Episode17 「恥ずかしい話、してんじゃあねぇ!」
リーノ達まで着飾されたのは、フィッツキャリバーの総帥と食事を共にするためだった。
それだけの為なら、ここに来るまで来ていたスーツで十分だろうに。
「よく来たな。俺が元海賊のギャレット=キャリバーだ」
うっすらとした白髪に、口周りのゴワゴワした髭も白く、正に好々爺と言った感じの高齢者は、満面の笑顔で3人を食堂に招き入れた。
「お祖父様もお元気そうで何よりです」
ここでリーノとクララはどちらからともなく顔を見合わせた。
やはりキャプテン・ミリーの様子が少し前からおかしい。
「お前の活躍は、何一つ漏らさずに報告させ、いつも楽しませてもらっているが、たまにはちゃんと顔を見せろと、いつも言っているだろう」
「お祖父様、お顔なら毎日通信で拝見しております」
「いやいや、お前がお前らしい格好をするのは、この家にいる時だけだからな」
「えーっと、どういう事ですか、キャプテンさん」
この場面で二人の間に入り込める神経が信じられず、クララは仰天顔でリーノをガン見する。
「お前がボサリーノか、全くフェゼラリーめ、まさかこの俺を避けたんではあるまいな」
「お祖父様、ちゃんとご説明申し上げたではありませんか」
チームを三つに分けると決まった時点で、ラリーとカート、ミリーシャがリーダーになるのは必然だった。
ミリーシャが帰郷するなら、ラリーはここには来られない。
「それにお祖父様だって、ベルトリカの新人さんに会ってみたいと、仰っておいでだったではありませんか」
「はぁ、いつ俺がそんな事を言った?」
「金色の船、イグニスグランベルテが現れた事件の直後ですわ」
ノエルがまとめた報告書を読んで、ギャレット老はリーノ達新人3人と、旧知の仲であるアポース巡査長の、何十年かぶりの直属の部下であるクララに興味を持った。
「そうだそうだ、なぜ妖精のお嬢ちゃんとブロンク=バーガーの末娘も連れてこんかった?」
「みんなお祖父様の道楽につき合って差し上げているのです。あの子達にも役目があるのだから、当然でしょう!?」
逐一もっともな孫娘からの説教を受けて、先代は不機嫌そうな顔になる。
「ああ、もう分かった分かった。せっかくの会食だ。もっと明るい話題にしよう。なぁ、ボサリーノ」
「なんでしょう?」
「お前、ミリーシャを嫁にしろ」
言葉とは裏腹に何も分かっていない祖父に、陰で溜め息をこぼすミリーシャは、嫁にしろ発言で口をすすいでいた水を、思いっきり吹き出してしまう。
「何をするミリーシャ、行儀の悪い」
「悪いのはお祖父様の方ですわ。何をいきなり寝ぼけた事を言い出すのですか!?」
「全くです。嫁と言ったら嫁ですよね」
ミリーシャに続いて、リーノが話を割って入った様子に緊張が解けず、言葉を発せなかったクララまで立ち上がって、よく分からない事を言う。
「落ち着けミリーシャ、それもこれもフェゼラリーが悪いのだ」
「ラリーが? どういう事ですの?」
ミリーシャは口許をナプキンで拭い、赤ワインを含んで気持ちを落ち着かせる。
「あやつがさっさとお前と結婚して、孫の顔を拝ませてくれんから」
ミリーシャは2度目の噴射をし、メイド達がお召し替えをと、部屋の外へ連れ出していく。
「ミリーは今日、いったいどうしたのだ。体調でも悪いのか?」
二人は「ハハハ……」と笑い誤魔化すしかなかった。
しばらくして、ミリーシャは白いドレスに着替えて戻ってきた。
先ほどの続きをと、口を開くギャレット老を睨み付け、その後は黙々と食を進めて、食後はさっさとリーノとクララを連れて出て行ってしまう。
「……俺、何かあの子が気を悪くする事を言ったのか?」
「それはそのう……」
悩む総帥に執事長は、適切な返答を思いつく事ができなかった。
場所をリーノに宛がわれた客室に移し、ミリーシャは髪型をいつもの赤髪に戻した。
「トンでもない物を見せたな」
「いえ、そんな。……あの」
「なんだ、ボサリーノ」
「本当にキャプテンさん、なんですよね」
口調は確かによく知ったキャプテン・ミリーに戻ったが、目の前にいる縦ロールの赤髪少女は、ともすればリーノよりも若く見えて、なにより身長が違いすぎる。
「そうだな、色々と説明が必要だろうな。話は長くなるが、先ずは言っておく。私は両手両足を昔に無くしている。今は義手と義足の生活だ」
女海賊キャプテン・ミリーは現在27歳独身。
