Episode27 「脱出はしたもののよ!」
廃棄された工作室はカートの命令に応じ、火を落とし停止する。
映し出された外部モニターの様子にカートとリーノが驚きを見せる。
「あの船はまた次元断層を張ったんだよ」
廃棄ブロックは断層に衝突する寸前だった。
「知っていたなら、なぜ教えない!?」
「あん? ああ、ここの外部モニターじゃあ見えないか」
ラリーが自分のウィスクを操作し、画面が変わる。
「アークスバッカーからの映像だ」
「ってことは、その前にいるモビールは味方ですか?」
見覚えのないモビールの後部から伸びるワイヤー、アークスバッカーも同じ事をしていて、このブロックを引っ張っているのだとか。
「俺のはティンクに操作してもらってるが、あっちのは警察の嬢ちゃんが乗っているのさ」
「クララが?」
警察の標準装備とは明らかに違う機体に目を向ける。
最初にベルトリカに来た時は一般型に乗っていたが、あれが彼女の専用機と言う事か?
「あの若さで専用モビールの支給を受けたのか?」
カートもこの仕事をしているのだから、いろんな警察官との交流はもちろんある。
専用機持ちの警官を何人か知ってはいるが、成り立ての巡査が手に入れたと言う話は聞いた事がない。
「あれは元々アポースのおやっさんの物なんだが、なんで嬢ちゃんがそんなに気に入られたのかは興味あるがな。性能は折り紙付きさ」
二機に引っ張られ、断層に潰される危機を回避したが、問題は他にもある。
「俺とリーノのモビールはあの金色の船の格納庫だ」
外壁に固定してくる事も考えたが、戦闘が激化すれば振り払われる恐れもあるかと、空の格納庫に入れたことが仇となる。
「その心配はいらない。ここに来る前に俺が外に出しておいた。ついでに隠してあるのを見つけた機体も一緒にな」
「ヘレーナ=エデルートのモビールか」
「アークスバッカー同様にティンクが誘導してくれている。そこの隔壁の外に取り付かせておいた」
そうと分かれば長居は無用。
ヘルメットを展開し、工作室のエアーを抜いて隔壁を開ける。
『どういう事だ、やけに静かじゃあないか?』
「そいつな、あの船は動きを止めて、断層の中に巣ごもり状態なんだよ」
ラリーは中で何かが起こっているのでは、と考え潜入したのだが、今もなお古代船は停滞状態を続けている。
音の伝わらない宇宙空間でも戦闘の波のような物は伝わってくるのだが、断層の外もどうやら動きがないようだ。
『こうやって間近で見ると、クララのモビールってワークボットみたいだな』
引っ張る必要がなくなり、モビールは姿を変える。
ボール状のコアブロックに作業用の手足を付けた、建築ロボットは地上だけでなく、宇宙開発には欠かせない産業ロボットだ。
コアブロックはまん丸ではなく、卵形の尖った方を先頭にして肩部を後方に折り、人型の時は卵の尖端にあった腰部は下半身ごと腕の下に来る。
『変形ですよ、変形。いいな頭が有ったら完璧じゃあないですか』
「お前、どんだけ人型ロボットに憧れ抱いてんだよ」
4人の搭乗は完了し、一般より少し大型のヘレンのモビールが離れていくのを見送ると、三機は断層の外にいるベルトリカと合流すべく行動を開始する。
『いいんですか、ヘレンさん達行かせて』
「今はそれどころじゃあないだろ。ちびスケも理解しろよ」
『分かってる。でもいつかきっとソニアに弁償させるから』
「ブレないやつだな。よし、いくぞ」
ラリーには断層脱出のプランがあった。
次元断層と言っても、断層内が別空間だった追跡時とは違い、おそらくはまだエネルギーの蓄積量が少ないからだろう、今は空間を断裂しているだけでここも通常空間と同じ状況。
「あの壁をパリンと割っちまえば、向こうに行けるはずだ」
『けどラリー、シュピナーグの加速砲に充填するにも時間が掛かるわよ』
「今どれくらいだ、ちびスケ」
『まだ10%にも満たないわよ』
「そんだけあれば大丈夫だ、発射の指示は出す。照準は廃棄された工作ブロックだ」
クララにも通信を繋いで、廃棄ブロックを空間断裂の反応が薄い地点へ移動してもらう。
『リリア無事だったんだぁ、よかったよぉ』
