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マイン ~僕を導いてくれた場所~  作者: 木野かなめ
第四章――シクラメンの咲くアプローチ――
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第20話――奇跡と呼べるものなのかもしれなかった――

 トラはすくねに案内されて、無事に坑道の外に出ることができた。


 内と外の温度差は相変わらずで、凍えるような寒さが疲れきった身体に襲いかかってくる。坑道の中に滞在したのはたった二時間足らずだったというのに、なんだか何ヶ月も経ってしまったような錯覚を覚える。

 それでも(おん)は、どこか晴れやかな顔をしているように見えた。

 全員で一緒に、うーん、と伸びをしてみる。肩甲骨から腰にかけての筋肉がほぐれていく。今頃になってようやく、配管でひねった足首にじんと痛みが染みてきた。


 月明かりが、花ヶ原(はながはら)への帰り道を指し示す。

 すくねは自転車を押し、四人で並んで歩いた。道中は、この不思議な物語の始まりから終わりまでの感想会となった。事情のほとんどを知らなかった義夫(よしお)は驚きっ放しだったけど、話を最後まで聞くといきなりトラの肩を組みにきた。


「よくやったぞ、トラ!」

「え、なにが? なにが? ……ちょっと、揺すらないでって」

 義夫は頬ずりをしてくる勢いだ。えもいわれぬ恐怖がトラの脳幹(のうかん)を襲う。

 しかし義夫はトラと肩を組みながら、カジノのバニーガールさながらに大きく足を上げて歩く。

「オリーブさんは、お前のおかげでこれからも生きていけるんだろ?」

「まあ、狙ってやったわけじゃないけどね。それはよかったと思う」

 すると義夫はトラから腕を離し、なにやらうんうんと考えこみ始める。

「なによあんた、気持ち悪いわね」

 すくねが、ゴミでも見るような目つきで言った。

「え。物語の女の子が俺の恋人とか、すげえと思わねえ?」

「はー? あんたとオリーブさんって、つきあってんの?」

「いや。でも、近いうちにつきあう。いちゃいちゃする。一緒に本読む」

「だったら恋人じゃないでしょ!」

 どうやら義夫は妄想モードに入ってしまったようだ。うひうひ、と奇矯(ききょう)な笑いを浮かべながら、その手をすくねの頭へと伸ばした。


「俺はオリーブさんにどこまでもついていくんだよーん!!」


 すくねの髪をわしゃわしゃとかき混ぜる、義夫。


 あ、まずい。すくねの怒りのゲージがずんずんと高まっていく。トラにはわかる。そしてプチン、となにかが切れたような音が聞こえた瞬間、すくねの膝蹴りが義夫の鳩尾(みぞおち)目がけて飛んだ。


 しかしその蹴りは空を切る。

 義夫がものすごい身体能力をもって、真横に飛んで避けたのだ。


「あんた……! あたしのこと、怖くないの!?」

「あんな穴ぽこに落ちる奴なんか、もう怖くねえよ!」

 義夫は舌を出してすくねをからかう。すくねのこめかみに、ピクリと青筋が浮かんだ。

「あっそ……じゃあ、さっき言ったとおり、ぶっ殺してあげようかなぁ……」

 ゆらーりと剪定鋏(せんていばさみ)が上段に構えられる。

「さあ、どこからいこうか!? 手かな? 脚かな!?」

「へ。海でトラと仲良しこよしやってたすくねちゃんが、俺のどこをどうするって!?」

 すくねの頬がサッと朱に染まる。トラも、片方の唇を歪めたまま固まる。

 すくねの肩がわなわなと震えて、


「やっぱり、その有害な首からかぁ――――――――――――ッ!!」


 なんと二人の追いかけっこが始まった! なんだこれは!? しかも義夫はトラの手首を掴んで走り出したのだ。結果、なぜかトラも逃げる形になる。


「な、なんで僕まで……!?」

「いいじゃん、いいじゃん。これが長年の友情ってもんだろ!!」

 わけがわからないまま、トラは逃げる。後ろからは、ジョッキンジョッキン、という死の音が聞こえてくる。まるでパニック系映画だ。全米が震撼(しんかん)する。

「アホがみーるー! ブタのけーつー!」

 義夫は走りながら大爆笑している。足首がマジで痛い。これ、どこがゴールなんだよ。

「で、トラはどうするんだ?」

 義夫は併走しながら、突然訊いてきた。

「な、なにを?」

「わかってんだろ! お前は藤原(ふじわら)先輩とあの凶暴女の、どっちを追いかけてくんだよ?」


 えー。いきなり、そんな。トラは答えに窮する。

 すると義夫はニヤリと笑い、手でメガホンをつくった。

 あ、この顔、よくないことを考えている時の顔だ……。


「トラは尾崎(おさき)のことが好きなのかー! そうなのかー! やったな、尾崎……」


 義夫が振り向いた瞬間、すくねの矢のようなドロップキックが飛んできていた。さすがにこれはかわせない。義夫の顔面にすくねの足裏が突き刺さり、もんどりうって転げる。

 そしてすくねの視線が――、じろり。


「えへへ」

 とりあえず笑ってみたところ、胸郭(きょうかく)に掌底をくらった。

 頭の中がチカチカする。気がつけば、トラは義夫の隣に寝っ転がっていた。外気にさらされて冷えたアスファルトが、背中にちょっぴり心地いい。

「さて、とどめといきますか」

 剪定鋏を開閉するすくね。だけど義夫は黙って、指で天をゆっくりと示した。


「ん?」


 すくねはしゃがみ、義夫が指差す先を見つめた。温も追いついてきて、同じように視線をたどる。


 それは、山咲(やまざき)の夜空だった。

 おおいぬ座のシリウスが、どの時よりも、どの場所よりも青白く輝いている。

 トラはその光の中に、春の息吹のようなものを感じた。


 同じ時間に、同じものを見て、同じ気持ちになる。


 それはトラたちの長い人生の中で、奇跡と呼べるものなのかもしれなかった。


挿絵(By みてみん)

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