Episode08 「俺より、よほど良い環境じゃあねえか!」
チーム・マテラブラザーズ。パルレギラ兄弟が、評議会に登録している名前だ。
それをこの度チーム・カートマテラと改名し、初の仕事は大成功、兄フーレもご機嫌だった。
「カートお前、よく俺達を待ってたな。ここんとこお前が俺様に合わせてくれていいかんじだ。楽に仕事がこなせるってモンだ」
フーレは短気だが頭の切れる男だ。一回り以上も年の離れた少年の実力を素直に認め、前衛を任せることも多くなった。
臆病者の弟ボーラは彼らの船、マークホープ号からの支援に専念させる事で、兄弟が2人で現場を走り回っていた時よりも、効率よく動けるようになった。
なによりカートがフーレと足並みを揃えてくれる事で、より危なげなく任務を遂行できるようになった。
「アジトを襲うのは危険も大きいが、短期間でポイントが稼げて、報酬もデカい。そんな依頼を選べるのもカート、お前のイズライトと、バカみたいに強いお陰だな」
カートの頭をポンポンしながらガハハと笑う。
「まったく兄貴の言うとおりだ。カートのお陰で俺たちももうすぐランクアップなんだぜ」
上機嫌でお酒も進む兄の隣でも、普段より陽気に振る舞う弟は、いつもより上質の肉の塊に齧り付いている。
「そこでだ、ちょっと大きな仕事があるんだけどよ」
仕事の依頼を獲ってくるのは、弟ボーラの役目のはず。
「大丈夫なのか、ボーラ?」
カートはただ、思った事を口にしただけなのだが、フーレの気に触ったようで。
「大、丈夫だ! こいつは警察機構軍がらみの仕事だ。俺達は潜入して中で騒動を起こすだけだ」
弟に渡そうとしていたデータチップを引っ込めて、がなり立てる。
「カートの力でこっそり潜り込み、ファイターズギルドの武器庫の一つでもド派手にぶっ飛ばしてやればいい。ただそれだけの仕事よ。成功報酬ってことで前金なしだが、入ってくる金もポイントも破格なんだぜ」
「フーレよ。今の俺達なら、そんな危ない橋を渡らなくても、今年中にランクアップはできるぜ」
「来年だって? 俺達がカートを預かる期間は来年の中頃過ぎだ。そんな悠長な事言ってられるかよ」
Aランクになれば、依頼一件の報酬も今の倍になる。
名も売れて大きな依頼が増えれば、あっという間に目標額も稼げて、3人の目の前にあるオンボロ船、マークホープ号も新品同様にしてやれる。
そうなればカートがいなくなったとしても、売れた名前を落とさずやっていける事だろう。
「確かに、こいつのレストアは急務だとは思うけどよ」
「なんだったら、新品に買い換えられるくらいに、稼いでやろうぜ」
夢見るフーレを見てボーラは熟考する。
兄の意見は尤もだ。カートは研修期間を終えれば、生まれ故郷に帰ると言っている。
カートが抜けた後の穴を埋めるのは、並大抵ではない。
他のテイカと組む手もあるが、フーレは人と群れるのが苦手で、若い頃に追い出されたチームの数も、片手では足りない。
今後も2人でやっていくのには、強力な装備が必要だ。
「なっ! 今はやるべき時なんだよ」
いつも短絡的なフーレがここまで考えているのなら。
「契約も既に結んできてるんだな」
ボーラは兄の顔を凝視した。
「……はぁ、マジか」
「だ、だってよ。相談なんかしてたら、他の誰かに取られると思ってよ」
「しょうがねぇな」
後付けかも知れないが、フーレの意見も理解できる。
「どうだ、カート?」
「俺は構わない。やれないとも思わない」
軍の陽動があるのなら、騒ぎを起こすのも、さほど危険でもなくなるだろう。
カートの能力で敵のシステムを無力化し、同時に武器庫も見つける。
中へ潜り込み、誰にも見つからずに目的地に到着すれば、依頼も9割は達成したようなもんだ。
「俺の隠密能力があれば、そう簡単には見つからねぇ。問題なんかどこにもねぇよ」
認識を阻害するイズライトを持っている兄、フーレマテス=パルレギラ。
「お前が自作の小物でフォローしてくれる。パーフェクトじゃあねぇか」