『あなたも元気そうねチチデカ、じゃないクララ』
突然機嫌を悪くするリリアの心境の変化にクララ、リーノも気付くことなく、ラリーは苦笑いをしながら破壊ポイントを全機に転送する。
「一気に駆け抜けないと、直ぐに元通りになっちまうだろうから、気を抜かないようにな」
先頭はクララ、廃棄ブロックを人型状態で投げ入れてもらい、断層との接触に合わせて粒子砲を発射、爆発の収まらないうちに突入を開始する。
突入順はビーム粒子に包まれたアークスバッカーから、照射を終えたシュピナーグが続き、夜叉丸が今一度刀を振るって断層の裂け目を広げて、最後にクララが続く。
「多少の余裕は有ると思うが、なるべく間隔を空けずにすり抜けろよ」
シミュレーションすら試す時間もなく一発勝負。
クララは牽引していたワイヤーを切り離し、モビールを人型にすると十倍近くあるブロックを抱え上げ、十分な距離を取ると足のメインブースターを全開にして、全力で投げつけた。
断層に接触するのと同時に粒子加速砲を発射。
大爆発する隔離ブロックからの衝撃波も物ともせずにアークスバッカーが突入。
遅れることなくシュピナーグが続く。
これで断層が破れていなければ二機は接触、大事故に繋がるが、一番手をラリー機にしたのは大正解だった。
粒子砲では完全に突破できていなかった断裂を破り、二機は無事に通過。
続く夜叉丸も予定通りに断層を少し広げて通過。
高速型に変形したクララのモビールが後に続く。
『きゃあ!?』
通過の直前に割り込んできた大型の機体。
『ヘレーナか』
カートが広げたことで通過を可能となった大型機、ヘレン達3人を乗せたモビールがすり抜ける。
「まずいぞ、カート!」
『分かっている』
無理矢理割り込んで、ギリギリの幅を抜けていった大型機の所為で、断層に空いた穴は一気に閉じようとする。
夜叉丸は鎖の付いた鎌を取り出して、鎌とは反対側に付いた分銅を投げた。
鎖は一直線でクララの機体に飛び、右腕部に巻き付き、夜叉丸は180度反転して全力で引っ張った。
間一髪の所で通り抜けた次元の穴は直後に消失、なんとか危機を脱する事が出来た。
『あ、ありがとうございます、ありがとうございます』
『礼はいい、それよりも重要参考人を追わなくていいのか?』
『あっ! はい、ありがとうございます。後からお礼に伺います』
クララはカートに頭を下げて、ヘレンのモビールを追って遠ざかっていく。
「あっちは任せるとして、俺達が受けたのは、一連の騒動の収束と言う事なんだが」
この場合は金の船イグニスグランベルテを拿捕、或いは無力化するところまで叩かないといけないだろう。
「ラオ=サンセオだったか?」
『ラオ=センサオだ』
「そのジイさんとの問題は、フウマが片づける話だよな」
『そう言う話ではないですよね』
ランベルト号もブルーティクスも側にはいない。
「無人機との戦闘後、後方の警察艦隊のいる宙域まで下がったそうだ」
『ティンクさんからのメール確認しました。二隻とも結構やられたみたいですね』
作戦続行は可能ということだが、どのみち断層を突破できるのはベルトリカチームのみ。
「くそ、ここまで面倒な仕事になるなんてな」
もう一度断層破壊を敢行したとして、果たして決着をつけられるのか。
「直接通信? なんだティンクか? おやっさんか?」
次の作戦を構築中のラリーの端末が鳴る。
着信を受ければ、発信者はアンリッサだった。
『いつまでも何をやってるんですか』
「いやだから、なかなか難しいんだよ」
今一番見たくない顔がスクリーンに映し出され、どうしたものかと視線を泳がせる。
『ここまでの戦闘データを確認しました。なぜモビールを合体させないのです? 粒子加速砲であれだけの結果が出せているのなら、合体すれば攻略も可能となるでしょう』
一番避けたかったセリフが出て、後輩の反応は想像通り過ぎて頭が痛い。
「ああ、分かった分かった。ティンク」
『はぁ~い』
「ブラストレイカーを起動する。ロックを解除しろ」
『はいはぁ~い』
どうにも気が進まないが、他に手が浮かばない以上、腹を括るしかない。
ラリーは皆に聞こえるように深いため息をこぼした。




