Episode14 「やるじゃあねぇか!」
「カートさん!?」
夢か幻か?
居るはずのない居て欲しい人を前に、リーノは流石に涙を浮かべたりはしないが、心の中で号泣してしまう。
「間にあったぁ~」
彼を呼んだのはソアだ。
最初から保険をかけていた、何もなければそれでよし!
合図があるまで地上で待機していたから、時間は掛かったがとにかく間に合った。
「なぁに、カート。あなた一人だけなの?」
小馬鹿にしたように挑発的なヘレンには目もくれず、カートは静かに歩みを進め、リーノ達に近付く。
「やっぱりあなた、バカね」
ベックがヘレンの命令に従って立ちはだかる。
「今度のベック=エデルートは、刀鬼部の人間だったか」
フウマ一族は個々の特技に合わせて、配属する特殊部隊が変わる。
刀鬼部は刀の扱いに特化した者を集めた攻撃部隊。
諜報がメインのフウマでは、あまり表舞台に出る事はないが、傭兵を必要とされれば、一番の稼ぎ頭になる部隊。
パスパードのクーデター事件の際も、数十人がソアの爆弾によって命を落としたが、そうやって戦場に駆り出される実行部隊でもある。
「しばらく俺の相手をしてもらおう」
「邪魔だ」
カートは愛用の刀、烏丸を抜く。
刀剣技を極めた男は真っ向から突っ込んでくる。しかし英雄と呼ばれる男は、抜刀をしていても相手をするつもりはない。
刀鬼部が刀の扱いに長けているように、諜報部に所属し、実績を積み上げているカートにも卓越した技がある。
「なにっ!?」
カートは氣の使い手として、一族でもトップクラスにいる。
陽炎を生み出して目眩ましをすると、ベックを置いて仲間達の下へ。
「ちっ、兄さんって、本当に使えないわね!」
ヘレンは氣を込めた手裏剣を投げるが、カートの足を止める事はできない。
「無事か、リーノ」
「は、はい。俺は平気です。でもクララとパメラさんが」
クララは意識を失ったまま、パメラも目は開いているが立ち上がることはできなさそうだ。
「これを使え。リリアとソアの分もある」
補給物資を渡したカートは振り返り、眉間に皺を寄せて歯軋りするヘレンにようやく目を向けた。
「用は済んだ。俺は帰る」
「なに寝ぼけた事を言ってんの?」
本気で引き返そうとするカートの前に立ち塞がる。
「ヘレーナ=エデルート、なんのつもりだ?」
「私はね、ベルトリカチームで一番厄介なのは、あなただと思ってるわけね、カート。フィゼラリー=エブンソンがいないのなら、ここであなたを排除できたなら、そう思うわけよ」
リーノ達の疲労はピークと言っていいだろう。
弾薬の補給はされても、そんなに戦力が復活したとは到底言えない。
なのに補充だけで逆転できると言われれば、流石に癪に障るというもの。
「……なるほどな、確かにここまで来て、このまま帰るというのもつまらないか」
リーノ、ソア、リリアの補給はできたが、ノエルはダメージの大きいクララとパメラを介抱していて動けない。
「そうだな、リーノ」
「は、はい!」
「お前はリリアとソアと連携して、バシェット=バンドールとデルセン=マッティオを動けなくしろ」
「カートさんは?」
「残りの三人と遊んでやる」
なんなら1人で5人を相手にしても構わないが、2人のクリミナルファイターを相手にするのは、リーノにとって、実戦経験を積ませるのに丁度いい。
「ベックと私相手に、1人でやる気?」
「問題ない。時間も勿体ないから早く来い」
剣に長けたベックと、氣功術が得意なヘレンに挟まれる。
カートは腕を組んだまま目を閉じる。
「偉そうに言っておいて、やっぱりもう諦めちゃったの?」
「ヘレーナ=エデルート、お前は体術は苦手だったな」
目を閉じたまま、ヘレンが正面に来るように回転する。
「お前は得意の氣功術で、相手に幻覚を見せていたんだな。海賊相手には通用しても、俺に安い挑発は通じはしない。目を瞑れば幻覚も消えるのだからな」
ベック=エデルートにしても、ヘレンの実兄であればカートはもっと警戒していた。
だが少しばかり刀捌きに覚えがあろうが、こいつは大した敵ではない。
カートは上段からの振り下ろしを、烏丸の横薙ぎの一閃で弾き返した。
「見、見えねぇ……」
カート達は斬り合いを続ける。
横になっていたパメラは、上半身を起こして成り行きを見守るが、両者の剣戟を目で追うこともできない事に冷や汗が止まらない。
