第5話――すくねちゃんだったら、いいかも――
秋から冬へ。季節が流れるのは、この期間が一年の中で最も早いかもしれない。
少し前までは汗ばむくらいの小春日和も時折訪れたが、十一月を越えると山咲の冬は一気に加速する。十一月の半ばには初雪が降り、その雪は四月の終わりまで続く。
十二月に入ると、山咲と亀山の人々の服装は真冬のそれへと変わる。ダウンジャケットやコートを羽織る人々は白い息を吐き歩く道すがら、透明な夜空をふっと見上げたりもするのだ。
そんな師走のある夜。温は亀山のショッピングモールの中にあるカフェで、ルイボスティーの湯気に手をかざしていた。カフェの外ではクリスマスソングが延々と流れている。
どの店にも例外なくクリスマスの色が見られるようになった。ケーキの予約にプレゼント用の特設コーナー。さらにはコスプレなどのパーティーグッズが店頭に飾られている。コスプレって楽しいのかな? 温はサンタ衣装を着た自分の姿を想像し、小さく吹き出してしまった。
今日、温は祖母の付き添いで来ている。しかし、巷で流行っているという噂の石焼きチャーハンを食べた後は、祖母と温は別行動をとった。祖母は年末の買出しとお歳暮の支度があるらしく、食品コーナーとギフトスペースの間を行ったり来たりしている。
――で。もちろん温にも、行きたいところはあるわけで。
温の今夜の目的は、トラに贈るプレゼントを買うことである。バッグの中に詰めこまれたアンケート結果のノートを一冊取り出し、ババババ! とめくる。その中には、トラの誕生日がクリスマスであるという一文が書かれていた。
誕生日&クリスマス。二重の意味で贈るわけだし、ぜひとも素敵なものを見つけたい。
温はカフェを出て、エスカレーターで四階まで上がった。
四階にはプレゼント用の特設コーナーがあるのだが、時間も二十時前とあって人の数は少ない。温は小さな鼻歌をうたいながら、赤と緑のシートの上に陳列された雑貨をゆっくりと見て回った。
雀のぬいぐるみのストラップ。もこもこして、触り心地がとてもいい。
ペンギン型のマグボトル。ぽつんとした目が、なんだか滑稽だ。
勝手なイメージだけど、トラはかわいらしいものが好きそう。
でも、やっぱり男子っぽいものの方が好きだったらよくないな。そう思って立ち寄ったスポーツグッズのコーナーで、白地に青く『PUMA』と書かれたスポーツバッグを見つけた。これいいかも。手を伸ばすと同時に、誰かの手がぴたりのタイミングで重なった。
「あれ? 藤原先輩じゃないですか」
どうやら手がかぶったのはすくねだったらしい。外側に跳ねた短い髪はいつ見ても元気でかわいらしい。温は思わず、じっとすくねに見入ってしまった。
「ぷふっ――」
数秒の後、先に吹き出したのはすくねの方だった。
「もしかして、温さんもトラのプレゼント選びですか?」
「そう言うってことは、すくねちゃんも同じ目的でここに来たみたいね」
「えへへ」
すくねは顔をくしゃりと歪めて、後ろ頭を掻いた。
「変なとこで会っちゃいましたね」
なんて魅力的な女の子なのだろう。何分どころか、何十分見ていてもきっと飽きない。目の前で慌てている相手は女の子だというのに、温は不覚にもときめいてしまった。こんな素敵な子に生まれてきたかったなと、温は一片の躊躇もなくないものねだりをする。
そしてふと、トラの顔が温の脳裏に描かれた。
いつも人懐っこいくせに、時折憂いをたたえる瞳。
ハーフであることを証明する色素の薄い髪と、頬に刻まれた大きな傷。
そんなトラは、温を過去の呪縛から解放してくれようとしている。温の話を誰よりも深く聞き、唯一味方になって鉱山の謎に付き合ってくれた。かつてトラが自分の経験を温の悩みに重ねてきたので機嫌を損ねたこともあったが、あれもトラなりの優しさだったのかもしれない。すぐにムッときた自分は、年上のお姉さんとして失格だ。
「先輩? どうしたんですか?」
すくねが温の目の前でサッサッと手を振っている。
そうか、と温は納得した。わたしはもう、未来に向かって歩き出せているんだ。すくねに義夫。トラはこんなにも大切な友達を、自分に与えてくれたのだから。
温は、素直に笑った。
「すくねちゃんだったら、いいかも」
「へ? なにがですか?」
だけど温は答えない。答えられない。いいかも、と思いつつも、よくない、と制止をかけるもう一人の自分がいる。
不満げに目を細めるすくね。すると、温のバッグの中で『星に願いを』の曲が流れ出した。この着信音は、祖母からの電話だ。温はすくねに片手で謝って電話に出る。
どうやら祖母は買い出しを終えたらしい。だったら、一階に戻って合流しないと。
「ごめんね。わたし、もうそろそろ帰らないといけないの」
温は祖母との通話を終え、残念そうな声ですくねに告げた。
「……そうですか。あたしはもうちょっとプレゼントを探してから帰ります」
正直、とても残念だ。すくねとはもうちょっと話をしたかった。すくねはどういう気持ちでプレゼントを選んでいるのか、とか。でもそう思った瞬間、温は突然恥ずかしくなった。心の中で自分の頭をポカンと叩く。そんなの聞くなんて、アグレッシブすぎるから。
「それでは、また」
きびすを返して歩き出し、五歩くらい進んだところでくるりと振り返った。
そうだ、すくねには話しておくべきことがある。もし話さずにいたら、きっと後ろめたい気持ちになるだろう。どうしてかはよくわからないが、温はぼんやりとそう感じた。
「トラくんの誕生日の夜に、三人で食事にいかない?」
温が自然な調子で言うと、すくねの瞳孔が少し開いた。そのほんのわずかな変化を温は見逃さない。やっぱり誘ってよかった。温はトラの誕生日を祝うために、亀山の店に予約を入れていたのだ。
「それって、誕生日パーティーみたいなもんですか?」
「そうよ。素敵なお店だから、すくねちゃんにも気に入ってもらえると思うわ」
「でも、あたしが行ったら邪魔になるだけじゃ……」
「そんなわけないじゃない。楽しくなるわよ、きっと」
すくねはしばし逡巡した後、二回うなずいた。
「じゃあ、参加させてもらいます」
温はにこりと笑った。そう、これでいいんだ。
そして温は一階へと向かうエスカレーターに乗っている間も、ずっと同じ言葉を頭の中で反芻させた。
すくねが言った――、『邪魔』という単語。
この言葉が彼女の心のなにを意味するのか。核心に迫れば迫るほど、温の心拍数は少しずつ上昇していった。




