Episode15 「おやっさんの依頼はいつも、無理難題だな!」
ベルトリカはドン・ブックレット号を追って加速を続け、キリングパズールのチェックポイントを目前に、追いつく事ができた。
『ラリーさん、カートさん、射程ギリギリの距離で相対速度を合わせました』
二人がいるのはラリーの自室。
他クルーの個室とは違い、各種端末のあるキャプテンルーム。
「そのまま暫く監視していろ。撃ってくるようなら、ティンクに操舵を預けて反撃しろ。ベルトリカを傷つけるなよ。俺とカートはこれから作戦会議をする。沈められでもしない限り、俺達に声を掛けるなよ」
『沈められたら、そんなこと……』
「まだ何か言いたげだったぞ。最後まで聞いてやらなくていいのか?」
話の途中で接続を切るラリーに、カートはため息まじりに詰る。
「アンリッサもコントロールにいるんだ。何かあっても冷静に判断できる奴がいる。なんとかなる。いや、リーノもこのくらいは何とかできるようにならんとな」
ラリーはウイスクの接続もカットした。
「ティンク、この部屋のモニターも完全に遮断しろ」
『ふ~ん、分かった。用があったら端末使ってね』
船内で異常があれば、即座に対応しなくてはならない。宇宙空間では小さな問題が大事故に繋がる。
ホストコンピューターとの接続を、遮断してまでする密談とは。
「なぁ、カート。このまま真っ正直に、レースを続けてなきゃならんと思うか?」
「……詳しく話してみろ」
アポースからの密書、ソアにも見せたのは内容のごく一部。
「センサーが働いた状態じゃあ、できないからな」
ライターに火をつけ、封筒を下から炙る。
「お前、こうしてここで、いつも煙草を吸ったりしてないだろうな」
「レクリエーションルームで吸ってるよ。つーか、俺はほとんどこの部屋にいないって、お前も知ってるだろ」
渡された密書にカートが目を通す。
炙り出された文字は、決して部外者が触れていい内容ではなかった。
「真摯の夜明けの連中は、特異遺失物管理法に基づいて、身柄を確保されたようだな」
「今、レースを続けているのは評議会の職員って、なんの冗談だよ、おやっさん」
グラップレイダー号はベルトリカとの戦闘後、ドック入りして修理をしていた。
その時の点検で疑惑は確証へと変わり、特異遺失物無断使用の容疑で、田舎海賊達は取り押さえられた。
「ドン・ブックレット号も、ドックに入ったんじゃあなかったか?」
「そっちは確たる証拠を掴む事ができなかったようだぜ。マフィアは用心深いからな。当然といえば当然だろうよ」
このままドンを相手にレースだけをしていて、果たして目的を達成できるのか?
「久しぶりに二人でやらないか?」
「潜入工作か?」
外から突っついていても、欲しい結果は得られない。
それならその為の行動が必要となる。
「相手に気付かれずとなると、ルーキーはまだ連れて行けないだろう」
「あいつは戦わせておけばいいだろう。俺たちの行動に関しては、ティンクとアンリッサに伝えておけば問題ないだろう」
ステルス性能が最も高い、夜叉丸で接近するにしても、陽動は必要となる。
アークスバッカーはスピードと機動力を兼ね備えた、バランスの取れた機体ではあるが、機動力を重視した夜叉丸の方が、エンジンの放つ高周波が小さくて、索敵にも検知されにくい。
「AIが役に立ちそうだな。ティンクの力も借りられるしな」
「オリビエの子供達かぁ」
「子供なんて言ったら、またオリビエの機嫌が悪くなるぞ」
コピー元がティンクだけ合って、完成したAIには独特な性格が生まれ、オリビエの事を母親と認識している。
しかしオリビエはマスターと呼ばれる事を望んでいるようで、プログラムの調整をソアにお願いするが、なぜかうまくいかないと愚痴っていた。
「夜叉丸に乗っけたAIには、なんて名前をつけてやったんだ?」
「サクヤだ」
「聞き慣れん響きだが、悪くないな」
「アークスバッカーにも搭載されたのだろう?」
「俺はいらんと言ったんだがな」
オリビエは整備の際に断りなしにセットしてしまい、強めに外すように言っても、応じてはもらえなかった。