両者の剣技は拮抗しているように見えるが、しかしカートの方が一撃一撃が重く、スピードは同じでも、疲労度はベックの方が格段に大きい。
ヘレンが氣を込めた炎を纏う手裏剣で援護するも、カートには死角からの攻撃だったのに難なく避けられてしまう。
「すごいもんだな」
「ええ、カーティス=リンカナムさんはコスモ・テイカーになってから無敗を誇っていますから。公式記録では彼に勝ったのはMr.フェゼラリー=エブンソンただ1人」
「流石は銀河の英雄様だ」
胡座をかき、右膝に肘を付いて、右手の甲に頬を当てるパメラは、感心のあまり深い溜め息が自然と零れ出たことに失笑する。
「彼等の師である、フランソア=グランテ氏の当時の実力を超えている。とも言われてます」
「うちのオヤジも、ショーでは頑張った方ってことか」
ヘレンは幻覚を使っていたと言うが、援護に徹した今の動きを見ていても、パメラが敵う相手には思えない。
「リーノも大したもんだ。ベルトリカってのは、少数精鋭という言葉が当てはまりすぎて、どうにも笑えねぇよな」
「そうですね。ブロンク=バーガーさんもフェアリアさんも、並のテイカーよりも強くて肝が据わっています。あの事務担当だというアンリッサ=ベントレーさんも中々の手練れでしたものね」
整備担当のオリビエ=ミラージュは非戦闘員だと言うが、あの青と白の船も、人型合体モビールの運用も彼女在ってのもの。
「ウチも業界ではトップクラスを張ってるけど、あの人数のチームに売り上げで迫られているのも、なんとなく肯ける話ってなもんだね」
リーノは実弾を使って、バシェット=バンドールとデルセン=マッティオを、時間も掛けずに制圧している。
援護に付いた2人の少女に出番はなかった。
「ふぅ、丈夫な奴らだな。致命傷になるところは避けたとは言え」
補給した半分の弾丸を消費したことに、リーノは素直に賛辞を送る。
コスモ・テイカーには、指名手配や逮捕要請の出ていないクリミナルファイターを、独自の判断で確保する権限はない。
バシェットもデルセンも手配書が出回るほど、名前が売れていないのだ。
同じく名前の売れていないヘレンやベックも、捕まえる事はできない。
いや、クララなら現行犯で逮捕できるのだが、思いの外ダメージの大きい彼女は、まだバシェットに殴られて気を失ったまま。
「最後はお前だけだな、ヘレーナ=エデルート」
ソニアは両手を上げて、降伏宣言を出している。
バシェットとデルセンの様子を見て、抵抗するのは危険と判断した。もちろんカートの相手になるとは最初から思っていない。
ベック=エデルートが刀を落として、前のめりに倒れた時点で勝負あり。
カートに正面から睨まれては、勝てる要素は何も残っていない。
「本当にあなたって、目の上のたんこぶなんて言葉じゃあ、全然足りないわね」
「お前に悪党が馴染んでいないだけだ。足を洗う事を薦めるぞ」
「いやよ。フウマを抜け出した以上、真っ当な生活はできない。あんな世界に戻されるくらいなら……、なんだってやってやるんだから」
ヘレンは大袈裟な身振り手振りで、カートに近付く。
「お前のイズライトは俺には通用しない。無駄な足掻きはやめるんだな」
精神を鍛え上げられたカートや、融通が全く効かないくらいに真っ直ぐなリーノに、ヘレンの魅了は効果を発揮しない。
だけどここにいるのは他にも。
「え、ええっ、ちょっと!?」
ソアがいきなりの事に、大声で焦る。
パメラの鞭に体の自由を奪われ、宙に飛ばされる。
「や、ややっ、やめて!?」
ノエルが剣を振るってロボットを切り刻む。
両腕と腹部から下を失い、身動きが取れないソアを、いつの間にか回復していたデルセンがキャッチ、ヘレンの側まで走る。
「ちょっと、ちょっと、ちょっとぉ!?」
放り投げられたソアは、回復したベックに胸部と腹部を切り捨てられ、脊髄の残された頭部をヘレンがキャッチした。
一瞬の出来事にリーノは銃を構え直すが、パメラの鞭に手首を取られてしまう。
カートにもノエルが斬りかかっていき、初動を遅らされてしまう。
事態の急変について行けないリリアは立ち尽くすばかり。
バシェットが張った煙幕が視界を奪う。
「ソア……」
消えた煙幕の先に、無惨に散らばるロボットの残骸、そこにソアの頭部だけがない。
敵もいなくなっており、狼狽えるリリアと、倒れているクララ、パメラ、ノエルの3人、不機嫌そうなカートの表情が、リーノに最後の最後でしてやられた事を実感させた。




