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ISRIGHT -銀河英雄(志望の)伝説-  作者: Penjamin名島
motion02 赤の章
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Episode14 「やるじゃあねぇか!」



「カートさん!?」


 夢か幻か?


 居るはずのない居て欲しい人を前に、リーノは流石に涙を浮かべたりはしないが、心の中で号泣してしまう。


「間にあったぁ~」


 彼を呼んだのはソアだ。


 最初から保険をかけていた、何もなければそれでよし!


 合図があるまで地上で待機していたから、時間は掛かったがとにかく間に合った。


「なぁに、カート。あなた一人だけなの?」


 小馬鹿にしたように挑発的なヘレンには目もくれず、カートは静かに歩みを進め、リーノ達に近付く。


「やっぱりあなた、バカね」


 ベックがヘレンの命令に従って立ちはだかる。


「今度のベック=エデルートは、刀鬼とうき部の人間だったか」


 フウマ一族は個々の特技に合わせて、配属する特殊部隊が変わる。


 刀鬼部は刀の扱いに特化した者を集めた攻撃部隊。


 諜報がメインのフウマでは、あまり表舞台に出る事はないが、傭兵を必要とされれば、一番の稼ぎ頭になる部隊。


パスパードのクーデター事件の際も、数十人がソアの爆弾によって命を落としたが、そうやって戦場に駆り出される実行部隊でもある。


「しばらく俺の相手をしてもらおう」


「邪魔だ」


 カートは愛用の刀、烏丸からすまるを抜く。


 刀剣技を極めた男は真っ向から突っ込んでくる。しかし英雄と呼ばれる男は、抜刀をしていても相手をするつもりはない。


 刀鬼部が刀の扱いに長けているように、諜報部に所属し、実績を積み上げているカートにも卓越した技がある。


「なにっ!?」


 カートは氣の使い手として、一族でもトップクラスにいる。


 陽炎を生み出して目眩ましをすると、ベックを置いて仲間達の下へ。


「ちっ、兄さんって、本当に使えないわね!」


 ヘレンは氣を込めた手裏剣を投げるが、カートの足を止める事はできない。


「無事か、リーノ」


「は、はい。俺は平気です。でもクララとパメラさんが」


 クララは意識を失ったまま、パメラも目は開いているが立ち上がることはできなさそうだ。


「これを使え。リリアとソアの分もある」


 補給物資を渡したカートは振り返り、眉間に皺を寄せて歯軋りするヘレンにようやく目を向けた。


「用は済んだ。俺は帰る」


「なに寝ぼけた事を言ってんの?」


 本気で引き返そうとするカートの前に立ち塞がる。


「ヘレーナ=エデルート、なんのつもりだ?」


「私はね、ベルトリカチームで一番厄介なのは、あなただと思ってるわけね、カート。フィゼラリー=エブンソンがいないのなら、ここであなたを排除できたなら、そう思うわけよ」