「今回アークスバッカーは関係ないだろ」
「うまく付き合えば、色々と助けになってくれる。俺は機械には疎いが、口で説明するだけでちゃんと理解してくれる。サクヤはなかなかよくできた電脳だぞ」
「まぁ、なんだ、よろしく頼むわ」
乗り込む算段を整え、ティンクとの回線を回復したのとほぼ同時に、ドン・ブックレット号からの攻撃が開始された。
『はいは~い、報告しま~す。ただいまドン・ブックレット号からの警告を無視し続けるベルトリカに、攻撃が開始されたばかりで~す』
「警告?」
『停船勧告ですぅ。相対距離を合わせて、後ろを付きまとうベルトリカが、不審に感じ取られたみたいですぅ』
「って、その喋り方。お前、アースラだな」
『ピンポンピンポン♪ 流石はパパなのですぅ』
ティンクの声マネをして、アークスバッカーに組み込まれた管理AIが、ホストコンピュータに代わり、報告をしてくれる。
「だから、パパはやめろっての!」
『ブーブー、パパはアースラのパパだもん。オリビエママもソアママもいいって言ってくれたもん』
駄々を捏ね出すと、機嫌を直すのに時間が取られる。
今はそんな時間を取ってられない。
「分かった。分かった。いい子だからティンクに替わってくれ」
『ちぇー』
ふて腐れたままのアースラと替わったティンクは、くすくすと笑っている。
『密談は終わった?』
「お前は本当に趣味悪いな」
ラリーは「本当にあいつそっくりだよ」という言葉を飲み込み、アンリッサ宛のメールを渡した。
「お前もチェックしておけよ。それとリーノと嬢ちゃんには絶対に知られないように」
『了解、了解。なるほど、フムフム。それじゃあ夜叉丸にミラー・エフェクトを掛けるね』
「ああ、頼む」
ミラー・エフェクト。モビールに粒子片を付着させることで、コーティングされた機体は、鏡のように光を反射する。
右から後ろへ、後ろから下へと、不規則に光を乱反射する事で、その場にいないように見せる事ができる特殊処理だ。よく目を凝らせば、輪郭が分かる弱点を持つ。
「それじゃあこっちは任せたからな」
『はいは~い、盛大に花火を上げて、こっちに気を引きつけてあげるよ』
ラリーとカートは急いで夜叉丸へ。
「サクヤ」
『はい、カーティス兄様。発進準備は整っております。姉様のコーティング処理が完了次第、後部ハッチが開放されます』
「そうか」
『フィゼラリー兄様』
「なんだよ?」
ラリーはアースラに馴染めずにいるが、このサクヤの事も苦手に思っている。
『夜叉丸のスピードでは、ドン・ブックレット号に追いつけません。ですからアークスバッカーに加速のお手伝いをお願いしたいのです』
本来なら夜叉丸でも接近は可能なのだが、ステルス中は最高速は出せない、このままでは初速が足りない。
アークスバッカーで夜叉丸を引っ張って、足りない初速を底上げして欲しいというのだ。
「……いいぜ、分かった。ティンク!」
『なぁに?』
「言わなくても分かってるだろう!」
『ちゃんとラリーの口からお願いしなよ』
少しでも時間が欲しい時にどいつもこいつも……、ラリーは深呼吸で言葉を飲み込み、アースラを呼び出した。
「できるな」
『ええー、どうしよっかなぁ~』
AIのご機嫌を取り、成功に導かなければならない。
「アースラはいい子だ。夜叉丸の加速を手伝って、俺たちをブックレット号まで届かせるんだ。やれるよな」
『もちろんだよ、パパ』
「それでこそ俺の娘だ」
カートのように妹設定にすれば、これほどのストレスは感じなかったのだろうか?
引きつる頬を両手で解して、表情を元に戻して、深呼吸する。
「後の事は任せたぞティンク」
『大丈夫。そっちこそ気をつけてね。お父さん』
またも鬼の形相になるラリーをカメラに捉えて、ティンクが吹き出す音声を流す。
「さっさとアークスバッカーのコーティングも終わらせて、ハッチを開けろ!」
『怒らない怒らない。……発進準備完了したよ』
「よし、行くぞカート」
「あっ、ああ……。どうでもいいが目の前で大声を上げないでくれ」
隠密行動は諦めた方がよさそうだ。カートは不安を抱えながら、夜叉丸を発進させた。




