Episode04 「俺、まだ子供でいいやって、思ったよ」
「ラリー、いい! コスモ・テイカーって言うのは……」
「だから俺は、軍人になるって言ってるだろ」
「ノンノン、5年も父さんに修行付けてもらっていて、まだ分からないの?」
「確かに、お前よりは素質あるのかもな」
「なっ!? 喧嘩売ってんの、あんた」
「フランはもう少し、腕力に物を言わす短絡的なところを直した方がいいぞ」
「やっぱり喧嘩売ってたんだ。いい度胸じゃない」
ラリーがベテラン、コスモ・テイカーのモーバンド=グランテの元に預けられて5年が過ぎた。
あの事件直後、父が突然軍を辞め、蒸発してから5年が経過した事にもなる。
ラリーはモーバンド、モーブに体術の指南を願い出て、体作りを続けてきた。
12歳になり、小さい頃は小柄だった体も大きくなり、二歳年上のモーブの娘、フランソアと頭を並べ、共に切磋琢磨をする日々を送る。
父を尊敬し目標とするラリーは、一日も早く一人前になろうと一生懸命励んできた。
「だから軍人なんかじゃあなくて、制約の少ないコスモ・テイカーになればいいのよ。自由に本当の正義を貫くの」
「俺はモーブやフランには感謝しているが、3年後には統合軍に入隊するって決めているんだ」
そして父の行方の手掛かりを探す。
母と妹を亡くし、親族も知らない、唯一の肉親である父の行方。
「軍の高官になる。将来の目標ではあるけど、今は明確な目的があるんだ」
モーブがラリーのために、今でも父を探してくれている。
しかし一流のテイカーが、手掛かりの一つも見つけることができないままの5年。
指をくわえて待ってもいられない。
軍の入隊が可能になるのは、15歳になる年の春。
1年の訓練で正隊員となり、最短で隊長クラスになって、内部データを閲覧できるようになる。
かなり雑なプランだが、目標としては悪くないはずだ。
「ラリー、今日は俺とキリングパズールに降りるぞ」
「父さん、私は?」
「フランは留守番をしていてくれ、ガルラゲルタももう古いからな。いつも通り、整備を任せたぞ」
「うっそ、またなの? なんでラリーばかりなの!」
「お前はまだ第三段階に上がれたばかりだろう。訓練も怠けるなよ」
「ううっ……、整備もしておくけど、そろそろファクトリーに持っていかないと、あちこちガタがきてるわよ」
「分かった分かった。それじゃあ行くぞ」
惑星間超高速航行路“ゲートウェイ”から、モーブ一家の宙航船“ガルラゲルタ”が、位相差空間から抜けたのは惑星キリングパズール宙域。
モーブはラリーを連れて、入港した宇宙船ドッグからシャトルで、キリングパズール1の商業都市、ガルザリックシティーに降りた。
煌びやかなネオンサインが消えることない街では、深夜に子供が出歩いていても気にする事は誰もしない。
「こっちだ」
モーブはコーディネーターとしても有名な、馴染み深い情報屋を訪ねた。
「今朝、依頼を入れたばかりなのに、いつもながら動きが早いな」
顔は四角く、角刈りの黒髪と、口と顎を覆う深い黒髭、団子っ鼻にへの字口で表情の読めない巨漢。
男の放つ威圧感にラリーは息を呑むが、気圧されていることを諭されまいと、丹田に力を込めた。
「いい目をしてるな坊主」
「あ、ありがとうございます」
「おいおいドレッド、あまり苛めてくれるなよ」
「ドレッド=ガーマリーだ。苛めちゃいないさ。あの堅物のガキが、お前の元でどんな風に育つのかに興味があるだけだ」
父のことを知る情報屋、蒸発したことも当然のように知っていた。
「いきなり睨みつけてきたな。坊主、プロなら感情を殺して表情には出さない術を持て」
それはコスモ・テイカーだけでなく、社会に出る大人なら、身につけておくべきスキルだ。
「まったく、子供は子供でいられる内は、子供らしくしていればいいものを」
ドレッドは2人をテーブルに招く。ワインにチーズたっぷりのピザ、ラリーにはショートケーキと紅茶を出した。
「俺だって、まだ大人じゃあないけど、子供でもないから」
「そんなのは、せめて声変わりしてから言うんだな」
ここへ来たのは、今回の依頼主がドレッドを通して、モーブを指名してきたから。
