Episode23 「知らなくていい事ってあるよな」
ロボットリリアそっくりの女性、ベックに寄り添い、愁いを帯びたような目はよく見ると全く精気という物が感じられない。
「ソニア!」
不用意に前へ出ようとするリリアをカートが抑える。
「リーノ離して」
「分かってる。大事なことなんだよな?」
事情は全く分からないが、リリアが普通ではないことで伝わってくる緊張感。
リーノは大慌てで彼女に覆い被さり動きを止める。
「ソニア、なんで私のグワンの実を持っていっちゃったのよ!?」
「……はい?」
グワンの実という名前には聞き覚えはあるが、確かかなり貴重で高価な果実で、庶民で悪食なリーノは食することは愚か、見たこともない。
「ちょっとリリア、今の状況分かってるのか?」
「だから今がチャンスなんでしょ、って言うかリーノってそんなに巨乳好きなの?」
抱えるように制止させたリーノ、その手が左胸に当てられることに気付く。
「おっと悪い、咄嗟だったからさ」
取り乱すことなく離れるリーノ、どうやらこの感じだと、クララの押しもあまり意味を為していない事が推し量れる。
「それよりソニアって? グワンってなんなんだ?」
「だからあれは私のお姉ちゃんでソニアル=フェアリア、グワンはとぉ~~~~~っても美味しい木の実で、すんごく貴重な物なの。私がこっそり溜めておいた取って置きを、星から出て行く時に持っていっちゃったのよ」
「果物ならすぐ食べないと腐るだろ」
「へっへぇーんだ、本当に知らないの? グワンは虹色に輝く皮で決して痛むことのない奇跡の果物なんだからね」
自家栽培しようとしても上手くいかない精霊の森にしか生えない幻の樹、それはフェラーファの特産品。
「もう逃がさないんだから、さぁ、私のグワンを返して!」
「果物ならもうとっくに食ったんじゃあないのか?」
「うそ!?」
誰もが吹き出してしまいそうな遣り取りは、しかし緊張感が保たれるこの場では空気を凍り付かせるだけ、怒り心頭のカートがいつもラリーがしているように拳骨をリーノに与える。
「いったぁ~い」
ロボットを殴っても意味はない。カートはシステムを介して中の妖精本人に制裁を喰らわした。
「お前の口振りからして、この船の力を完全には使いこなせていないようだな。それではベルトリカには勝てないぞ」
気を取り直して話を元に戻したカート、ベックも今のコントは気にしていない様子。
「あんなちっぽけな船と侮っていた。寄せ集められた部品で組み立てられた、赤い帆船とは違うようだな」
ランベルト号を紛い物と呼ぶベックは、完全な状態で見つかった金色の船は奇跡に触れたと言っていい。
そしてベルトリカ、その出所は全く不明だが、前船長のフランソア=グランテが公言し、それに見合う活躍を続けてきた。
その機動力と火力が証明している。
「あの青い船も異様だけど、この船には遠く及ばないだろう」
ランベルト号とブルーティクスになら今のままでも負ける気はしないが、ベルトリカが参戦するやいなや無敵の壁は破られて、カート達の侵入を簡単に許してしまった。
「決め手がないのはお前達のほうだ」
動力室にある巨大モニターが外の様子を映し出す。
「膠着状態のようだな。まさか重粒子を逸らす力があの小さな船にあるとはな」
ベルトリカが真正面から砲撃を受け、着弾と同時に向きを変えるとそれに合わせて粒子弾が曲げられて虚空に消えていく。
「あれも違う形のシールドか? 最強の盾と矛を持つ二隻の船。俺達とどちらが先に決着をつけるかだな」
ベルトリカにはシュピナーグの粒子加速砲が接続されている。
「……お前達以外に誰か乗っているのか? こんな船を動かせる誰かが?」
「気付いたか? こいつに乗り込んだのは俺とソニアだけだ。今はこの船の自立回路が戦っている」
自動操縦でこの銀河で名の売れた三隻を相手にしているとは、ここでどうにか拿捕、或いは破壊してしまわないと、金色の船はこの銀河に存在してはならない。
「そう思うなら行かせてくれればいい」
「その時にアウストロダム銀河が悪影響を受けないという確証がない。こいつはもう一度埋めるか完全に破壊しなければならない」
「やはり歩み寄りはできないか、カートよ。今一度俺の全力を受けてもらうぞ」
「結果は見えている。お前は俺には勝てない。そちらの娘はこっちの二人が相手をするからな」
二度と同じ手は食わない。
リーノにしても若者の鈍感力なら、妖精の魅了に飲まれることはないだろう。
その結果はすぐに出る。
カートの予言通りにベックは氣を使い切ったところで力尽き、ソニアはリリアとの口喧嘩の末、お姉ちゃんらしく折れてくれた。
「ソニア、一緒に行こう。リーノ達なら私達の助けになってくれるから」
「そう、あなたはその人のフェニーナになろうとしているのね」
「そうだよ。私はこの人と生きていくの」
ロボットの目を通してだが、久し振りの対面。
言いたいことは色々ある。
だけど今はこの状況を終わらせないといけない。
「よく考えて決めないと、後悔してもしきれない結果になるから」
「覚悟なら決めてるわ」
「覚悟ってなに? そんなんじゃあ悲劇しか生まないわよ」
リリアの姉とは思えないほどに物腰の柔らかい感じが、その憂いを帯びた瞳が、今後訪れる死を感じているのか?
