第13話――わたし、とうとう見つけちゃったよ――
花ヶ原は、亀山を始発とする運行経路のちょうど終点に当たる。
バスを降りたトラたちは、花ヶ原の目抜き通りを並んで歩いた。この町は碁盤状のつくりをしており、それぞれの道の左右には旧家と商店がところ狭しと並んでいる。高城鉱山が稼働していた頃は、社員やその家族でえらく賑わっていたに違いない。たしかトラの父は花ヶ原のことを、時間が止まった町と呼んでいた。まさにその言葉がぴったりとくる。
温は緊張しているのか、口数が少なだ。トラも身体中が熱い。定期テストの開始二分前の時のように心音が早まった。
たどり着いたのは、白いモダン調の一軒家だった。表札はない。かつて花を育てていたと思われる庭はすっかり荒れ果て、玄関の硝子戸は埃と砂塵にまみれている。なるほど、これだと誰かに訊かなければ江坂の家だと気づくことはできないだろう。
「ごめん下さい」
トラは返事を期待せずに挨拶をした。茶色くひなびたシクラメンが家主の不在を雄弁に語っている。案の定、屋内からは誰の声も返ってこなかった。念のため呼び鈴も押してみたが、そもそも家の中で鳴っているという反応が感じられない。きっと壊れているんだ。
恐る恐る、敷地の中に入る。玄関の前には『山咲青年団団長』というプレートが貼られていた。もう一度声をかけるも、やっぱりなしのつぶてだ。
「誰も、いないみたいね」
温が不安そうな声で言う。
「ええ。でも、せっかく来たんだし、江坂さんには悪いけど入ってみましょうよ」
「いいのかな……」
「後で江坂さんに謝りましょう。その時は、僕も一緒に叱られますよ」
トラは横開きの玄関戸にそっと手をかける。鍵はかかっていない。最後に開けた時から日数が経っているせいか、重い振動が走った。途中で一回止まってしまったが、強引に揺らして戸を開ける。家の中からは、昔の匂いがやって来た。
トラと温は互いに見合ってうなずき、靴を脱いだ。上がり框に一歩踏み入れる。靴下にべっとりと埃が付いたが、さすがに土足で上がるようなことはできない。
左手には長い廊下、そしてその奥には二階に続く階段が見える。右方向には二つの部屋があるが、それぞれキッチンとリビングのようである。リビングのカーペットは破れてささくれており、その上には汚れた新聞が置いてあった。
「これ、六年前の日付ですよ」
「ほんと。もしかするとこの家には、その日から誰も入っていないのかも……」
アコーディオンカーテンで仕切られた二つの部屋は整然としていて、ソファーとアクリル製の机以外、家具も小物も見当たらない。ここを捜索しても、なんの手がかりも見つからなさそうだ。
「二階に行ってみましょう」
トラはそう言って、廊下の奥にある階段へと進む。かなり急な勾配で、幅も狭い。縦に並んで階段を上ると、床面はギシギシと軋んだ。
二階には、左右に一つずつの部屋があった。まずは左の部屋のドアノブをひねる。
扉の向こうには、本が比喩ではなく山状になって積まれていた。窓際の文机の上にも、膨大な量の書類が乗っている。
「あっ」
そこで、トラと温が同時に声を発した。
文机の端に写真入れが立てかけられているのだ。埃にまみれて、中の写真がよく見えない。温は鞄から携帯用のウェットティッシュを取り出すと、きれいに表面をぬぐった。たしかにあった過去の映像が、トラたちの眼前に映し出される。
丸眼鏡をかけた青年と、愛くるしい顔の少女。後ろ毛の長いその青年は、膝を曲げた体勢で温の肩を抱いている。ススキが細々と生えているだけの空き地という味気のない背景にも関わらず、二人の表情は本当に幸せそうだった。
この少女は間違いなく、温だ。とろんとした魅惑的な目は昔から変わっていない。
「温さん……」
言いたいことはたくさんあったけれど、トラは温の名前を呼ぶだけにとどめた。
強く目を見張る温。トラは黙ったまま、温にそっと写真入れを渡した。
温は息を吸いこんだ。六年間をまるごと詰めこんだように、すうっと肺に入れた。そして温が息を吸ったぶん、トラは息を止めた。
そして温は、ポツリと呟く。
「……いたね」
呟いた後、膝をがくっと落とした。
「いたね、おにいちゃん。こんなとこにいたんだ。わたし、とうとう見つけちゃったよ」
それから温は、写真入れを強く、強く抱き締めた。その目からはボロボロと涙の粒があふれてくる。いくらぬぐっても終わりを見せぬ雫がフローリングに灰色の染みをつくる。
「よかったですね」
トラが言うと、温は頭をトラの腹に預けてきた。
汚れた窓は西日を遮り、部屋をほのかな薄暗さに仕立て上げる。その部屋の中、温が嗚咽しトラにもたれかかる。トラは、世界中の音から切り離されたような感覚を覚えた。
江坂だけじゃない。
いたのだ、温も。この思い出の中に。
そう思うと、得体の知れぬ喜びが身体の中からあふれ、目の奥がじわりと熱くなった。




