Episode12 「覚えることは、まだまだいっぱいあるからな!」
ベルトリカのブリーフィングルームから、船外まで出てきたラリーとグレッグ。
場所を補修船のレストルームに移して、念願の一杯目を乾杯した。
「結局ごり押しして、俺の休息時間を勝ち取りやがって」
「情報収集、参加者が望めば協力してくれるんだろ?」
「それはそうだが、ミーティングでバーを使うなんて」
「俺とお前が話をするってんなら、他にないだろう」
「まったく、アポースのおやっさんまで担ぎ出して、上に掛け合って、そうまでして飲みたいかね」
銀河評議会ノインクラッド航宙局局長に対し、就業時間中に飲食接待許可をもぎ取ってしまう、謎の交渉術を持つ男、フィゼラリー=エブンソン。
「あれ? ラリーさん」
まだ営業時間外のバーを開けさせたレストルームに、汗だくのリーノと涼しい顔をしたカートが顔を見せた。
「なんだグレッグまでサボりか?」
「俺に選択権があれば、ここにはいないよ」
食事に来たカートは、自然とバーのカウンターに腰を落とした。
「なんだ、もうとれーに……、修理の具合はどうなんだ?」
「ラリー、もういいって」
古いつきあいの、有能な議会職員の目を誤魔化す事はできない。
「まぁ、そうだよな。にしてもリーノ、シャワーくらい浴びてからこいよ」
「もう腹ペコっす。ムリっすよ」
リーノはメニューから目を離さず、先輩の注意を聞き流す。
「お前ら、俺の事をなんだと思ってるんだ?」
「グレッグ、不毛なやり取りが希望か?」
「カート、相変わらずだな」
アポースが間に入っている事だし、なによりグレッグは仲間達と同じくらい信じられる存在。ラリーは包み隠すことなく、計画を明かした。
「なるほどな。それでダメージがほとんど見られないベルトリカが、補修船を呼んだ理由が分かったよ」
順位を落とすために、ドックを利用する者が現れるなんて、議会側は想定していない。
ルールに違反してなければ、グレッグが口を挟む事でもない。
「それで、こんなところで俺から、何を聞きたいんだ?」
「特にはなにも」
「なに?」
「俺は飲める相手が欲しかっただけだぜ」
グレッグは言葉を失い、カートとリーノの顔色を窺う。
「あきらめろ」
「ですね」
言われるまでもない、グレッグは失笑してグラスに口をつけた。
ベルトリカは予定通り最下位の位置に付け、先頭までの時間差も出来過ぎなくらいに、いい距離を保っていた。
「トップがミリシャってのがちょっと、どんな想定外が起こるか不安だが、2番手のセレブ号の動きにも要注意だな」
ようやく第一チェックポイントの、キリングパズールが光学望遠鏡で確認できる辺り。
「警察チームが三位って、おやっさん。嬢ちゃんにどんな指示を出してんだ?」
クララリカはベルトリカのサポート役を、アポース警部補から仰せつかっているはずだ。
「後二つくらい、順位を落としておけよなぁ。直ぐにドンに抜かれて、四位になるだろうけどよ」
その後ろのブルーティクスも、速度をどんどん上げているから、心配せずとも、五位になるのも時間の問題だろうが。
「思ったより修理に時間のかかったジイさんが俺達の前か。出すんならグラップレイダー号の方に、ちょっかい出してくれねぇかな」
トップはキャンショット・キャリバー号。
二位に怪盗セレブ号、三位がクーランゲル号、ドン・ブックレット号が四位にいる。
五位がブルーティクス号、六位のグラップレイダー号、七位はデルゼルブス5228号。
そしてベルトリカ号は先頭から11時間の位置にある。
メンテナンスドッグを出てからも不調を装い、速度を落としてはいるが、どうもまたドクトルが、また絡んできそうな動きを見せている。
「名前を売りたいなら、最下位なんて相手にしてるなよな」
「あの人は趣味人ですからね。どうします? アステロイドを利用しますか?」
航宙船のベルトリカなら、操舵次第で無傷ですり抜ける事もできるだろう。
