Episode25 「なんか俺らのチームが便利屋にされてねぇか!?」
試射のためにランベルト号が向かったのは、公式航路から大きく外れた、常に磁気嵐が荒れ狂う宙域。
どんな形でも足を踏み入れようものなら、帰ってくることのできない、宇宙船の墓場と名高い暗黒空間。
宙航図を確認するノエルが顔を上げる。
「キャプテン、間もなく進入禁止宙域です」
完成した重力波砲はまだ試射をしていない。誰もいないこの宙域を選んでやってきた。
「ちゃんと見えてるわよ。機関フル回転するよ。メインエンジン50%カット、閃光防御フィルターダウン」
キャプテンの指示を受けて、ブリッジクルーが復唱しながら手順を踏んでいく。
一つ一つ確認をしながら、発射準備が整っていくのをノエルがチェックする。
「ターゲットロック、重力レンズ展開、ハッチオープン」
ミリーシャがトリガーを握る。
「重力バレル接続良し!」
「グラビティーバレット装填、最終セーフィティー解除します」
機関長の合図と副長のゴーサインを受けて、握ったトリガーの指に力を入れる。
「メガロ・スマッシャー、ブラスト!」
空間が歪み光が乱反射する。
煌めきは一瞬で過ぎ去り、航海長からの報告が入る。
「磁気嵐の消滅を確認しました」
自然現象で巻き起こる磁気嵐だから、しばらくすればまた磁場が狂い出すのだろう。
だが今はまるで凪のように静か、ランベルト号から撃ち放たれた重力波砲が、磁気嵐を吹き飛ばしたのは間違いない。
「これは成功でいいのか?」
「キャプテンにはそれ以外の何に見えるの?」
立会人のオリビエは小さく拳を握り、データの纏めに入る。
「ねぇ、ミラージュ。キャリバー海賊団に……」
「だから何度も断ってる。どんなにお金積まれてもないから」
ミリーシャの義体のメンテナンスを、ファクトリーと同じ金額で請け負う約束をした時から、事ある毎に勧誘され続けているけど、受ける気は毛頭ない。
「20%の出力だったけど、試射は成功。今のデータを持って、ボクはまたファクトリーに戻るから」
廉価版の重力兵器の組み立ては間もなく完了するはず。
メガロ・スマッシャーを100として、廉価版が5の威力を超えられるか、それはオリビエの最終調整に掛かっている。
「そんじゃあ」
「ちょっと待ちな」
リーノが待つエアーロックへ向かおうとするオリビエを呼び止めた。
「なに?」
「全力全開を見てみたい」
「……そんなの自分達だけで確かめてよ」
「いやいや、お前がいるうちにだよ」
「……僕がじゃあなくて、でしょ?」
オリベエはリーノに連絡を入れる。
「もう終わった。かえろー」
「ちょ、ちょっと!?」
「いきなりフル回転なんてあり得ないから、しかも古代ユニットまで全力で回すだなんて」
注意を受け、渋々と引き下がるキャプテン・ミリー。
「それじゃあ、何かあったらAIのティンクか、アンリを通してね」
ノエルに2、3言残して、オリビエはブリッジを出て行った。
ランベルト号は重力波砲の第二射を試すことなく、輸送の仕事に取り組んでいた。
今回の荷物は評議会直通の荷、ゲートウェイを利用することを禁じられたレアメタル。
発掘されたのはまだまだ調査が残されているエルガンド。
銀河評議会が監視はしているが、加盟登録までは多くの課題を抱えた惑星からの出土品。
また評議会本部のあるノインクラッドまでは、一般的な輸送船で航行すれば、1年はかかってしまう。
ランベルト号でももちろん、超空間を利用する方が当然早く輸送できる。
しかし全く別理論で、超高速航行を可能としている古代遺産の復刻船は、ゲートウェイを利用せずとも、5倍ほどの時間をかければ同じ距離を踏破できる。
「悪いね。早速来てもらってさ」
「いいよ。今回はどう考えても親方が悪いんだし」
連絡を受けてランベルト号へ来たオリビエは、これからもこうして呼ばれるのだろうと考え、ベルトリカ搭載のシャトルを突貫で改造した。
資材格納室に簡易工作室を造り、ティンクをベースにして作成したAIに制御を任せられるようにした。