イズライトはないが、アイテム製作に長けた弟、ボーラマテス=パルレギラ。
「分かったからそのチップをよこせよ兄貴」
フーレの手から奪い取った依頼の詳細を、モニター画面に映し出す。
「なになに、……人身売買をしている犯罪組織が相手か」
「今ならパスパード開発に、人手はいくらでも必要となるからな。資金源にはもってこいってなもんだ」
どんな都市型惑星にも、孤児が肩を寄せ合うスラムはあって、そこから人がいなくなろうと、気にする者はいない。
人身売買は闇の世界から、消えることはない。
子供の一人や二人がいなくなったからって、いちいち警察は動いたりしない。
しかし今回のターゲットは、市場規模を大きくしすぎた。
かつて、ノインクラッド統合軍が壊滅を果たした、犯罪シンジケートに匹敵する、巨大なファイターズギルドの名前にボーラは怖気づく。
「ただ横流しするだけでなく、個々に磨けるところまで磨いてから売るとか、徹底してやがる」
「警察機構軍にとっては、厄介な犯罪者を生み出す温床になっているわけだな」
「なにを吞気な!」
ボーラはあまりにハイリスクハイリターンが過ぎるのに唖然となるが、兄も少年も相手を知っても、気合いが下がる様子もない。
「誰もミスをしなければ、何の問題もないさ」
難しい事は何も求められていない。自分の分担を熟すだけ。
「分かったよ。俺も腹をくくるよ、兄貴」
作戦遂行までの短い時間、ボーラはカートを連れて、下調べを可能な限り繰り返すのだった。
警察機構軍の包囲は完了した。当然犯罪者も応戦体制を終え、両者は睨み合いを続けている。
ここまではプラン通り。
次はカートマテラが、監視の目が薄い箇所をついて潜入する番だ。
ボーラがカートのイズライトが、どんなモノかを知ったのは、ほんの数週間前にすぎない。
電脳世界に潜り込み、ゲーム感覚でセキュリティーを突破する。
ただシステムを乗っ取ると言っても、電源の入切や、扉の開閉のような、単純な事ができるようになるだけだ。
その程度の事がバカにできない事は、カートの働きを見れば誰だって理解できる。
どんな凄腕でも、それなりの時間が必要なハッキングを、あっという間にやってのける能力。
その方法は、防御システムをゲームキャラのようにイメージ化し、それを電脳空間の自分、アバターに倒させる。
カートの戦闘センスなら、アバターが特別製でなくても、最強キャラの大ボスも瞬殺できた。
『作戦開始5分前だ。兄貴は敵の目を眩ませながら、一番大きな弾薬庫に時限爆弾を設置してくれ。カートは俺の作ったダイヴナビを使って、俺からの通信に従って、フーレをカバーしてやってくれ』
ようはいつも通りだ。
「なぁ、カート」
「なんだボーラ、無駄話をしている時間はないぞ」
カートにはボーラが作れる最強のアバターを渡した。
ダイヴナビを通して、カートとアバターはリンクする。
「まだ3分ある。なに、聞きたいのは一つだ」
コントローラーを操作するように戦っていた今までと違い、自分の体のように戦える。
時間にも余裕ができるはずだ。
「お前は現場研修の制度で、2年の実地訓練を受けに来たんだよな」
「ああそうだ。何を今さら」
「けどお前は研修なんていらないくらいに優秀だった。俺達から学ぶ事なんてなにもなかっただろ」
流石にもう余裕はない。だが船を出ようとするカートを引き留め、ボーラは続けた。
「俺はお前が不気味で怖かったよ。今は違う、悪く思うなよ」
「いや、それがまともな反応だろう。むしろ、なんの警戒もしないで受け入れてくれたフーレがどうかしている」
「そいつは兄貴の特技だよ、本当に人を見る目があるんだ」
「もう、行くぞ」
「研修が終わっても、俺達とやっていかねぇか?」
ボーラは意を決して訪ねた。
「今すぐ答えてくれなくていい。続きは任務を果たした祝勝会でしよう」
少なからずカートは動揺した。
「……後でな」
少年は船を出て、アジト内の端末に取り付き、気持ちを切り替えてネットダイヴした。




