Episode19 「こんな話なら、聞くんじゃあなかったぜ!」
クレマンテ=アポース巡査長、52歳。
18歳で中央評議会の職員となり、20歳で警察機構軍に入隊した。
20代は個人で受ける勲章を山ほどもらった。
30代になって、彼が所属する部署は功績を築き続けた。
所属が変わろうと、その勢いは留まる事を知らなかった。
そんな彼がどうして今、巡査長止まりなのか?
「上の命令を聞かないからだろ」
「お前、誰と話してるんだ?」
ドン・ブックレット号の船長室。
この状況を頭の中で整理していたラリー、目の前にいるアポースは間違いなく本物、思わず彼の経歴を思い返し、勝手に納得した。
「おいラリー、このミッションはお前の思いつきだったよな」
「ははは、思いつきだよ。あの隠し文書を見て、おやっさんが呼んでる気がしたのは、お前にも言わなかったがな」
「それじゃあ俺は、イズライトを使う必要もなかったってことか」
「そうでもないさ。お前さんもラリーも、いいデータを取らせてくれたよ」
「おいおい、おやっさん。ドン・ブックレットの前でいいのかよ」
手にしたボトル越しに、ふくよかな老人の横顔を窺い見るが、そっぽを向いたまま、何を考えているかは計り知れない。
「そいつはもう抜け殻よ。自らの意志で隠居を許されない、悲しい身の上さ」
牢獄の中で朽ちていくに身を任せていたが、ファミリーはその穏やかな時をも奪い去る。
「このレースは言わば最後の我が儘よ。我が身は果てるまで、甘い蜜に群がるろくでなし共に吸い尽くされるのが宿命だ」
この船に人間はドンただ1人、ファミリーの若手がどこからか手に入れてきたボールで満たした船で、象徴的存在に納まっていた。
「そのボールを所持している事が違法なんだがね」
「分かっておるよ。ようやくシャバに出てこられたんだから、そっとしてくれるのなら、このレース中はなんでも協力すると言ったのさ」
「と言う事で、残り10体のボールだけは、見逃してやる代わりに、この場を提供させたんだよ」
ラリーに負けじと高級ブランデーのボトルを空けて、アポースは本題に入るぞという。
カートがストップをかけて、ラリーを問いつめた。
「いつから知っていた」
「あ~ん、最初からだぜ」
「お前なぁ」
「あの隠しメモに俺宛のコールサインが入っていただろう。それでピンときたのさ」
「なぜ黙っていた?」
「確信がなかったからさ。最初のボールに遭遇するまでは」
スタンドアローンで巡回警備をするガードロボットを、一撃で行動不能にした時になぜか人型になって停止した。
「動けなくしたのに、動いたから何かあると思って、調べたらこれがへばり付いていた」
メモには一言、「全て壊して船長室に来い」とあった。
「だからなぜ、俺に隠していた?」
「お前の本気、見せてもらったぜカーティス」
「クレマンテ=アポース……、俺のイズライトを観察するために、こんな凝ったマネを?」
「新しい機能の、実践テストの手伝いをしてやったんだよ」
カートはアポースが苦手だ。
この、のらりくらりとした感じが、フウマの里を思い出される。
「おやっさん、そろそろ本題に入ってくれよ」
「おお、そうだな。話は簡単だ、もう一暴れして欲しいってことよ」
アポースはボトルをもう一本、空にしてから内容を説明し出した。
緊急発進、そう言われてリーノは慌ててシュピナーグに乗り込み、エンジンに火を入れる。
「いったい、どういう事なんですか?」
『詳しい話は出てからだ。なるべく向こうに気付かれないように近付くからな。ベルトリカは少し距離を空けて付いてこい。俺達はモビールで接近する』
自分たちの読みがあながち的はずれではなかった事を、それが元で判断ミスをした事をラリーは焦っていた。
『セレブ号の事は後回しだ。とにかく急いでクーランゲルに取り付くぞ』