フェゼラリー=エブンソンは一つ下、出会ったのは11年前、ミリーシャが丁度いまのリーノと同じ歳の事だった。
ラリーは15歳で既にコスモ・テイカーの仕事をしていた。
フィッツキャリバーコーポレーションの総帥にして、海賊船ランベルト号の船長をしていたギャレット=キャリバー。
彼に護衛として雇われた、ベルトリカチームリーダーのフランソア=グランテは、ラリーを現場に連れてきていた。
「ラリーさん、もうそんな頃から仕事してたんですか?」
「いいや、ヤツがテイカーになったのは12歳の頃らしいぞ」
「へぇ、そうなんですね。そんな話は全く聞いた事がありませんでしたよ」
コスモ・テイカーとして評議会の免状を受けるには、二通りの方法がある。
一つはリーノのように、訓練校で学んで、資格を取ってからチーム入りする方法。
もう一つは第一線で功績を挙げたテイカーの弟子として、仕事を覚え、指導者から認められたら資格申請を出してもらい、試験に合格して交付を受ける方法。
ラリーをテイカーとして認めるかどうかの、見極め人をしてくれるのならと、フランはギャレットの依頼を引き受けたのだ。
「海賊がテイカーに護衛って、おかしくないですか?」
リーノの言う通り、同じようなアウトローでも、海賊とコスモ・テイカーは水と油。
だが、だからこそ欺ける相手もいる。
ギャレットは護衛対象であるミリーシャをフランに預けた。
「私は正直、まだ海賊になるとは本気で思っていなかったし、コスモ・テイカーとも関わりのない、本社の仕事も視野に入れていたからな」
ここまで黙って話を聞いていたクララが口を挟む。
「最初はラリーさんとも、仲良くは無かったんですね」
「なんで分かるんだよ、そんなこと」
「ええー、リーノったら、そんな事も分からないのぉ」
クララに思いっきりバカにされている事だけは分かるリーノは、話題を少しだけ変える。
「それにしてもキャプテンさん、なんかお祖父さんの前では、雰囲気が大分違ってましたよね」
「ぐっ、そこに触れるか。この子は……」
ミリーシャは少し迷うが、既に見られているものを隠す意味はないと気付いて、溜め息混じりに髪の色を金に戻した。
「こちらのワタクシが本当なんですよ。幼き頃からこう躾けられましたので、海賊になると決めた時は本当に苦労しました」
女海賊なんて肩書きを持つのにふさわしい姿を、一から作り上げるのには、本当に血の滲むような苦労を乗り越えてきた。
義手義足となったので、元々は低かった身長を誤魔化すのは簡単だった。
しかしギャレット老の、この家にいる時は、今までのミリーシャでいる事を望む。という我が儘の所為で、二通りの目線を使いこなす訓練をさせられ、何度も何度も転ぶ羽目になったこと。
様々な化粧道具を揃え、ふんわりとした、おっとりタイプの容姿を海賊らしく、迫力ある顔立ちに変貌させる研究も大変だった。
なにより苦労したのが言葉遣い。
「やはりお祖父様は昔のこのワタクシを、とても大切にしてくださり、お話をする際は素のままでいるようにと」
ミリーシャが海賊になる事を望んだ張本人は、可愛い可愛い孫娘に無理難題ばかりを押し付けた。
「そんな使い分けなんて器用な事、そう簡単に身に付くものでは、ありませんでした」
そこで試みたのが催眠術。
暗示で思いこむ事で、切り替えができないかを実験した。
「そのサインがこの髪の色なのです。……今ではこうして、簡単にスイッチできるようになった。我ながら単純な思考回路に、今でも笑えてしまう」
こうしてフィッツキャリバー令嬢のミリーシャ=キャリバーは、赤髪の女海賊キャプテン・ミリーに変身できるようになったのだ。
「へぇ、なんだか想像も付かないような苦労が、いっぱいあったんですね」
「そうだよ。作り物の海賊、それが私の正体さ」
「そんな事ないです。キャプテンさんはプロ中のプロですよ」
「そ、そうか?」
なんか的はずれではあるが素直に嬉しい。
団員のほとんどが知らないキャプテン・ミリーの秘密を、この2人に明かすのには、正直抵抗はあった。
しかしベルトリカの古参とソア嬢は知っている事だし、アポースが何かと関わらせてくる新米警官にも、真実を知っておいてもらうのも悪くはない。
そう力説していた総帥の思い通りになったのは、なんとなく面白くないが、素直に感激してくれる若者2人を見て、ミリーシャは自然と顔を綻ばせた。
「それで恋バナのほうですけど」
「それはもういい!」
クララの興味は一言で打ち切られたのだった。