「らしくないこと言ってんじゃあないわよ。本当にソニアらしくもない」
リリアだって知っている。
フェラーファ人はイズライトを授かると短命になる宿命にあること。
自分がフェアリアの家に生まれた以上、フェニーナになれば必ずイズライトは身に付いてしまうと言うことを。
「私は自分が選んだ道の先に何があったって後悔なんてしない。それで終わるとしても精一杯幸せを掴んでやる」
「そうだね、私もそう思っていた。外の世界にも夢を見て、素敵な出会いもあった」
カートに抑えられ、ロープで縛られたベックが顔を上げる。
「リリア、想像できる? その子が息もせず、目も開けてくれない姿を……」
「ど、どういう事よ?」
その子がリーノを指しているのは目線を追えば分かる。
「フェニーナになってイズライトを授かると言うことは呪いを掛けられると言うことなの」
「ダメだリリア、それ以上聞いちゃあ、なんかヤバイ、分かんねぇけどそれを聞いちゃあお前は……」
「黙っててリーノ」
嫌な予感、それはリリアも感じている。自分よりも向こう見ずで活発な姉がこんなに淑やかに語りかけてくるなんて、想像もつかないことだった。
「呪いが掛けられるのは自分にじゃあない。パートナーを奪う呪いが降りかかってしまう」
「パートナーって?」
「私は今もベックから生命力を奪い続けている。イズライトを使っても使っていなくても、能力をいつでも使えるように、知らず知らずにエネルギーを貰ってしまう」
フェラーファ人以外の種族はイズライトを自分のエナジーを使って発動するが、妖精はその力を発現するほどのエナジーをそもそも持っていない。
神のイタズラはそんな妖精にも力を与える為に、他者に依存する解決法を埋め込んだ。
「私が死ぬ時は、パートナーの魂を吸い尽くした時。相手を巻き込んだ死が私達の運命」
覚悟というのはそう言うこと。
その事実をリリアは知らなかった。
「そんな……」
「そう、それが正常な反応よね」
ソニアはベックと共にその運命を受け入れた。
だからこそ最後の最後まで抗う手段を探すことを二人で誓ったのだ。
「俺達はアースランドのある銀河へ行き、そこで見つけるんだ。イズライトを生み出した文明があるのなら、それを打ち消す文明もあるはずだと信じて」
フウマの里に残されていた資料を基に、この銀河を二年を掛けて飛び回り、一つ一つ潰していき、残された最後となるこの金色の船に一縷の望みを託しているのだ。
「見逃してくれカート」
「事情は分かった。だからと言って個人の望みを叶えてやる為に、この宇宙を危険に陥れることなんかできるはずがないだろう」
もう観念してか、抵抗する素振りを見せないベック、ソニアも何かに祈るように口の前で掌を合わせて目を閉じた。
「これでケリは着いたな」
「カートさん、本当にどうにもならないんですか?」
「そう言うことは解決した後に考えることだ。そろそろ出てきたらどうだ?」
近付くリーノを押しのけて、カートは物陰に短刀を投げつけた。