ベルトリカでエルガンドまで送ってもらい、そこからランベルト号まではシャトルに搭載したAIの“ベル”が連れてきてくれた。
「ベルトリカにあの三機のモビール以外に、こんなのも積んでいたんだね」
シャトルはランベルト号の船底に、上下裏返しの状態で接舷してある。
「ここに来るついでにニィーニも拾ってきたから、直ぐに機関室に行くね」
「そいつは助かる。それで本当に機関を焚いたままで作業ができるのかい?」
「大丈夫、元々そのつもりで、親方はユニットを勝手に改造したみたいだから」
重力波砲のエネルギーを推力に用いる事は可能だと思うと、確かにオリビエは親方に話した。
ただ絶対の安全に太鼓判は押せなかったので、オリビエは実行しなかったのに、こんな勝手な事をしてくれるとは。
しかもキャプテンに、こっちが知らないうちに喋っちゃっているし。
「どう、ニィーニ?」
「おっ、来たか。そうだな、流石オヤジって言いたいところだけど、お前の言う通り保証はない。ぶっつけ本番でやってみるしかないな」
頭領として、父として尊敬と信頼を傾けてはいるが、頑固者で技術者としての自信が強過ぎて、人の警告を聞き入れようとしない欠点は如何ともし難い。
「ここに来る前に図面を一通り見てきたけど、無駄がなさ過ぎて、正直不安が残ってる」
「うん、ニィーニの言いたい事分かる。親方は間違いなく超一流の名匠だけど、新しい物も簡単に受け入れるの怖い所だもんね」
ウイスクに回してもらった図面にオリビエも目を通し、深い深い溜め息を零した。
「これがキャプテンの義体……」
「って、そっち?」
「ああ、うぅうん。ちゃんとそっちも見たよ。たぶんあれって、親方が僕の図面見た時から考えてたんだろうね。もし問題点が残ってたとしても、機関に繋げて運転してみないと分からないね」
絶対の自信を持っている頑固者は絶対現場までは来てくれない。
2人の愛弟子は、ゼロではない不安を吹き飛ばすようにグータッチする。
「それじゃあ機関室の方は俺が担当するよ」
「うん、僕はブリッジでモニタリング。慎重なニィーニにエネルギー制御任せるからお願いね」
ファクトリーでの失敗を気にして……ではない。冷静な判断で、担当を振り分けて作業開始。
ランベルト号は既に超高速航行を始めている。
このままでも三日後には目的地に到着できるところを、運転中に手を加えて動けなくなれば、名前に傷が付くのはキャリバー海賊団。
それでもワンボック・ファクトリーを信頼して任せてくれている。
元々このランベルト号は、古代超文明技術の寄せ集めの塊である。
フィッツ・キャリバーの技術者が、相性を探り探り組み上げた赤い船に、ファクトリーで新造したユニットが噛み合うかは2人の腕にかかっている。
『それじゃあ重力ユニットを起動するよ』
「はぁい、お願い」
緊張の瞬間。モニターで状況を確認している乗組員。
全く動揺していないのはキャプテンと副長、前現2人の突入部隊長と機関長の計5人だけ。
「……よし!」
『どうだい、オリビエ?』
「大丈夫! 変換されたエネルギーに機関は拒絶反応はない。このままエンジンに回すよ」
『いいぞ』
緊張の瞬間だが、機関長が表情一つ変えることなく操舵士にサインを送り、ランベルト号はスピードを上げる。
「おおー!」
どこからともなく歓声が上がり、先ずは第一段階をクリアしたことを全員が喜ぶ。
「それじゃあニィーニ、徐々にレベルを上げていって」
先ずはメガロ・スマッシャーの試射で充填したのと同じ、20%まで回転数をあげる。
「ほぉ、これほどとは」
「ボフソン、どんな感じなの?」
機関長のボフソン=ベルベロスは、エンジンの出力が3%も増したことに感嘆の声を上げ、ミリーシャはその結果を聞いて満足げに笑う。
「それじゃあ、ノインクラッドまで様子を見ながら、時間短縮できる限りフォローするよ」
「ああ、頼んだよミラージュ」
赤のガレオン船は更に加速する。




