Episode26 「打つ手はあるにはあるけどよ!」
煌びやかなキリングパズールにも、闇は存在する。
経緯はともかく、評議会の管理が行き届かなくなった、とあるスラム街。
名もなき女児には親もなく、生きる事に必死で耐えた日々が、思い出に残るだけだった。
そんなスラムでも、情報は多く流れ込んでくる。
あの銀河を揺るがした大事件の内容も、その一つだった。
とはいえ幼女の興味は「食べ物」を探す。その一択に向けられていた。
だからその出会いはただの偶然。幼女にはエリザという名前が与えられ、衣食住の心配のいらない日々が訪れた。
「私がイズライトを使えるようになったのは、義父と出会った日です」
落ち着きを取り戻したクララは、先ほどまでのポーカーフェイスとは何かが違う、無表情で淡々と語り続ける。
「もちろん父さんは、私のイズライトにしか興味がない事は、あの街から連れ出された瞬間から分かってました」
クララと名乗っていた、A級クリミナルファイターを父と呼ぶ少女、エリザ=アザルド。
「リーノに興味を示した父さんの命令で、接触するために警察機構軍へ潜入し、捕獲する機会を待っていました」
リーノはある時以前の記憶がない。
「リーノはリーノであってリーノではないからな。それをヴァン=アザルドも知っていたという事か」
「そうですか、やはりラリーさんもご存じでしたか」
リーノは子供の頃に大けがをし、その時にそれまでの記憶を無くした事になっている。
「君がラリー達に聞かせた当時の事故。ちゃんと調べれば、それが嘘であると直ぐに分かる事実がありました」
アンリッサはアポースの話を聞いて、急いでノインクラッドの管理コンピュータにクラッキングを掛け、データを入手、急いでベルトリカに戻ってきた。
「クララリカ=クニングスと、その一家が引っ越したのは事故の前でした」
嘘を暴かれても顔色一つ変えず、エリザは話を続ける。
「そもそもクララリカ=クニングスと、ボサリーノ=エギンスは、顔見知り程度の間柄でしかなかったんです」
記憶のないリーノに都合のいい昔話で接近し、時間を掛けて接触を続け、疑惑が生まれないように道化を演じてきた。
「警察内部でも怪しまれないように四六時中、設定したキャラクターを演じ続けたってのか」
アポースはいつから、クララリカ巡査を疑わしく思い始めたのか?
ラリーはいつもの事ながら、アポースの秘密主義には、溜め息一つでは納められない思いだが、今は愚痴を溢してもいられない。
「ちょっ、ちょっと待って!?」
「なんだリリア、文句なら後にしろよ」
アポースが確証はなくとも、エリザの事を諭してくれていたなら、リーノは奪われずに済んだ。ラリーだって怒っているのだ。
「うん、それは後にする。そうじゃなくて、リーノがリーノじゃないってどういう事?」
「そんな事か」
その件に関しては、リーノを預かると決まった時に、アンリッサに裏資料を調べてもらい、ラリーとカートはその事実を最初から知っていた。
「ボサリーノとして生を受けた少年は、もうこの世にいない」
「どういう事よ。じゃあリーノは動く死体とでも言うの?」
「嬢ちゃんが言っていた事故でリーノ少年は死んで、エギンス夫妻は同い年で、見た目もそっくりな孤児を引き取った。それが今のリーノだ」
実の息子が死んだばかりの夫婦に、評議会職員は孤児との面会を無理に推し進めた。
言われるままに顔合わせをした瞬間、エギンス婦人は孤児に抱きつき、家族になる事を即決した。
「実子は密葬で弔われ、リーノは代わりとなって、新生活をスタートしたんです。その点に置いては幸いな事に、彼は過去の記憶を完全に失ってましたから、大きな問題はなかったようです」
当然、このような事は公の記録には残っていない。
性格が変わったのも、記憶喪失のせいにして、周囲を納得させた。
「分かったか?」
「えっ、えぇ。大丈夫よ」
リリアはまだ何か残っている気もしたが、首を縦に振ることにした。
「それで嬢ちゃんのことは、どっちで呼べばいい?」
「どういう事ですか?」
「俺達はクララリカという名前で馴染んでいるが、お前さんは今までみたいに、まだその道化の芝居を続けるのかって、聞いているんだよ」
「えっ、だって私は……」
「ヴァンのヤローに捨てられたっていうなら、元いた場所には戻れんだろう? おやっさんに相談もしなくちゃならんが、警察を続けられんとなるなら、コスモ・テイカーになるって言うのも一つの道だろう」
