Episode06 「ガキばっかだな! 俺も含めて」
深海に眠る謎の宙航船、その修理を手伝うことになったラリーだが、正直に言えば、メカニックの技術なんて、まったく持ち合わせていない。
モーブの船、ガルラゲルタの整備なら、いつもフランに手伝わされていたが、あくまで手伝い。横にいて言われたとおりにしていただけ。
それでもいならと、軽く考えていたが、この船はどこをどう見ても、見たこともない機械だらけだ。
「すまない、俺は役に立てそうにない」
「ラリーの役目は決まってるから、今は何も求めないから、そんなに気負わなくても大丈夫」
ソアと名乗っていた依頼人の本名は、ソアラ=ブロンクスと言う。
いやでもそれも本当の名前ではないのだけれど、ソアラ=ブロンクスは名高い天才ロボット工学者だ。
裏の情報はモーブが、ラリーのウイスクに残して行ったものだ。
15歳と偽っていた少女は13歳であり、12歳のラリーの一つ上であることを知る。
「この船の工作室すごいのよ。ワンボック・ファクトリーよりも充実した工作機械が山ほどあって、何より私はここで、心から望んでいた夢の一つを、叶えることができたわ」
なんの冗談かと、保護者を疑いたくなる依頼人の履歴。
「バーガーコンツェルンのご令嬢様だって?」
ただそれは抹消された記録。表向きは戸籍から外され、別人として生きているという事。
「3歳の時に病気が見つかって、1年ほど治療を受けたんだけどね。結局はコールドスリープで時間稼ぎ。検査結果を解析研究してもらったけど、いつまで経っても成果は出なくてさ」
彼女の病気は深刻なものだった。
そのままにしていれば、肥大し続ける脳は、頭蓋に潰されて絶命する運命だった。
「それも今では問題も解決して、こうして道楽にかまけているって事か?」
だとしたら名を戻し、バーガーの性で、コンツェルンの重役に就任すればいい。なにせ天才の名を世に知らしめる工学者様なのだから。
「俺が知ったのはここまでだ。冗談言って悪かった。まだ解決してないんだよな、その病気」
「モーバンドさんは一流のテイカーね。素性を隠して接触した私が、ホントにバカみたいだったわ」
「あんな性格だけど、一応は俺の目標の一人だからな」
「まぁいいわ。けど教えられるのはここまで。君が私の見込んだ人だってわかったら、全部を教えてあげる」
ソアラの素性についての話は終わり。
とは言ったが、ラリーはもう少し深いところまで、ソアラの事を知っている。道楽云々は相手に合わせた発言だった。
ソアラ=ブロンクスの脳肥大は、悪いことばかりではなく、彼女に大きな力を与えた。
彼女のイズライトは無機物操作、そこに追加されたのが、脳肥大による脳領域の拡張。
拡大する脳量子波は、超常的な想像力を生み出した。
銀河評議会科学技術局はおろか、古代遺産とされる超科学を理解する異端児。
彼女ならこの宙航船、古代テクノロジーの産物を復活できるというわけだ。
「それで、その役目ってのがくるまで、俺は何をしていればいいんだ?」
「だから気軽に構えててって言ったでしょ。私の話し相手になってくれればいいの。あっ、あとお掃除とお洗濯もお願いするわ」
「家事をしろってか。飯の支度もしてやろうか」
「あら、料理なんてできるの? それは楽しみね。……その話は後回しね。お客様のご到着だわ」
その来訪者にはラリーにも心当たりがある。
「思ったよりも遅かったな」
「格納庫に行きましょうか」
水浸しだった格納庫の、排水機構の修理は完了している。
潜水艇から降りてきた訪問者は、ラリーとソアラの想像通りの人物だった。
「なんで三日も留守にしてるのよ!」
「知ってんだろ、仕事だよ。だいたい今までだって、2週間以上空けたこともあっただろう」
「父さんと一緒の時にね。本当にいつもいつも、私ばっかり留守番させてさ」
「愚痴を零したいなら、聞いてやるから離れろって、お前も来年は一人前のテイカーになるんだろ。恥ずかしい事すんなよ」