クーランゲル号へと向かったソア達と連絡がつかない。
『嬢ちゃん、お前さんからの連絡も繋がらないって本当か?』
自分のモビールを帰してしまっているクララは、シュピナーグの補助シートに座っている。
「そうですね。何があったのか分かりませんが、それでも位置の特定はできます」
『助かる。それとシュピナーグの……』
『シュランだぜ、ラリーのオジキ』
『おお、なんか気合いの入ったAIだな』
「シュラン、女の子なんだから、って女の子とか関係なく言葉遣いは」
『そうだぜリーノ、男だ女だなんて小せえ小せえ』
モニターに姿を現した少女の姿はソアくらいの幼さで、性別とか関係なく言葉遣いがそぐわなかった。
『シュラン、お前には大いに期待しているからな』
『そんなに技名を叫ぶの、イヤなモンなのかよ』
今までリーノがブラストレイカーで、武器使用コマンドを入力していたのを、シュランが替わってくれる事になっている。これでタイムラグなく武器を使用できる。
「俺、首ですか?」
『お前はお前でやるべき事はあるだろう』
「カートさん、俺、わかんないっす」
『近接戦はカートのアニキ、中距離はオジキ、遠距離はお前のテリトリーだろうリーノ』
「そう言う事だ。……アニキ?」
無駄話の間に出撃準備は整い、3機はワールポワートのチェックポイントを過ぎた辺りから、コースを外れたクーランゲル号を追って、恒星に向かって全速力で飛ぶ。
「なんで? なんで?」
アポースに渡された受信機の存在は、クーランゲル号ではクララしか知らない。
警察機構軍の高速船は評議会の目をかいくぐって姿をくらませている。
今、ソア達を追いかけられるのはベルトリカしかいない。
「本当なんですか?」
『嬢ちゃんがいる前でこんな嘘かますわけないだろ』
ラリーはアポースから聞いた事を、そっくりそのままリーノに教える。
クーランゲルを運用しているのは、間違いなく現役の警察官。
所属はエリート出世組の若手警視、来年度には警視正になると目されるやり手ではあるが、今ひとつ決めてに欠けると囁かれてもいる。
これほど大きなイベントは、評議会の閣僚会議で最終決定をもらわないと実行できない。
しかしその評議会に上げられる前に、許可を得なくてはならない場所がある。
評議会最高議長も知らない8人の元老。元老院の裁量を得なくてはならない案件だ。
『おやっさんは先だって察知して、嬢ちゃんをレースにねじ込んだまではよかったが、他に感付かれないように、嬢ちゃんに内容を教えなかったから、簡単に追い出されてしまったってことだ』
「うう、まさかこんな話になろうだなんて、思ってもみませんでした」
クララは送り込んだアポースからも、ベルトリカとの接触の目眩ましに使われた事に、二重のショックを受けている。
『さしものおやっさんも、うちの女共の行動力までは読めなかった。全部終わったら、埋め合わせはしてもらう。嬢ちゃんも何かねだるといいんじゃあないか?』
『見えてきたよぉ~』
『大きな船ですね』
『ベルトリカの十倍くらいあるんじゃあねぇか?』
オリビエ、ソア、リリアが捕まっている可能性がある。
近付けばシャトルのベルと連絡が取れるかも。と言うAI3人娘のアイデアはうまくいかなかった。
こうなるとドン・ブックレット号にしたのと同じ、潜入作戦を実行する事になる。
『俺とカートで潜入する。お前は外でアークスバッカーと夜叉丸を守って、退路を確保しておけ』
「りょ、了解です」
本来なら内部に詳しいクララを連れて行きたいが、どう考えても足手まといだし、恐らくは隠密活動に向いていない。
無駄にやる気だけはある巡査を1人で外に残してもおけない。
お守りも兼ねたリーノに後は任せて、追いついたクーランゲル号に、接舷した夜叉丸から電脳空間へカートが、エアロックに取り付いたアークスバッカーからラリーが乗り込んだ。