歓楽街のとある雑居ビルの地下に、ドレッドの事務所がある。
ただしここは、数ある塒の一つに過ぎない。
久し振りに使用する部屋は、換気も不十分で湿気も溜まっている。
「入ってくれ」
オフィス兼寝室だという隣室から、少女が姿を現した。
「ガスマスク!?」
『だってここ、空気が悪すぎるのよ』
色の薄い金色の長い髪に、透き通るように白い肌。
袖の長い白いシャツに膝丈の青いスカート、清楚な装いだけに、顔全体を覆う黒いマスクが不気味に浮いている。
「そんなもん必要ないだろ。仕事の話をするんだ。あんたも座ってくれ」
「情報屋って冗談が通じないのね。つまらないわ」
マスクを外し、改めてモーブとラリーに頭を垂れる。
「始めまして、名前は言えないんだけど、そうねソアとでも呼んでちょうだい」
12歳平均よりも大きいラリーの、お腹くらいの高さの少女は自称15歳。
「この子が依頼人なのか?」
「そうよ。身分は明かせないけど、それでも受けてくれる人というのが第一条件。同じくらい絶対の条件として、悪人でないこと。ミスター・ドレッドはあなたならと紹介してくれたわ」
自分を棚に上げて、よく言ってくれる。
偽名を使い、年齢も偽っていそうだし、ラリーは怪しすぎる少女をじっくりと観察する。
「カワイイお嬢さんじゃあないか」
「……そうだな」
「それでどうだ、この依頼を受けるか?」
「えっ?」
「お前が受けるんだよ。お前の仕事だ」
ラリーはモーブの助手を3年続けている。
本来は12歳で許可が下りるところを、3年も前倒しでやらされてきた。
テイカーとしての認可証も16歳にならないと貰えない。
「俺まだ訓練も受けてないんだけど」
「知らないのか? 2級以上のテイカーの助手を2年熟せば、1年の訓練機関は免除になるんだぞ」
テイカー希望者には、適性があれば一年間学べば、許可証を受けられる訓練所がある。
ラリーはその訓練を受けなければ、テイカーになれないと思っていた。
「そんなに俺をテイカーにしたいのかよ」
「俺がお前に教えられるのが、この道なだけだ。あまり難しく考えるな」
目の前のテーブルに仮免許が置かれる。どんな裏工作をすれば、こんな事ができるのやら。
「またフランの機嫌が悪くなるぞ」
「あいつはテイカーになんてなる必要ないんだよ。お前に嫁入りするんだからな」
「本当にまた殴られるぞ、そんなことばかり言っていると」
同居から5年。最初は弟として可愛がってくれたフラン。
ラリーがモーブの指導受け始めると、フランもテイカーを目指すようになり、ライバル視されるようになった。
「ねぇ、まだなの?」
「フランの事は後回しだ。どうするんだラリー?」
「……内容を聞いてからだ。俺にできないことを無責任には受けられない」
「う~ん、それもそうね。それじゃあ行きましょうか」
ラリーの返事を聞いて、ソアは立ち上がり、事務所を出て行ってしまう。
「またいいネタあったら頼むぞ、ドレッド」
「今回は仲介しただけだ。次はとびっきりのネタで、きっちりお前から稼がせてもらう」
「行くぞ、ラリー」
「ど、どこへ?」
「お前が仕事の話を進めたんだろう。責任を持って判断するんだぞ」
いつそんな話になった。と言いかけてやめた。口ではまだ勝てやしない。
事務所を出ると、ビルから出るのではなく、隠し通路から下のフロアに降りて、用意されていたライフジャケットを着ると、下水道へ入っていく。
「ここを通るためのガスマスクだったのか」
しばらく歩くこと数分、目も開けられない悪臭の中を抜けて、ラリー達は一隻の潜水艇の前に立った。
ガスマスクとライフジャケットを脱いで、潜水艇に乗るように言われる。
「待ってくれ、まだ俺はやるとは言ってないんだぞ」
「それはある物を見てから、いいから黙って付いてきて」
後ろにいるモーブを見れば、首を縦に振るだけで何も言ってくれない。ラリーは悶々としながらも言いなりになる。
「モーブ、どこに行くんだ。これ?」
「俺も知らないんだ。名指しをされたのはお前なんでな」
目まぐるしい展開が続くが、今日一番の衝撃に、ラリーの思考は1分ほど停止した。




