Episode24 「まさかの展開だろぉ」
カートの短刀は地面に跳ね返り、ターゲットは外した。
「きゃ!?」
「ヘレンさん?」
聞き覚えのある声にリーノは即座に相手を確認した。
「治療おわったんですね」
無事を確かめる為に駆け寄ろうとするリーノを、カートは右手を横に伸ばして制止した。
「お前はいつもいつも」
「な、何なんですか?」
もしかして誰か別の人間が変装でもしているのか?
真剣にそんなことを考えたリーノは目を凝らしてヘレンを観察する。
「アイツはヘレーナ=エデルートだ、そいつは間違いじゃあない」
いくら眺めても答えの出せないリーノに正解を与え、ついでに警戒をするよう注意した。
「どうやってアイツがここにいるのかを考えてみろ」
「そんなの警察機構軍に乗せてもらって」
「俺達が突入する前に全軍を撤退させた艦隊が、アイツの為に送迎をしたと思うか?」
外は今もラリー達が戦闘を続けている。
どんな凄腕でも警察のモビールでは、この金の船に近付くなんてできやしない。
「現状でそんな真似ができるなら、俺達の目の前で活躍していただろうな」
ラリーと共に登場でもしたのなら説明も付くが、ただの一人でここまで来られるほど、ヘレンの操縦テクニックが優れてはいないことをカートは知っている。
「だったらどうやって?」
「開戦前からいたとしか考えられんだろ」
もちろん今回のことでヘレンにも、里からモビールが渡されていることは知っている。
高度なステルス機能があり、隠密行動に特化した機体だと聞いてはいる。
「だが次元断層に直前まで阻まれていたこの船に取り付くチャンスは、俺達が断層を破壊した後になる。残念だがお前のモビールのステルスでもこちらの探査機器から逃れることはできない」
検証したわけではないが、フウマの所有するモビールにそんな高性能を期待はできない。
「そんな……」
ヘレンはカートとリーノの遣り取りを黙って見ていた。
吹き出すのを堪えている。
「カート、あなたのことだから今気付いたわけではないのでしょ?」
「なに、それほど早くではないさ。お前が警察に保護されていると聞かされるまでは考えもしなかった」
「警察に?」
「俺達はフウマの人間ではあるがガテン人だ。銀河評議会警察機構軍の組織構造なんて物は知る由もない。そいつはシステム管理員のお前でも入り込めない領域だ」
そしてフウマの工作員は得体の知れない組織を信用することはしない。
「お前はリーノやクララリカ=クニングス巡査に怪しまれない選択をした。だが俺にはホンの小さな蟠りが生まれた」
「その程度のことで?」
「いや、正直に言おう。お前に懐疑を抱いたのは俺じゃあない、ラリーだ」
「ラリーさんが? どういう事ですか? なんで俺には教えてくれないんですか?」
話の腰を折るリーノの顔を包帯でグルグルに巻き、カートはヘレンに向き直る。
「さすがは英雄様ってところかしら? 良かったら教えてよ。私の何が失敗に繋がったのか?」
もう取り繕うことはしない、ヘレンは表情を崩し、今までの穏やかそうな面相を陰湿な物に変えた。
「それで彼はなんて?」
「俺が怪しんでいる。そう言ってみろだと。自分が信用できない物に対しては大抵そんな物だ」
「もしかして、鎌を掛けたということかしら」
その問いには答えず、視線を傾ける。
「いいのか、もう虫の息だぞ」
胸を鷲掴みにして体をくの字に曲げるベック、ソニアが飛び付くが、リーノもリリアもそれを制止することはできない。
「そうね、もう氣力の欠片も残ってなさそうね」
こちらの遣り取りの合間に急変し、黒々としていた髪は真っ白になり、全身の筋肉がしぼんでいく。
「命を吸うってこういう事なんですか」
「その様だな」
目を背けて頭を垂れるリリアに肩を貸してやるリーノだが、フェニーナの呪いを目の当たりにする少年は、その衝撃が受け入れられない。
だがそんな姿を前に動じることもなく、ヘレンは右手の掌を上して、ベックに人差し指を向けた。
「このタイミングで使えなくなるなんて、どこまで私の足を引っ張れば気が済むのかしら兄さん。でもしょうがないわね、いらっしゃいソニア、ベックが待ってるわよ」
まだほんの少しだが息のあるベック=エデルート。
