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マイン ~僕を導いてくれた場所~  作者: 木野かなめ
第四章――シクラメンの咲くアプローチ――
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第6話――『ゆき』と平仮名を書く――

 山咲(やまざき)中学も冬休みに入り、トラはいよいよクリスマスの当日を迎えた。


 雪は一日置きでしんしんと降り、次第に路面を凍らせていく。山咲では凍結防止剤を撒く家も多く、全ての車はスタッドレスタイヤに履き替えていた。この季節、いくら寒さに強いはずの山咲の住民でも、仕事と買い出し以外ではよっぽどの用事がない限り誰も外を出歩いたりはしない。


 なのに今、トラは吹きざらしのバス停の前に立っているのだ。寒風が間断なく吹いて、トラは耳に斬りつけられるような痛みを覚える。時刻は十七時を超えたくらい。辺りはもう真っ暗だ。しかしトラは家の炬燵(こたつ)を恋しく思うどころか、逆に下腹がむずむずするくらいに興奮していた。吉田川(よしだがわ)の堤防の上に座ってみたり、軽い屈伸運動をしてみたり。

 高鳴る胸を押さえろというのは無理な話だ。だって、(おん)とすくねが誕生日祝いに夕食をセッティングしてくれたのだから。そもそも友達同士で夕食をとること自体初めての経験なのに、相手があの二人とくれば、どんな展開が待っているのか想像もつかない。


 暗闇に沈む横断歩道から、きゃははは、という高い声が聞こえた。どうやら温とすくねがお喋りをしながらバス停に向かって歩いてきているようだ。二人の姿が剥き出しの街灯に照らし出された瞬間、トラの胸が恋々とした。


 花柄の白いチュールブラウスに、長いベージュのコートとブーツという装いの温。

 漆黒のジャンパースカートに、ターキーレッドのニットジャケットを合わせたすくね。


「お待たせ、トラくん」

「あん? なにジロジロ見てんのよ」


 そこにちょうど路線バスが近づいてきて、トラはハッと我に返った。どうやら目の前にいる麗しい二人は、トラのよく知る温とすくねに違いはないらしい。

 だけど身体はちょっとびびっている。トラは二人を先にバスに乗せた。最後に取っ手を掴んでバスに乗りこむと、乗客はトラたち三人を含めて五人しかいなかった。


 一番後ろの席に並んで座る。

 すると窓の外で、複数の白線が水平に走った。


「あ、雪だぁ」


 すくねが窓に息を吹きかけて、曇った部分に『ゆき』と平仮名を書く。温が「ホワイトクリスマスになったね」と言ってトラに近づくと、スカートの衣擦(きぬず)れの音が鳴った。


「父さん、大丈夫かなぁ」

 心配そうに呟くすくね。そうだ、工場は定期修理の時以外は無休で稼働しているのだ。このクリスマスという特別な日にも働いている人はたくさんいる。このバスの運転手もそうだし、今から行く店の人だってそうだろう。


 そこでトラは、去年までは病室でクリスマスを過ごしたことを思い出した。


 父は仕事の都合で消灯の時間に間に合わないことがほとんどだったし、唯一話したのは由紀(ゆき)くらい。その由紀も二十一時になれば病室を去り、後に残されたのは言いようもない静寂だけだった。ちょっと手を伸ばせば、そこには死の影が浮いている。激しい咳きこみの音がはかなく散る。世界の全てを、いくら憎んでも憎みきれないほどだった。


 だけど今、バスのヘッドライトが雪に当たり、オレンジ色の照り返しをつくっている。


 温の甘い香りが漂い、すくねは脚を組んで白い歯を見せてくれる。


 今日はクリスマスを精いっぱい楽しもう――。


 トラはそう決めて、唇を幸せの形に曲げた。


挿絵(By みてみん)

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