Episode01 「失くしたくても失くせねぇよな、記憶って!」
惑星ノインクラッドの北半球、ノザーヌ大陸にあるアメルート自治領。
領内でも治安が悪いことで有名な其処は、警察機構軍とは別の機関、ノインクラッド統合軍の総本部があり、コスモテイカーのベースも多い。
それでも対処しきれぬほどの、多くの犯罪者の根城があり、様々な事件が毎日数十件と発生している。
そんな地区にあっても、まだ一般人が生活を続けられる程度には、安全なエリアなのが18特区、ラリーが生まれた街だ。
フィゼラリー=エブンソンは7歳の春、統合軍の指揮官職に就く父親に連れられて、自治領主催のパーティーに参加していた。
「なぜ、俺まで……」
「そう言うな、美味い物を腹一杯に食える。そう言う場だと思えば得だろ?」
「まったく、それでなんなんです? このパーティーは調印式と関係あるんですか?」
統合軍の強化に支援を申し出てくれた、フィッツキャリバーコーポレーションとの調印式が明日。
今夜はコーポレーション総帥の、孫娘のバースデーパーティー。
統合軍の軍備増強のために、資金資材を提供してくれる総帥に、感謝の念を表すと言うことだ。
そこでパーティーには、主役に近い年代の子供を招くべく、統合軍幹部の家族が招かれた。
ラリーは父の言葉通り、パーティーを楽しもうとしたのだけれど。
「はぁ、疲れた。俺、こう言うの好きじゃあないって、父さん知ってるはずなのに」
できれば家にいて、ゲームをしている方がよっぽどよかった。
「同い年くらいの子供ばっかり、面白い話なんて、何も聞けやしない。大人は相手になってくれないし、ホントにつまんねぇ」
一通り美味しそうな物を食べ終えたら、もう何もすることがない。
「あなた、このようなところで何をなさっているの?」
このようなって、パーティー会場から外の空気を吸おうと、テラスに出ただけなのだが。
「……誰?」
ものすごくキレイに着飾った金髪の女の子、身長はラリーより頭半分くらい高い。
「髪の毛なげぇ~、邪魔になんないのかよ」
「失礼な子ね。それともワタクシとお話ができるのが、恥ずかしくて悪ぶってるのかしら?」
「なに言ってんの、お前?」
少女の横柄な態度に、目尻が上がってしまう。
どうやらこういう相手が嫌いなのだ。ライトは自分の感情に気付き、その場を立ち去ろうと踵を返した。
「まっ、待ちなさいな」
「待つ必要がない。じゃあな」
「待って、……お願いだから」
「……なんなんだよ?」
何をモジモジしているのか? 少女は顔を赤らめて、俯いてしまう。
「……なんだよ、迷子か? 家族とはぐれたのかよ?」
ホールに戻れば警備員がいるだろう。大人を呼んで後を任せようと、足を向けたところ。
「なっ、なっ、なっ!?」
ラリーのスーツの裾を、右手で掴んだ少女が泣き出した。
「わーわーわー、分かったから泣くなよ。あんた俺より年上だろ?」
出した白いハンカチは、キレイにアイロンが当てられていて、いい匂いもする。
「あっ、ありがとう。……その、トイレ」
少女は左手でハンカチを受け取り、涙を拭いながら、消え入りそうな小声で訴えてきた。
「そういう事か……。もう少し我慢しろよ。連れて行ってやるから」
裾を掴む少女の右手をラリーは左手で握り、相手の様子に注意しながら歩き出す。
ハンカチは挙げてしまおう。付いてしまった鼻水をそのままに返せと言うのは、あまりにもレディーに対して、失礼とラリーは考えたからだ。
パーティー会場がテロリストに襲われた。
軍のデータベースにあるクリミナルファイターが、徒党を組んで攻めてきたと、会場中のスピーカーで報せてくれた。
「ウソだろ!?」
廊下で少女を探していた女性に出会い。お礼もそこそこにトイレに消えていく後姿を見送ってホールに戻る最中に放送を聞き、ラリーは警備部の詰め所に走った。
「父さん!」
マイクに向かって指示を出す父を見つけて、声をかける。
「ラリー、無事だったか」
「母さんは?」
「ラナーと一緒に避難している。小ホールだ。さぁ、ラリーも」
「いいえ、父さん。俺も」
「ダメだ!? いいから母さん達の元へ行け、二人を守ってやれ」
