことなくはっきりと答えた。
「ナユだ」
「……そ、そっ、そうなんだ」
ナユがその答えを聞いてどう思ったのか。
ナユは真っ赤になって、ミツルの太股を叩いた。
「わっ、わたしの命が世界より重たいわけ、ないじゃないのっ! な、なに言ってるのよ!」
「それが、そうでもないんだよな。なぁ、シエル?」
急に話を振られたシエルは、空気に徹していたため、即座に答えられなかった。
「えっ? あっ? な、なんの話?」
「ナユの命が世界より重たいわけ」
「あ、あぁ、それね……」
シエルは顔を引きつらせながら、ナユに説明をする。
「そこの殺しても死ななそうな凶悪顔の男だけど」
「おいっ」
「その男に死なれると、冥府の扉が開いてしまう訳ですよ」
「……それって、冗談じゃなくて本当なの?」
「えぇ、本当よ。なんなら今、証明する?」
「をいっ!」
シエルの冗談とも言えない言葉にミツルはツッコミを入れたが、シエルはスルーした。
「数百年に一度ね、力が強いインターが産まれるのよ。だけどね、ミツルは本当に規格外なの」
ミツルは自覚はまったくないが、そうらしい。
「何度も言うけど、ミツル同等のインターを確保しないと、この国だけではなくて、世界が死体だらけになって、世界が終わるわ」
それか、とシエルは続ける。
「あたしがソルから力を奪い返すか」
「おい、他に方法があるのなら、早く言えよ」
「まー、元はあたしの不始末からこの国が歪んじゃったわけで……」
とシエルはなにやらごにょごにょと言っているのだが、ミツルは不機嫌にシエルをにらみつけた。
「──で? さっきのあの茶色いのがソルとやらだっけ?」
「んー、そうなんだけど。でも、あれはほんの一部で……」
「ところでシエル」
「な、なに?」
「なんであんな死人に力を奪われてるんだ?」
「あー、ミツルには分かっちゃったか」
「あのな、分からないとでも思ったのか?」
話についていけないのは、ナユだ。
ナユはミツルの袖を引き、自分に興味を持たせる。
「あぁ、悪い。シエルがあまりにも馬鹿すぎてな」
ミツルはナユの頭を撫でた後、ナユの顔を見ながら口を開いた。
「ナユはシエルが地……ソルというらしいんだが、とかいう男に持っていた力を奪われたのは知っているか?」
「知ってる……」
「そいつがな、女神の力を濫用して、この国をむちゃくちゃにしてるんだよ。そういうことだよな、シエル?」
「う-、間違いじゃないけど」
「けど、なんだ?」
「心情的にほら、あたしの不始末だから……」
「その不始末のせいで何人のインターが辛い思いをしてると思ってるんだ?」
「う……はい、申し訳ございません。返す言葉もございません」
「……ぇ、てことは、インターって女神の最後の良心ってこと?」
「あのな、どこをどう解釈したらそうなるんだ」
ナユの言葉にミツルはムッとした顔を向けたが、ナユは気にすることなく続けた。
「だって、インターがいなければ死体が土に触れて動く死体だらけになってこの世は死体の楽園状態になるわけでしょ? そうならないために地の女神の元に死体を送るのがインターで……」
「あー、そういうことか」
「そ、そうね! さすがナユ、あたしの末裔なだけあるわ!」
とはいうが、ミツルはなにかが引っかかっていた。
「ところで、シエル」
「はいっ!」
「ずっと疑問だったんだが、おまえの本体はどこにある?」
「本体……と申しますと?」
「今はなんか穢れを負っていて、でも帰ってこいとか言われていたよな?」
「うっ」
「さぁ、すべて吐け! この期に及んで隠し事したっていいことはないぞ?」
「とはいうけどー」
なおも抵抗しようとするシエルをミツルはギロリとにらんだ。
「まず、シエルの本体は?」
「え……っと、その、人が冥府と呼ぶところに囚われてまして」
「……て?」
「そっ、そのねっ、あのっ、あっ、あたしはほら、昔は穹の女神って呼ばれてて」
「それは知ってる」
「あたし、ほんと、馬鹿だから、ソルに力をあげちゃって」
「本当に馬鹿だ」
「うっ」
「ミツル、いちいち突っ込んでたら話が進まないから」
珍しくナユがまともな意見を口にした。それほど不毛な空気が流れていたということだ。
そして、シエルが語った内容は、ミツルが予想していたより酷いものだった。
シエル曰く、ソルはシエルから力を奪った後、シエルを浮島から地上に突き落とした。
その時、肉体と魂が分離して、肉体はソルが元々いた冥府に持ち帰ったという。
それゆえにシエルは穹の女神から地の女神と言われるようになったという。
そしてシエルが生み出した人間が憎いばかりに人が死んだら動く死体になるようにソルはシエルの力を悪用して、大地に過剰な力を与えたという。動く死体にならないように地の女神に肉体を返すというのは、シエルへの見せしめであり、罰であるという。
「確かに、肉体を地の女神に返すとは言われているが……」
「うん……と、ソルが言うには、魂が抜けちゃった肉体は必要ないし、それはあたしの罪で……。そ、それに、あたしが淋しくて人間を作ったから肉体が戻ってきたら淋しくないよねって」
「だれだ、女神の良心とか言った奴は」
「わたしだけど……。それって、ひどいよ!」
「ソルはなにがしたいんだ」
「きっとね……あたしを独占したいんだと思うの」
「重たっ」
「あたしはずっと独りだった。それが淋しかった。それでソルが来てくれて嬉しかったけど、それでもあたしは淋しかった」
どこまでも淋しがり屋な女神さまは人間を作ってしまい、シエルさえいればよかったソルの怒りを買った、ということか。
「で、シエルはどうしたいんだ?」
「ソルとも仲良くしたい」
「……おまえはほんと、馬鹿だ」
「そんなこと、言わないでよ! だって、今まで色んなひどいことをしてきたけど、それでもあたしが悪かったわけだし!」
「……とシエル、そういうのをなんて言うか、知ってるか?」
ミツルは困ったようにシエルを見て、それからナユを見た。
「わたしが知ってるわけないでしょう」
「ナユは……まぁ、今のところは大丈夫か?」
「なんなのよ、一体」
「そういう奴のことをマニピュレーターっていうんだよ」
「マニ……?」
「マニピュレーター。まぁ、簡単に言えば、自分の都合の良いように周りの人間を操る奴のことを言うんだよ」