なんにしても、呼び名は必要だ。
「正直、演じてきたクララリカ=クニングスは捨て去りたいので、今後は私をエリザと」
しかしアザルドを名乗らせるわけにはいかない。
「アポースでいいんじゃあないか? おやっさんの隠し子って事にすればよ」
バツ1のアポース巡査長には、二人の息子と末の娘がいるが、親権は母方に渡し、養育費を送ってはいたが、どの子とも一切会っていない。
「そんな話は後にしてよ!? リーノの事、どうすんの?」
リリアはエリザの事を許す気はないが、ああも大人げなく泣かれては、流石にこれ以上攻める事もできない。気持ちを切り替えて、本題に集中する。
「どうするも何も、ヴァンのヤローが連れて行ったってんなら、居場所はイグニスベルグランテだろうよ」
「えっ? なんで言い切れるの?」
「そいつはまだ秘密だ。しかしイグニスベルグランテとなると、直ぐには手が出せないな。あの次元断層をなんとかしないと、ヴァン=アザルドにもリーノにも届かねぇぞ」
「何か策があるのか?」
ブラストレイカーが使えれば簡単だが、カートは現状で有効な手があるのかと、ラリーに問い質す。
「その手立てを見つけるのは俺じゃあない。ティンク」
『はいは~い、こっちの話が落ち着くの待ってるよ』
ラリーは特に説明することもなく、カートとリリアを連れて移動する。
「アンリッサ、エリザの事を頼む」
部屋を出る時に、ただその一言だけを残した。
「ここって工作室じゃない」
ベルトリカにおいてどこよりも、格納庫よりも広い内部は、所狭しと物が置いてあって、アンリッサでさえ、中に何があるのかを把握していない。
「ようやく来たね。早速奥に入るけど、その前にリリアはロボットに入って、カートごめん、ここで待っててよ。手狭なところだから、入れる人数限られてるけど、この子は入れてあげたいから」
「俺の事は気にしなくていい。ブリーフィングルームに戻っているよ」
その扉の存在は知っていたが、決して中へ入らないようにと、注意されていた部屋のロックが外され、オリビエが招き入れてくれた。
そこはいつもオリビエがいる部屋の、倍ほどあることは、リリアも船内案内図を見て知っていた。
「入室禁止にしてるけど、ここはただの倉庫だから、別に怪しい実験とかしてる訳じゃあないからね」
見た感じ、用途の分からないものだらけで、入室禁止にされるのも分からない場所だ。
「絶対に触らないでね。特にラリー」
「おっ、おぅ!」
注意が一歩遅ければ、目の前の棒を持ち上げようとしていた、ラリーは手を引っ込める。
「おーい、ソアぁ~、連れてきたよぉ」
わざと暗がりにした部屋の、最も奥に待っていたソアに声を掛け、照明を点灯させた。
「うわっ!? えっ? えっ? ソアがひぃ~、ふぅ~、……5人もいる。ああ、そっか、ロボットかぁ~」
こうして改めて見ても、どれも本物のようで、誰がソア本人なのか、リリアは目を凝らすが、どうしても見分けが付かない。
「5人の頭脳でも、答えは導き出せなかったのか」
「だから最初から言ってるでしょ。同じ頭脳がいくつ集まっても、出てくる答えは変わらないって」
「それで彼女は了解してくれたのか?」
「不承不承ではあるけどね。この船にも長い間お世話になってるし、やれる事はやってみるわ。でもそれで無理だったとしても、責めたりしないでよ」
「ふっ、よく言うぜ。銀河一のプライド王が、勝算なしで出てきたりしないだろ。オリビエ頼む」
ソアの向こうにある大きな装置に、オリビエが手を伸ばす。
「それじゃあ、開けるよ」
装置の真ん中が割れて、左右に展開する。中に人影を見た時だった。
「コールドスリープカプセル?」
人影は女性で、年齢的にはリーノと同じくらいだろうか?
「この人もしかして、ソアのお姉さん?」
リリアはなんとなく似ていると感じた。
と言うよりは、ソックリ過ぎて姉妹と言うのもしっくりこないほどだ。
「そうね、今のこの私が人間だとすれば、そう言っていいと思うわね」
「そろそろ、その勿体振った言い方やめてよ。ちゃんと解りやすく教えて」
「ここからは第一級秘匿事項だ。リリア、秘密が守れるなら右手を挙げろ」
リリアは即決で手を挙げた。何に対して覚悟を決めるのかも分からないけど、迷いはなかった。
ラリーとソアはその瞳の輝きを認めて、リリアに真実を語り始めた。




