Episode18 「あまり時間を掛けたくはないからな!」
ボールはどこからともなく、ウジャウジャと沸いて出てくる。
一つ一つは弱く脆く、ラリーの弾丸にあっけなく機能を停止していくが、中央制御室からは遠ざけられていく。
「いっそ、動力部を抑えるか?」
つい要らぬ事を考えてしまう。今回は船の制圧が目的ではない。
「……これだけガードロボットをぶっ壊しておいて、秘密裏もあったもんじゃあないよな」
船内に侵入者排除用のトラップは存在しているはず、しかし今のところあのボール以外に、ラリーを襲うモノは現れない。
「ちゃんと自動小銃も設置されているのに、それが動かないって事は、カートもちゃんと仕事してるって事か?」
だったらこの鬱陶しいやつらも、どうにかして欲しいものなのだけれど。
「こいつらも無限というわけではないんだ」
全てをたった一撃で仕留める集中力を絶やすことなく、ラリーは連射を続けた。
オリビエが技術を学んだ、ワンボック・ファクトリー製の銃は、焼き付くことなく連射に耐えている。
「やっぱ、カートリッジ持ってくるべきだったか」
エネルギーパックなんて、そう嵩張る物でもないのに、いつもオリビエに言われているが、ラリーは肉弾戦が基本だから、銃は状況に応じて、たまに使うだけの代物だからと、言うことを聞かずにいたことが仇となった。
ボールの急所を狙うのに楽でいいからと、乱用した結果、あっという間に弾切れとなってしまった。
「……殴るか」
ベイカーショットをホルスターに入れて、インパクトナックルの電源をオンにする。
接近しなくては戦えない。距離を詰めたところでボールが初めて反撃してきた。
「こいつらビーム兵器を持ってたのか」
遭遇即機能停止を続けてきたので、その性能を確認できずにいた。
「だが所詮はビーム粒子。そんなもんで俺が止められると思うなよ」
インパクトナックルで受けるか避けるかで、ボールからの攻撃を全て無力化し、手に届く間合いにまで接近する。
「殴ってぶっ壊せるか、試してやる!」
ボールを撃つ時は、なんとなくで破壊できた。
そして拳なら。
「弱点なんか関係ねぇよ」
ラリーの懇親の一撃で、粉微塵になるボール。
「脆いな」
ラリーの突貫力を前に、ボール状態では不利だと察して、手にバルカン砲を備える人型に変形する。
「ようやく本気になったって感じか? おもしろくなってきたぜ」
インパクトナックル同様、接触の瞬間に爆発力を上乗せする、ブロークンアンクルも稼働し、次の標的に襲いかかる。
3メートルの巨大ボールは、5メートルを超える巨大な人型に変形した。
大きな手足を振り回し、距離が空くとバルカン砲とビーム砲を撃ちまくってくる。
「デカい割にいい動きをする。だが人をマネするなら、やりようはある」
カートは彼が烏丸と呼ぶ短刀を抜き、独特な動きの左手で“印”を結び、大きく振り払うと、火の玉が浮かび上がり、それをボールロボットに飛ばす。
火の玉が接触するのに合わせ、“印”は複雑さを増し、爆炎に包まれるロボットを水柱で飲み込む。
「どれだけ硬かろうと、これで刃は通る」
短刀を縦に、大きく跳び上がり、人型となったボールの腰部に突き刺す。
「終わりだ」
「まだです。カート兄様」
ボールのままでいたなら、攻め手を悩んでいたかもしれないが、人を模した事で弱点は丸見え。
腰パーツを破壊されては、もう動けないだろう。
その考えが誤っている事に、サクヤに声をかけられる直前に悟り、烏丸を引き抜き距離を取る。
腰を壊されても、ボールロボットは倒れたりしない。
物理法則なんて関係のない電脳空間ではあるが、カートの能力にはルールがあり、イメージ化した時点で、プログラムは物質化される。
「解析が完了しました。カート兄様の能力に、あのボール様が干渉してきたのは、この空間に踏み入れた時です。発動時にはなかった異物が検知されました」
カートのイズライトに作用してくる。驚きを隠し、火薬玉を投げつけてダメージを与える。