為す術なくその頭下に立ちつくすソニアに声を掛けると、彼女は飛んでヘレンの下へ。
「何をしているリーノ」
「ス、スミマセン。でも俺……」
カートは自分のことを棚に上げて新人に注意するが、どちらも動くことはできない。
「……どういう事なんですか、カートさん」
「分からん、だがソニアル=フェアリアは平気なようだな」
ヘレンの後ろから出てきたのはベック=エデルートだった。
「本気で驚いているようね。あなたがそんな顔をするなんて私もビックリ」
表情を強ばらせてはいるが、カートにはそのカラクリに心当たりがある。
「ヘレーナ=エデルート、お前の兄はいつ死んだんだ?」
「もうヘレンとは呼んでくれないのね。ベックはパスパードで死んだわ。あの可愛らしいお嬢ちゃんのロボットの爆発に巻き込まれてね」
それを見越して用意していた身代わりはここで息絶えた。
「3人目か、全て里の人間だな」
「なによ、もっと遊びなさいよ。まぁいいわ。あなた達諜報員は変装の名人だものね。手術をすればそっくりに化けるのは簡単でしょ」
見た目は確かにベックそのものだが、しかし心を通わせあったフェニーナを誤魔化すのにそれだけでは不十分。
「お前の能力だな、ヘレーナ=エデルート」
「ど、どういう事ですか? ヘレンさんの能力は!」
リーノは疑わないヘレンのイズライトは、ネットダイブをしてシステムを掌握する能力。
「そんな物は電脳空間に入り込める者なら誰でもやれることだ。フウマでも希少な存在だがな。中でもこいつは歴代の誰よりも優れていた。ずば抜けてな」
だからそれを特殊能力だと判断され、ヘレンも自身で認めて登録していた。
「全くフウマの管理局員ってのは、お役所仕事ばかりだからな」
フウマの諜報員は物心ついた頃から、洗脳に近い教育を施した消耗品。
逆らうと言うことを想定しておらず、申告は検証されることなく登録される。
「中には私やあなたのように、正しい物の見方ができる子供もいるのにね」
そこをうまく利用して情報を操作し、この展開を生むことができた。
「お前の能力こそが魅了、そうだな」
「間違ってはないわね。ただ私のは魅了して操るだけじゃあないわよ」
ソニアはヘレンが両手を広げると、ベックの側を離れて胸の内に納まる。
「心から私に全てを委ねてくれるのよ」
「そうか、ソニアル=フェアリアのフェニーナ化はお前が委ねたものか」
「ご明察、だけど相手が私じゃあ、この子に命を吸われちゃうからね」
「そこで実の兄を人柱にしたというわけだな」
ソニアに新しいシナリオを与え、信じ込ませる事で延命をしていくことができる。
「私がベック=エデルートを用意し続ければ、この子のイズライトはずっと私の為に使うことができるのよね」
フェアリアの能力は他に類を見ない物が多いと知り、ヘレンは自分の力をいかんなく発揮した。
「欲しかったこんな船を見つけた時から策を練って、ようやくカードが揃ったところであなた達が介入してきた」
パスパードで散った実兄がソニアに対して、必要以上の感情移入をしたことが原因だったが、それを利用して自分が現場に立ち会えるようにしたまでは良かったが、英雄達の優秀さはヘレンの想像を超えていた。
「けどあなたの能力がなければ、この船をこんな簡単に叩き起こすことはできなかったんだし、結果オーライとするわ」
本当に自分にシステム掌握のイズライトがあったなら、ベルトリカチームの面々を排除してしまえたのだが、どうにかここまでは順調に進められた。
「ねぇカート、あなたの能力をこの子に上げてくれない?」
他人の能力をコピーしてしまえるイズライト、ソニアがカートの能力を手に入れれば問題は全て解決できる。
「あなたを捕らえた時は絶好のチャンスだったのに、まさか捕まったフリだったなんて」
「えっ、カートさんは精神操作を受けたんですよね」
グルグル巻きを解いて口を開くリーノにボディーブロー、話を先へ続ける。
「決着をつけるぞヘレーナ=エデルート」
破壊しようとして潜入した動力室だが、手持ちの爆発物は通用しない。
さっきまでベック=エデルートだった者との戦闘でいくらか試してみたが、どうやらこれを止めるには、敵を排除する必要がある。
ヘレンは場所を移すべく、ソニアと新たなベックを連れて動力室を後にした。




