第7話――超贅沢よ、こんなの――
バスを降りた後、トラたちは温の先導に従った。
向かった先は亀山商店街だ。どの店もシャッターを閉め、人通りは皆無。暗い道をてくてくと五分ほど歩き、温は商店街の横道へと入った。
するとその道筋には、二、三軒の間隔で灯りの点った店が並んでいた。ジャズバーからは軽快なベース音が流れ、化粧品屋の窓の奥にはコーヒーを飲む老夫婦の姿が見える。まるで祭りに並べられた提灯のような光がトラたちを挟みこむ。一軒の古びた日本家屋の前に差しかかった時、温はぴたりと足を止めた。
「到着です」
ここ? なんだか時代劇に出てきそうな瓦張りの家だ。本当に合っているのだろうか。
だけど温は慣れた調子で磨り硝子の戸を横に滑らせ、家屋の中に入っていった。仕方なく、トラとすくねも温に続く。
「やあ、藤原さん」
金茶色の灯りの奥から、若い男の声が聞こえた。
男の手前にはカウンター席が三つ。奥は座敷になっていて、二箇所に設けられた掘り炬燵には和式のテーブルが架かっている。古びた外観とは不釣り合いな、小洒落た内装だ。
「こちら、マスターの港さん」
温が言うと、紹介された港という人はゆっくりと頭を下げた。目は大きく、彫りが深くて南国的な顔つきだ。だけど笑った顔は愛嬌たっぷりに見える。
「こんばんは、後輩の尾崎といいます」
「在布といいます。今日はよろしくお願いします」
トラが手をこすりながら挨拶をすると、港は、お、という顔をした。
「きみがトラくんか! 誕生日おめでとう。クリスマスが誕生日とか、すげーな」
すごくない。三百六十五人を集めてくれたら、単純計算で一人くらいはいそう。だけど港がよく通る声で褒めてくれたものだから、トラは素直にお礼を言った。
「よっしゃ、そしたらみんなはカウンターに座ってえな。今日は頑張ってごちそうをつくるぞう! 最後にはケーキも用意しとるけんなぁ」
「えっ、ケーキ?」
すくねの表情がぱあっと咲いたものだから、みんなして笑ってしまった。
暖房の利いた部屋がかじかんだ手にありがたい。トラは毛細血管の隅々が拡大していくような感覚を覚えながら、指定された席に座った。今夜はいちおう主役なので、三つの席のど真ん中だ。茶色く燻ったカウンターテーブルは日本風で、細かい木目が入っていた。
「いきなりじゃけど、これでも食べてん」
目の前にドカッと厚切りのローストビーフが置かれる。前菜にしてはすごい。どうやらコースで予約をしているみたいだけど、この後はどんな料理が出てくるんだろう。
「そういえば、他のお客さんは?」
すくねが、バーベキューソースを箸で伸ばしながら訊く。温は手と手を合わせて、うふふと笑った。
「ちょっとね。せっかくだし、貸し切りにしてもらったの」
「え! クリスマスなのに?」
「まあまあ。そこはいいじゃない」
温は簡単に言うけど、すくねは「いいのかー。超贅沢よ、こんなの。いいのかな」と難しい声を漏らす。
トラだって、ちょっと驚いた。念には念を入れて一万円をもってきたのだけど、これで足りるのだろうか? 足りるよな……、きっと。
だけど支払いのことばかり気にしていたら、楽しめない。
トラは大きく口を開けてローストビーフにかぶりついた。身は柔らかく、一回噛んだだけでもっふりとほぐれる。柑橘系のソースの味が口中に広がった。
隠し味はたぶん、柚子だ。




