第3話――削岩機にフッと息を吹きかける――
操作室から修理場までは各工程の建屋に沿うように、白線の内側を歩く。大人用のヘルメットはトラには大きく、歩く度に揺れて頭をポコポコと叩く。工場の敷地の一番端に、倉庫のような三階建ての建造物がどっしりと腰を下ろしていた。外壁のほとんどはトタンで囲まれているため無機質な感じがする。こいつが修理場じゃ、とすくねの父は言った。
扉の鍵を開けて中に入ると、まるまる三階ぶんが吹き抜けになった高い天井と広い敷地が視界に飛びこんできた。右手には溶接の機械があり、中心には機具を吊るクレーンが設置されている。設備課は今日は休みなので、誰の姿も見当たらない。ガランとした空間の中、天窓からのどかな光が轍をつくるように降り注いでいる。工場のさっきまでの喧騒が嘘みたいに思えるほど静かな場所だ。
「ま、好きに見んせ。どうせボロばっかじゃ」
すくねの父には自由見学を許された。どの機械も電源が入っていないため、刃物を直接触るなどの危険な行動をしなければそれでいいという。
トラは修理場の左右を見渡してみた。透明なプラスチックのケースには何十種類ものボルトが区分けして入れられており、その隣には溶接機がある。反対側の壁には切断機が立てかけられていて、修理中の場内車なども肩を揉まれる老人のようにその気配を塵芥に委ねていた。
「どう? なにか気になるものはある?」
温は簡単に言うが、正直困ってしまう。この前トラが鉱山関係の言葉を口にしたのは本当に偶然であって、いざそれを再現せよと言われても無理な話だ。トラはもう一度注意深く工具や機具の類を目で洗ったが、特に気になるようなものは見つからなかった。
なら、次は二階だ。錆びた手すりを軍手越しに握り、薄い階段をカンカンと上る。
すると、粉塵で黄土色に染まった修理場の窓の手前に、一つの機械が見えた。大きさも形もまるでマシンガンのような機械を、トラは手に取る。金属だけあって相当な重さだ。埃と泥ですっかり汚れてしまっているのは、ずっと風雨にさらされていたからだろう。
そしてトラの喉から、自然と言葉が発せられた。
「これ、第三鉱体を掘った時に使った削岩機じゃないですか?」
そう言った瞬間、すくねの父の目が険しくすぼまった。
「なんで」
「なんでって……違うんですか?」
すくねの父は削岩機にフッと息を吹きかける。乾いた粉が、空気中に舞った。
「当たっとる。当たっとるが、なんでそれをきみが知っとるかちゅうことじゃ」
「その、なんていうか、適当に」
がらりと変わった雰囲気に、トラは心の中で慌てる。トラは今の今まで『第三鉱体』という言葉も『削岩機』という言葉も知らなかった。もしかして、この気配は、本当に。
すくねの父は、どこか懐かしむような声で言った。
「こいつぁ、高城鉱山で使うとったもんじゃ。あん時ゃ一人に一つの削岩機が割り当てられとっての。これはたしか……江坂ちゅう若いモンが使うとったの」
「江坂?」
温が眉根を寄せて、訊いた。
「ああ。ここを見てみい。数字が書いとるじゃろ。これは間違いない、江坂徹のものじゃ」
「えさかとおる……?」
その声の調子からして、どうやら温には覚えがないらしい。
「その江坂さんっていう人は、温さんの探していた人の名前じゃないんですか?」
トラが訊くと、温は少しの間を置いて唇を開いた。
「……そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」
「どういうことですか?」
「わたし、おにいちゃんって呼んでたから、その人の名前をよく知らないの」
そうだったのか。
ならば温の父に問い合わせをすれば、その人が江坂徹なのかどうか判明するだろう。しかし温のこの暗い顔。どうやら温は今も父と不仲にあるらしい。特に、『おにいちゃん』に関する質問をすることはまだはばかられるというところか。
トラは温の家族の現状を想像しながら、頭の中になにかの引っかかりを覚えた。
間違いだったら謝った情報を伝えるだけになるので温たちには言わなかったが……、
トラは、江坂徹という男の名前をどこかで聞いたことがあるような気がするのだ。
それも、最近じゃない。もっともっと昔に。
濁った記憶の渦に手を突っこむも、あの忌々しい過去がある一定以上の深さまでしかトラの手を受けつけてくれない。
すくねの父が、第三鉱体を掘り当てた時の話を誇らしげに語る。
その勇ましい声が、修理場の中で反響した。修理場の窓から差しこむ長方形の日だまりが一瞬消え、しばらくしてまた現れた。




