Episode15 「ざまあねえな!」
ランベルト号のキャプテンルームで待っていたのは、ラリーとミリーシャ、そしてソアだった。
「もう、いくら私がロボットだからって、見捨てる事ないんじゃあないの?」
まさかの新しいロボットを用意していたソアは、また本人はベルトリカの工作室から出て来ることなく、無事に合流を果たした。
「本当に良かった。本当に……」
「ちょ、ちょっとみんなの前なんだから」
リーノが人の目を憚ることなく、ソアを抱きしめて安堵の溜め息を漏らす。
「それでヘレーナ=エデルート一味はどうしたんだ?」
「そうね、一応最後の映像は残っているから、見てもらった方が早いと思う」
カートの問いに、ソアはやけに楽しそうな笑みを浮かべる。
壁のモニターに映し出されたのは、頭と脊髄だけにされて、持ち去られたソアロボットの目線映像。
「あの人達、私の自爆装置が胸にあるって知ってたのね。その場で爆発しないように起爆信管のある脊髄ごと頭を切り離して持っていったってわけ。たぶんヘレンが一緒の頃に、データが盗まれたってとこかな」
ロボットのデータは保険のつもりで盗んだのだろうけど、お陰で今回まんまと頭部を持っていかれた。
中には迷宮のデータがある。狙いはそれで間違いないだろう。
ノエルが渡そうとしたデータカードはフェイク、本物はソアロボットのメモリーに移しておいた。
「私の体がバラバラにされる前に、下腹部のサブメモリーに移したから、あいつらは完全な無駄足になったけど、それだけじゃあ許せないもんね」
「本当に申し訳ございませんでした。パメラがあのフェラーファ人に操られて、私もそれに合わせて、能力に支配された振りをするしかありませんでした」
パメラの鞭で宙に放り出されたソアロボットを、一振りで上半身と下半身に分けるだけで自由は奪えたのに、右腕を切り落とし、次に左腕と無駄な手数を態とらしく増やしてくれた。
ヘレンはカートを操るまではできなくても、プレッシャーを与えるくらいはできていた。
その能力をコピーした魅了のイズライトは、パメラをソニアの支配下に置いた。
同じく操ろうとしたノエルには能力が効かなかったのだが、掛かったフリをしてチャンスを生み出したのだ。
「ノエルさんの機転のお陰で、データ転送の時間は稼いでもらえたので、助かりました」
「いえ、お礼なんて……」
「それじゃあ、ヘレンさん達には、重要な物は何も奪われなかったんですね」
リーノとパメラがホッと安堵の溜め息をこぼし、リリアはあまり理解していない。
「まだよ、リーノ。そんなもんで許せる訳ないじゃない。それと敵にさん付けはやめなさい」
この一件には続きがある。
映像はソアロボットからデータを抜き出そうとする、ヘレンの顔を映し出している。
『なに、なんで何もデータが存在しないの?』
ようやくソアにいっぱい食らわされた事に気付いたヘレンは、思いっきり奥歯を噛み、ロボットの頭部を地面に投げつけた。
『えっ、ええ、なになに、なんなの?』
慌てふためくヘレンの叫び声と、変な爆音とを拾ったマイクはそこで音声を途切れさせた。寸前に真っ暗になった映像が砂嵐になる。
「何があったんだ?」
一同はリーノの声と同時にソアに注目した。
「万が一のために、ハードディスクとメモリーを破壊する火薬に引火しただけよ。まぁ、殺傷力はないけど、かなりの衝撃は受けたんじゃあない?」
モニターには映っていないが、何か予感が働いたのか、ソニアはバシェットの陰に隠れて無傷だったが、その他は真っ黒焦げに焼けて、ヘレンは他人に見せられないような鬼の形相を浮かべていた。
「さぁ、もういいだろう。本題に移るぞぉ」
ラリーはミリーシャの肩をポンポンと叩き、促されたキャプテンはモニターに新しいデータを映し出した。
「我々の狙いはこれだ」
それは設計図だった。
「これは?」
リーノは何も分かりもしないのに、マジマジと設計図を見つめる。
「ランベルト号用の特殊装備さ。グラビティーカノン、重力波砲だ」
新しい玩具にワクワクしているのはミリーシャも同じ。
「ところでラリー、お前達の方はどうだったんだ」
