Episode03 「はやく、もっと強くなりてぇ!」
「早く出てこねぇと、使用人が死んじまうぞ」
逃げ場はない。危機を脱するには二人の男を倒すしかない。
一気に二人を片付ける自信はある。入り口のセンサーの反応はこの二人分だけだが、近くにまだ犯罪者がいるかもしれないから、銃は使えない。
「どうする?」
蜥蜴男が小部屋に入ってきたところで、ナイフを口の中に突き刺す。
エルガンド人の皮膚は硬くて、子供の力で貫くことはできないが、口の中へ下から脳天目掛けて突き上げれば、ラリーにだって即死させることができるはず。
「マフィー!」
「あっ!?」
銃を左手に持ち、右手にナイフを取るのと、戸が開けられるのと、ミリーシャが外へ飛び出すのが同時だった。
「このガキ!」
ミリーシャが股を潜っていく、男はそれに反応して頭を捻る。
狙っていた口が見えない。銃を捨てて、ラリーは蜥蜴男の股間へと、ナイフに体重を乗せて突きつけた。
「ぬなぁあ!?」
即死はしなくても、エルガンド人はこれで動けなくなる。程なく事切れるだろう。
「動くなよ」
ナイフから手を離し、突進した勢いを殺さず、部屋から飛び出して、投げ捨てた銃を拾い上げる。
しかしスキンヘッドの男の方が、動きが速かった。
「ガキを殺されたくなかったら、武器を捨てろ」
「お前らが探してたのは、その子じゃあないのかよ。殺してもいいのか?」
「だったら女の方だ」
「その人はもう助けられない。今更なんだよ」
「てめぇ、何モンだ? だったらこれならどうだ? 死なさずに苦しめる方法はいくらでもあるんだぜ?」
男は銃をベッドに落とし、女性に飛びついたミリシャの頭を鷲掴みする。
空いた右手に持つ瓶の蓋は開いている。
「液体、劇物か?」
「話が早くていいぜ。そんなに強くはないから死にはしない。けど死んだ方がマシだって、思うだろうぜ」
ラリーが一発で男を撃ち殺しても、ミリーシャに液体がかかるのを阻止できない。
「大人しくお前の銃を、こっちによこしな」
得体の知れない子供に恐れを抱き、男は武器を奪おうとする。
ラリーにとってもその方が都合がいい。
要求通りに足下に転がしてやると、男はミリーシャを掴んでいた手を離して銃を拾った。
顔を上げた男は焦る。
たった7歳の子供が、その一瞬で音もなく目の前まで迫ってくるとは、思ってなかった。
屈んでいた男の頭の高さはベストポイント。
懐に忍ばせていたナイフを、男の左目から脳天に向けて突きあげた。
「がぁ!」
銃を拾うために、男はミリーシャ達に背を向けていた。
劇薬と言っても、そんな強力な物ではない。
強い刺激を与えると一気に高温を発して、肌に触れるとヒドイ火傷を負わせるくらいのものだ。
お付きの女性に使った物と同じなら、直接浴びさえしなければ、大きな怪我を負ったりはしない。
誤算があったとすれば、スキンヘッドが考えていた以上に、しぶとかったことだ。
男はラリーを左手で振り払い、身を翻して薬品をぶちまけると、その場で仰向けに倒れた。
「くそっ! ミリシャ!?」
不意打ちを食らって、受け身に失敗したラリーは、体だけを起こしてベッドに目を向ける。
高熱を発する薬品がシーツに火をつけ、立ち上った煙がスプリンクラーを起動させた。
「火が消えた。ミリシャ、無事か?」
どこを間違えたのかを考えるのは後だ。
マフィリーリアという女性のお陰で、最悪の事態は免れることができた。
しかしミリーシャの怪我は軽い物じゃない。
「大丈夫か、ミリシャ。意識はあるか?」
息を引き取ったマフィーを抱え上げ、下敷きになっていたミリーシャを横抱きに立ち上がろうとする。
「アラーム!?」
スプリンクラーが働いたことで、火災報知器が鳴った。
この男達は隠し扉を閉めていなかったのだろう。
侵入者は複数。
手元にはハンドガンが一丁だけ。小部屋に行けば、サブマシンガンが入った鞄が転がっているが、拾いに行く間はない。
「これまでだな」
幸い、ここで何が起こったか、知っているのは自分だけ。
捕まった後の事は今はいい、ただの子供のフリをしていれば、殺されはしないだろう。
なによりミリーシャだ。これ以上は保たない。
「見つけたぞ! 保護対象と他1名、子供がいる。……死亡者は3名だ」
銃を持った男が3人。軍服は着ていない。
持っていたハンドガンは、ベッドの下に蹴り飛ばした。後は自然に。
「う、うわあぁぁぁぁぁ!」
全身ずぶぬれだから、涙が出ているかどうかなんて、マジマジと見られでもしなければ、大丈夫なはずだ。
「ふえ、ふっ、ふぅ、ふあぁぁぁぁぁ!」
どうにも態とらしすぎたか?