しかし向こうは所詮、人型ロボットだから、神がかった操縦技術でもなければ、かなり苦戦するはず。
「リーノ、お前は抜けられるってことだな?」
「えっ、ラリーさんが替わってくれるんじゃあ?」
「いい機会だ。やってみるんだな」
「カートさんまで……、ぶつけても知りませんよ」
「いいわけないだろ。いいからやってみろ!」
自分が提案した以上、ここで止めるわけにもいかないリーノは進路を変更する。
「他のチームも同じ事を考えたみたい」
うまく通り抜ける事ができれば、ショートカットも可能なコースとあって、グラップレイダー号とブルーティクスが、アステロイドに突っ込んだことをリリアがキャッチする。
「あいつらの船体サイズで、よくその気になったもんだな」
「キャプテン・ミリーもアステロイド越えるみたい」
回り込むと5時間のロスではあるが、事故を起こせばそれでは済まなくなる。
「他人に気を取られるな。ちびスケは監視データを整理してリーノに渡せ」
「無理だよ。そんな早くは」
「私がフォローするから」
「ありがとうソア」
最初緊張していたリーノだが、腹を括って集中、うまく回避行動をとり続ける。
「来たよ。ドクトルの宙飛ぶロボット」
デルゼルブス5228号も進路を変更し、ベルトリカを追ってアステロイドに突っ込んできた。
「……どうやらあっちは、神操縦できる何かがあるみたいよ」
ソアがその軌道を見て、その正体を見抜く。
「あのおジイさん、本当にすごいエンジニアだったのね。AIに操縦させてこっちより早いなんて、ビックリね」
「言われてるぞ。リーノ」
「無茶言わないでください。俺だって必死なんですから」
「避けるのに気を取られすぎだ。もっとシールドを信じろ。見極めて最小限の回避でスピードを上げるんだ」
質量の小さな岩はシールドで弾く事ができるが、大きな岩塊に衝突すれば、轟沈もあり得る。
「そういった判断を機械にさせるって、すごいことなんだよ」
「うん、今はちょっと集中させて、ソア」
周囲のデータはもらっているが、コンピュータ《ティンク》のサポートなしで、初体験のアステロイドでの操舵。これ以上の情報は脳が受け付けてくれない。
「慣れてもないのにサポート抜きって、なんの冗談なの?」
そんなのは聞くまでもない。返事はソアの想像通りの物だった。
「おもしろいだろ」
ラリーの悪ふざけに、ブレーキをかけるのはカートの仕事。
「いや、これは習う物ではない。慣れるが早い事だからな」
ブレーキどころかカートは、ラリーの発想が悪ふざけでも、リーノの為になると思えば、できるできないは関係なくスパルタになる。
「最低限は手伝ってやるよ」
危険な岩塊は、本当にギリギリで撃ち砕く。
「ほら、キリキリ操舵しろよ」
ラリーの操るビーム砲の手数も次第に減っていく。
「心配するほどじゃあないさ」
「そうみたいね」
機関の調整も楽になり、索敵のフォローも減るカートとソア、リーノの顔色もよくなってきていると、笑顔で見守る。
「デルゼルブス5228号との距離も、詰められなくなってきてるけど、どうするの? この分だとマフィアと警察を置いてっちゃうよ」
マーカーをつけた反応で順位を確認する。思っていた以上にベルトリカのペースが速い。
「あのジイさん、この分じゃあ、ここを出たら直ぐにでも絡んできそうだな」
こちらの目算以上に、順調に突破してしまいそうな宇宙船ロボット。
目的がはっきりしているので、アステロイドを抜けた後のドクトルの行動は、火を見るより明らかだ。
「アステロイドの半分を過ぎたよ。このままの進路でいいの?」
「ああ、このまま前進だ。ジジイが突っかかってくるって言うんなら、そこで返り討ちにしてやればいい」
「返り討ち?」
「そうだ。ちびスケ、ここを抜ければキリングパズールも近い、ここまで来れば、1チームくらいは、いなくなっても文句は出ねぇだろうよ」
落とすと決めれば、相手の目的に合わせる必要はない。
アステロイド脱出後、ベルトリカから三機のモビールは発進した。