「汚染箇所を修復しています。破損個所が復元されます」
「なるほどそういうことか。これ以上の時間はかけられないというのに」
電脳空間ならカートは、“氣”を使い続ける事ができる。
雷の術、風の術、氷の術で、大きなダメージを受けるも、ボールロボットは簡単に再生し、反撃をしてくる。
「サクヤ、まだか?」
敵の干渉を阻害できないか、探らせてみせるがそれは失敗した。
「申し訳ございません。そのガーディアンが邪魔をしていて、どうしても中央制御プログラムにアクセスできません」
ならばと攻撃の視点を変えるが、それもできなかった。
サクヤの能力は期待値以上だ。できないのは彼女の所為ではない。
カートはイズライトのコントロール精度を上げるために集中する。
「次で決めるぞ」
気合いを入れて“氣”を込めた“印”を切る。
「カート兄様!?」
技を繰り出す直前。
ボールロボットは自壊した。
「何が起こった?」
バラバラになったガーディアンに近付き、サクヤが手に触れる。
「コアが破壊されています。もう再生する事もありません」
「……ラリーか」
ただ破壊するだけなら、いつでもやれた。その自信はあった。
乗組員にばれないようにと、気を配って対応していたというのに。
現実空間で何があったのか、簡単に想像はつくが、なるべく早く合流すべきだろう。
「サクヤ」
「制御室を抑えました。ですがこれは……」
「どうかしたのか?」
「申し上げにくいのですが、ここはダミー回線であるようです」
「なに!?」
ドン・ブックレット号の制御を奪う事はできず、データベースにも繋がらない。
「俺は行く。お前は船から離れて待機していろ」
「分かりましたカート兄様。アースラちゃんと合流します」
「アークスバッカーも来ているのか」
カートは電脳空間から抜け出して、エアロックから船内に潜入する。
ラリーがどこへ向かったのかは一目瞭然だった。
「ボールの残骸が連れて行ってくれそうだな」
ルートは電脳空間と同じ、目的地はどうやらあの、巨大ボールが出現したブロックのようだ。
「よう、カート」
「どういう事だ、ラリー?」
「説明は後だ。行くぞ」
ラリーの目の前にはカートが戦った奴ほどではないが、他のボールの倍ほどの物が人型のまま倒れている。
リアルスペースでダメージの修復は叶わない。
こちらをどうにかしてくれたから、サイバースペースの敵を片付ける事ができたと言う事だ。
「なにしてる。早く来いよ」
ラリーは船内を上へ向かっている。
目的の場所を知った時にはもう遅い。
上下の感覚のない無重力状態で分からなかったが、扉の形状で、開ける前に気付くべきだった。
二人が入ったのは船長室。
カートは顔に見覚えがあった。
「ドン・ブックレット……」
「すばらしい。流石は英雄と称賛しよう。こんなに早くここまで来るとは思わなかったぞ」
恰幅のいい、人よりもボールに近い体形の老人が、重力のある船長室で、豪華な装飾の施された椅子に座っている。
「本物なのか?」
「俺が知っているはずないだろ」
本物か影武者かを聞かれても、判断できるほど、この老人の事を二人は知らない。
活動するエリアが違うのだから、分からなくて当然。
「まぁ、どっちでもいいんだよ。俺達がここで会うべきはドン・ブックレットではないからな」
「そう言わず、少し話をしないか? お前達若いモンが、俺みたいなロートルをどう思っているのか、聞いてみたいしな」
「また次の機会があったらな。俺達も暇じゃあないんだ」
「つれない小僧だ」
ラリーがドンから目を離して右を向く。カートもつられてそちらを見る。
「クレマンテ=アポース巡査長か?」
応接セットで、ドリンクを飲む知人を見つけ、カートは眉間に皺を寄せた。
「遅せえぞ、お前ら」
「うっせぇよ。待ちたくないんだったら、しょうもないイタズラすんなっての」
ラリーは断りもなく腰を下ろし、目の前のボトルを持ち上げて、ラッパ飲みを始めた。