けれど大声を上げて泣くなんてのは、ラリーには経験がない事だ。
「さぁ、坊や。君もおいで」
ラリーの抱えていたミリーシャは、一番に入ってきた男が代わって抱えた。
思いのほか丁寧に扱ってくれている。
(こいつらって?)
もっとも心配だったのは、ミリーシャが負った大怪我の具合だ。
ミフィーに大火傷を負わせた薬。肌は爛れて皮膚呼吸ができなくなり、その激痛に意識を失わせた。
そんな虫の息だった彼女が、奇跡的に反応して、最後の力を振り絞り、主の上に被さった。
「早く、応急手当を!」
頭や体は守られ、命を奪われずには済んだが、薬品が掛かってしまった両手両足が爛れてしまい、あまりの痛みにミリーシャは息を荒げて悶えている。
救急セットを受け取った男は、早速注射器を取り出して、少女の肩と脚の付け根に麻酔を打った。
医者でなくても機械が的確に針を打ち込んでくれるから、操作方法さえ知っていれば、誰でも使えるツールだ。
(やっぱり犯罪者なんかじゃあない)
あまりにも手際が良すぎる。
確証はないが、ミリーシャのことは、この人達に任せていれば大丈夫な気がする。
ラリーは泣くフリを終わらせようと、しゃくり上げる演技をする。
「ああ、もういいぞ。泣き真似なんてしなくても」
3人の内、ミリーシャを抱えた1人は先に上がって行き、別の1人は死体を確認している。
ラリーは声を掛けてきた男に連れられて、隠し部屋を出る。
隠し扉を出ると、多くの軍人と、多くのレスキュー隊員がいた。
「犯罪ギルドのテロ行為は、抑えることができた。もう安心していい」
屋敷の外に連れ出され、ラリーは一台の車に乗せられた。
「あの……」
「無事でなによりだ、フェゼラリー=エブンソン君」
「えっ、なんで俺の名前を?」
少し驚いたが理由は直ぐに分かった。男はラリーのウイスクを調べたのだろう。
「けど、いつの間に?」
「ウイスクは見せてもらうが、まだ調べちゃいないぞ」
7歳の子供に向ける目ではない。
軍人ではないようだけど、真っ当な一般人であるはずもない冷たい目。
「あなたは一体?」
「自己紹介がまだだったな。俺はモーバンド=グランテと言う。コスモ=テイカーだ。お前さんの親父さんとは、古くからの友人だ」
ラリーを乗せた車が走り出す。
目的地は統合軍基地だと教えられ、ラリーは助手席に深く腰掛け、脚をブラブラさせ俯いた。
眠いわけだはないが、話す気分にはなれない。ラリーは狸寝入りをした。
無言のまま走る車は数十分後、統合軍基地に到着し、ラリーは面会室に通されて、モーバンドと共に父を待った。
「ラリー、無事だったか」
「父さん、俺は……」
父の指示を守れず、家族の側に居てやれなかった。
「分かっている。軍の、俺たちの対応が間に合わず、2人を助けることはできなかった」
やはりあの時の反応、二人はあの場にいたのだ。
「ラナー……、母さん……」
「それでだ、ラリー」
「はい、父さん」
覚悟はできていたから、切り替えるのは難しくなかった。
「お前をモーバンドに預けようと思っている。俺はこの件に関する後始末と、今後の対応も含めて、軍に詰める事になるんでな」
「モーバンドさんに?」
事件を追うことに専念する。その期間は無期限だと、父は息子に言い聞かせる。
「分かりました。よろしくお願いします、モーバンドさん」
父の言いつけに従い、差し出されたラリーの手を、モーバンドはしっかりと握り返してくれた。