「もちろん問題なしさ、カート。実際に重要なのはこっちだったから、お前達がいい囮になってくれた。サンキューな」
「囮ってどういう事ですか、ラリーさん?」
「あっ!?」
うっかり隠し事を漏らしてしまい、食って掛かるリーノに拳骨を与え、ラリーは話を戻そうとするが。
「てて……。もう、今度地上に降りたらラリーさんの奢りですからね」
「こっちはこっちで大変だったんだ。上手くいったんだからいいだろ」
尚も食い下がるリーノを足蹴にし、ミリーシャに合図を送る。
次にモニターに映し出されたのは、なにやら奇妙な金属パーツ。
「こいつは古代文明の遺産だ。重力を制御する装置で、今までのランベルト号の部品同様に、納まるところも決まっている」
この図面を一目見たオリビエによると、他にもまだ必要なパーツがあるのだけれど、取り敢えずはこうして、設計図を先に手に入れられた事が、なにより喜ばしかった。
「もしかして中央評議会に流すデータってのは」
「その通りよパメラ、この設計図をこの時代の最先端技術を使って製造すれば、重力波砲ほどではなくても、強力な武器を作る事ができるわ」
持ちつ持たれつ、こうやってキャリバー海賊団は古代の遺産を使用する許可を得ている。
「廉価版の方は今、一から図面を引いてる」
「オリビエが、か?」
そんなことが出来るのはオリビエだけだろうと、カートは言い当てる。
先ずはオーパーツ抜きで砲門を作ってみる事になり、その陣頭指揮をオリビエが取る事となった。
「オリビエは貸してやったが、ただじゃあねぇぞ。たんまり報酬は頂くからな」
「もちろんだ。完成品を評議会に売れば、酒代の一回や二回、安いもんじゃあないか」
「ちょっと待てミリー、お前、その程度で済むわけねぇだろ」
今後のお宝探しも手伝うようにと、アンリッサから業務連絡を受け、そこからのミリーシャは見るからに上機嫌で、それがラリーはバカにされている気分で面白くない。
「はぁ~、ったく。それでオリビエ、残りのパーツってのはいくつあるんだ」
『……三つだよ』
ウイスクに映し出されたオリビエはなんだか不機嫌そうだが、今は依頼の達成が先決。
「何かあったなら、ちゃんと話聞くからよ。そっちもよろしくなオリビエ」
『う、うん。分かってるよ』
本当に何があったのかは分からないが、機嫌を直したオリビエは通信を切った。
「そんじゃあ、今度も三つに別れて探索だな」
薬湯のシャワーで痛めた肌や髪を綺麗にしたヘレンは、止まらない歯軋りからようやく解放された。
さっぱりした頭で、今一度考えを整理する。
「ふぅ、カートさえどうにかすれば、ベルトリカなんて気にするほどじゃあなくなると思ってたけど、ソア=ブロンク=バーガー。あの子は私以上の電算力の持ち主だったわ」
フウマでずっと電脳部のトップにいたヘレンには、屈辱でしかないソアの存在。
落ち着いたはずなのに、また悶々とした気分が拡がる。
「いけない、いけない。これで終わりじゃあない」
シャワーを終えるヘレンに不敵な笑みが戻ってくる。
「なんて事はないわ。きっとお宝はランベルト号絡みなんだし、だったら評議会から流される先はいつも通りでしょう。評議会に私を超えるプログラマーがいるはずがないもの」
横取りのチャンスはまだある。
「ヘレーナ」
「なに、ソニア?」
バスタオルを巻いて、髪を乾かすヘレンの背後に立って報告をする。
「ふぅ~ん、あの迷宮にあったのは設計図だったんだ」
「うん、あのノエルって人の心は奪えなかったけど、一瞬だけ見えた頭の中でそう言ってた」
「私がカートを止めるんじゃあなくて、あの秘書に当たってたら、もっとちゃんと見えたのかしらね」
ヘレンの魅了のイズライトは、相手の感情とリンクする事がある。
表層の、言葉に出しそうなくらいの考えしか読めないが、これはいい情報を得られた。
「もう1人からは何か聞けた?」
「うぅうん、ヘレーナをバカにして大笑いしてただけだった」
「あのアマゾネス、次はもっと楽しい幻覚を見せて上げるからね」
この数時間後、またキャリバー海賊団withベルトリカが行動を開始する。
もちろんヘレンは、標的を絞って後を追うつもりであった。