 リーノ達の疲労はピークと言っていいだろう。


 弾薬の補給はされても、そんなに戦力が復活したとは到底言えない。

 なのに補充だけで逆転できると言われれば、流石に癪に障るというもの。


「……なるほどな、確かにここまで来て、このまま帰るというのもつまらないか」


 リーノ、ソア、リリアの補給はできたが、ノエルはダメージの大きいクララとパメラを介抱していて動けない。


「そうだな、リーノ」


「は、はい!」


「お前はリリアとソアと連携して、バシェット=バンドールとデルセン=マッティオを動けなくしろ」


「カートさんは?」


「残りの三人と遊んでやる」


 なんなら1人で5人を相手にしても構わないが、2人のクリミナルファイターを相手にするのは、リーノにとって、実戦経験を積ませるのに丁度いい。


「ベックと私相手に、1人でやる気?」


「問題ない。時間も勿体ないから早く来い」


 剣に長けたベックと、氣功術が得意なヘレンに挟まれる。

 カートは腕を組んだまま目を閉じる。


「偉そうに言っておいて、やっぱりもう諦めちゃったの?」


「ヘレーナ=エデルート、お前は体術は苦手だったな」


 目を閉じたまま、ヘレンが正面に来るように回転する。


「お前は得意の氣功術で、相手に幻覚を見せていたんだな。海賊相手には通用しても、俺に安い挑発は通じはしない。目を瞑れば幻覚も消えるのだからな」


 ベック=エデルートにしても、ヘレンの実兄であればカートはもっと警戒していた。


 だが少しばかり刀捌きに覚えがあろうが、こいつは大した敵ではない。


 カートは上段からの振り下ろしを、烏丸の横薙ぎの一閃で弾き返した。


「見、見えねぇ……」


 カート達は斬り合いを続ける。


 横になっていたパメラは、上半身を起こして成り行きを見守るが、両者の剣戟を目で追うこともできない事に冷や汗が止まらない。


 両者の剣技は拮抗しているように見えるが、しかしカートの方が一撃一撃が重く、スピードは同じでも、疲労度はベックの方が格段に大きい。


 ヘレンが氣を込めた炎を纏う手裏剣で援護するも、カートには死角からの攻撃だったのに難なく避けられてしまう。


「すごいもんだな」


「ええ、カーティス=リンカナムさんはコスモ・テイカーになってから無敗を誇っていますから。公式記録では彼に勝ったのはMr.フェゼラリー=エブンソンただ1人」


「流石は銀河の英雄様だ」


 胡座をかき、右膝に肘を付いて、右手の甲に頬を当てるパメラは、感心のあまり深い溜め息が自然と零れ出たことに失笑する。


「彼等の師である、フランソア=グランテ氏の当時の実力を超えている。とも言われてます」


「うちのオヤジも、ショーでは頑張った方ってことか」


 ヘレンは幻覚を使っていたと言うが、援護に徹した今の動きを見ていても、パメラが敵う相手には思えない。


「リーノも大したもんだ。ベルトリカってのは、少数精鋭という言葉が当てはまりすぎて、どうにも笑えねぇよな」


「そうですね。ブロンク=バーガーさんもフェアリアさんも、並のテイカーよりも強くて肝が据わっています。あの事務担当だというアンリッサ=ベントレーさんも中々の手練れでしたものね」


 整備担当のオリビエ=ミラージュは非戦闘員だと言うが、あの青と白の船も、人型合体モビールの運用も彼女在ってのもの。


「ウチも業界ではトップクラスを張ってるけど、あの人数のチームに売り上げで迫られているのも、なんとなく肯ける話ってなもんだね」


 リーノは実弾を使って、バシェット=バンドールとデルセン=マッティオを、時間も掛けずに制圧している。


 援護に付いた2人の少女に出番はなかった。


「ふぅ、丈夫な奴らだな。致命傷になるところは避けたとは言え」


 補給した半分の弾丸を消費したことに、リーノは素直に賛辞を送る。


 コスモ・テイカーには、指名手配や逮捕要請の出ていないクリミナルファイターを、独自の判断で確保する権限はない。


 バシェットもデルセンも手配書が出回るほど、名前が売れていないのだ。


 同じく名前の売れていないヘレンやベックも、捕まえる事はできない。


 いや、クララなら現行犯で逮捕できるのだが、思いの外ダメージの大きい彼女は、まだバシェットに殴られて気を失ったまま。


「最後はお前だけだな、ヘレーナ=エデルート」


 ソニアは両手を上げて、降伏宣言を出している。

 バシェットとデルセンの様子を見て、抵抗するのは危険と判断した。もちろんカートの相手になるとは最初から思っていない。


 ベック=エデルートが刀を落として、前のめりに倒れた時点で勝負あり。


 カートに正面から睨まれては、勝てる要素は何も残っていない。


「本当にあなたって、目の上のたんこぶなんて言葉じゃあ、全然足りないわね」


「お前に悪党が馴染んでいないだけだ。足を洗う事を薦めるぞ」


「いやよ。フウマを抜け出した以上、真っ当な生活はできない。あんな世界に戻されるくらいなら……、なんだってやってやるんだから」


 ヘレンは大袈裟な身振り手振りで、カートに近付く。


「お前のイズライトは俺には通用しない。無駄な足掻きはやめるんだな」


 精神を鍛え上げられたカートや、融通が全く効かないくらいに真っ直ぐなリーノに、ヘレンの魅了は効果を発揮しない。


 だけどここにいるのは他にも。


「え、ええっ、ちょっと!?」


 ソアがいきなりの事に、大声で焦る。


 パメラの鞭に体の自由を奪われ、宙に飛ばされる。


「や、ややっ、やめて!?」


 ノエルが剣を振るってロボットを切り刻む。


 両腕と腹部から下を失い、身動きが取れないソアを、いつの間にか回復していたデルセンがキャッチ、ヘレンの側まで走る。


「ちょっと、ちょっと、ちょっとぉ!?」


 放り投げられたソアは、回復したベックに胸部と腹部を切り捨てられ、脊髄の残された頭部をヘレンがキャッチした。


 一瞬の出来事にリーノは銃を構え直すが、パメラの鞭に手首を取られてしまう。


 カートにもノエルが斬りかかっていき、初動を遅らされてしまう。


 事態の急変について行けないリリアは立ち尽くすばかり。


 バシェットが張った煙幕が視界を奪う。


「ソア……」


 消えた煙幕の先に、無惨に散らばるロボットの残骸、そこにソアの頭部だけがない。


 敵もいなくなっており、狼狽えるリリアと、倒れているクララ、パメラ、ノエルの3人、不機嫌そうなカートの表情が、リーノに最後の最後でしてやられた事を実感させた。

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