先日、依頼主の少女と裸のつき合いをしてから、異性を意識するようになった少年は、背中に当たる感触にドキドキが止まらない。
「うっさい! 心配させたバツだ。私がどれだけ!?」
父親をしばき倒して、乗り込んできたフランソアは涙ぐんでいる。
ラリーは、そんなに留守番させられるのが悔しかったのかと、溜め息混じりに苦笑した。
「お前がモーブに言われて、ソアラの事を調べてくれたんだろ?」
「そうよ。私に隠れて何かしようとしても無駄なんだから」
ガルラゲルタをワンボック・ファクトリーに預ける手続きを終え、戻ったフランは問答無用でモーブを殴った。
潜水艇の隠し場所まで案内させると、その場に父親を置き去りにして、ここへ乗り付けてきたのだ。
「そんなに弟が恋しいの? とんだブラコンね」
「なによ、このガキんちょ。姉弟間の事に口突っ込まないでよ」
超一級のクラッカーであるフランはもちろん、ソアラが年齢よりも年若く見える理由も知っている。
一つ違いの少女を、敢えてガキ扱いしているのだ。
「いきなり押しかけてきて、男を獲られたくらいで、大きな声を出さないでよ」
「なっ!? お、男って何よ。って、ラリー! どこ行ったのよぉ!?」
ラリーは1人、格納庫から出ていった。
妙な雲行きを肌で感じて逃げ出してきたわけだが。
「ちょっとラリー!?」
食事の支度でもしようかと、向かった食堂の入り口が見えた時である。
「なんだよフラン? 仕事があるんだから、手短に頼むぞ」
「だから、ちょっと待ちなさいって!」
フランのタックルを躱し、ラリーは後ろからゆっくり付いてくるソアラを見る。
「ラリーに悪さなんてしてないでしょうね。ってうるさいから、正直に答えただけよ」
右足にしがみ付くフランを振り解こうか。一瞬迷ったが、さっきよりも涙目が酷い。
「ラリー……」
「なんだよ?」
「お、お風呂入ろう。い、いっしょに……」
「なっ!?」
正直に答えたという、ソアラの言葉の意味を理解した。
姉を公言する2歳上の14歳を、さてどうしたものか……。
「フラン、見てみろよ。相手は実質9歳の幼女なんだぜ」
「ちょっとラリー!」
姉を慰めるつもりが、依頼主の自尊心を傷つけることとなった。
「まぁいいわ。けど、どうだった? 実際は9歳の体じゃあなかったでしょ?」
「し、知らねぇよ。成長期の女の体型が、どんななのかなんて」
まずい、口を開ければ開くだけ、ドツボにはまっていく。
ここは逃げ回るのが一番。
小型とはいえ、りっぱな航宙船だ。上手く走り回れば、捕まりはしないはず。
フランはまた「一緒に入る!」、なんて言い出している。
彼女の性格上、「じゃあ入ろうか」と言ったところで、尻込みをして更に醜態を晒すだけだ。
「あっ! 逃げた!?」
フランの腕を振りほどいて、猛然とダッシュ。
船内マップなら、とっくに頭に入っている。
どこかに隠れたとしても、天才工学者のソアラ、天才ハッカーのフランに見つからずに、暫くやり過ごすなんてできるわけがない。
体力だけで言えば、ラリーが一番なのは間違いない。
裏方で頭脳労働専門のフランや、病人のソアラが付いてこられるはずがない。
「くっ、しまった!?」
しかし完全に失念していた。
ソアラの作ったロボット達は、みんな創造主の味方なのだと。
「……なんてこった」
蹴散らすことは可能だ。しかしここで壊してしまっては、作業に支障が出てしまう。
考えがまとまらないままに包囲され、躊躇している間に、す巻きにされてしまった。
「つぅかまぁえた」
「フラン」
涙でグチョグチョじゃないか。ラリーは呆れて言葉を無くすが。
「湯船にお湯が張れたって。ラリー、入りに行こう。それとも君のあんなことやこんなことも話してあげようか、お姉さんに?」
ソアラのそれは、いたずらっ子の無邪気な笑顔。
屁理屈ばかりのモーブにも勝てないラリーでは、天才少女の言葉攻めを回避することは不可能。
「はぁ~あ、降参だ。好きにするといいよ」
す巻きのラリーは、作業ロボット達に運ばれて、浴室に向かうのだった。