3歳からトレーニングをはじめ、5歳には軍隊式体術の基本を習得し、7歳になる頃には、大人と同じプログラムをこなすようになっていた。
「父さんが俺を急いで鍛えたのは、こういう時のためでしょう?」
「そうだ、俺の代わりに家族を守る力を与えた。そして今がその時だ」
ラリーの父はイズライトを持っている。相手を眠らせて、リアルな幻影を見せる。犯罪者に真実を供述させるのに役立つ能力だ。
「しかし父さん!」
ラリーは脳死の状態で生まれてきた。
強い刺激を与えることで脳を動かす。赤子に使うなんて、あり得ない事だが、蘇生には他に手はないとドクターからの提案を受け、実行した。
それは一か八かの大きな賭だった。父は赤子の脳を刺激し、無理矢理動かしてみせた。
奇跡の生還を果たしたラリーだったが、失った脳細胞は測り知れず、後遺症の心配がされたが、7歳になった今も問題は起こっていない。
と言ってもイズライトの影響がなかったわけではない。
意識して使える脳領域が驚くほど拡がったラリーは、1歳までに言葉を覚え、3歳の頃には7歳くらいの、5歳の頃には10歳くらいの知性を得て、7歳の今は15歳程度の知力が身についていた。
高い理解力で、4年間効率のいい体力作りをしてきた、7歳のラリーは軍の特殊部隊入隊試験に、チャレンジできるほどの実力を身に付けていた。
「……分かりました。父さん、最後に教えてください。襲撃者は何者なのですか?」
厳重警備のこの会場で、ここまで大きな暴動事件を起こしたのが、烏合の衆によるものとは思えない。
「間違いなくクリミナルファイターだ。ただ奴らはギルドを結成し、この襲撃事件も綿密に計画を練ってきたのだろう。警備部が対応する間もなく排除されている。この会場が制圧されるのも時間の問題だ」
援軍要請はしているが、到着までにはまだ時間がかかるという。
「早く母さんの元に、妹を守ってやるんだ」
万が一に備えての警備では、対応しきれなかった。
確かにラリーが手伝えることは何もなさそうだ。
「行け!」
「わ、分かりました」
ラリーは全力で走った。後手にいても尊敬する父ならば、きっと賊を排除してくれる。自分は自分のできることをしよう。
必死に走り、母とまだ生まれたばかりの妹を守り抜こう。
「そんな……」
絶望は静けさの向こうにあった。
大きな爆発音と爆風が襲ってきたのは、避難所にたどり着く直前だった。
激しい爆風に吹っ飛ばされて、強く壁に打ち付けられて、意識が飛んでしまいそうになるが、頭を左右に振り数秒で回復させる。
避難所に当てられたのは、結婚式の二次会場にも使われる小ホール。
この建物の中でも特大ホールから、一番遠い場所に設けられた待避所は、跡形もなく無くなっていた。
「母さん! ラナー!!」
二人のウイスクの反応は、確かにここにあった。
二人がここにいたのは間違いない。
「いや、まだ決めつけるのは早い」
鼻を突くような血の臭い。統合軍の防護服を着た物言わぬ屍と、7歳のラリーよりも更に小さなこの拳が転がっている。その手以外はどこにも見当たらない。
「跡形もなく……か」
火の気はほとんど感じない。炎を吹き飛ばすほどの大きな爆発が、その場の全てを消し去った。
「警備兵が原型を留めていると言うことは、爆発は部屋の真ん中で起きたと言うことか」
まだあちこちで爆発の音が聞こえてくる。
「銃撃戦? 遠くはないな」
死んでたまるか!? ラリーは立ち上がり、頭を回転させる。
犯罪者達が統合軍主催のパーティー会場を数分で、地獄絵図に変えられたのは、周到な準備ができていたからだろう。
「狙いは、フィッツキャリバーとの調印妨害だな」
調印を破棄させためには、セレモニーを中止させる必要がある。
しかし式典会場は公開されることはない。
だが今日のパーティーは大掛かりな準備が必要なため、前もって色んな所に情報が流れていたはず。
「狙いは総帥の孫ってやつだな」
外の様子を知りたくて、ニュース特番がないか確認するが、どこも通常のゴールデン番組を放送している。
「とにかく脱出だ。生きて保護を受けなくちゃ、母さん達の事もハッキリさせられない」
ラリーは警備員の懐から銃を抜いて、両手で構えたまま走り出した。




