第2話――うちのじゃじゃ馬とは、比べもんにならんわ――
工場の重役四人は温に向かって深々と頭を下げた。
温もそれに負けないくらいに腰を折り、重役たちに「お嬢様、やめて下さい」と止められた後にようやく工場見学の説明が始まった。
ひととおりの説明が終わったところで、すくねの父が登場。今日はすくねの父が案内人になってくれる。上着の上から作業着を羽織り、ヘルメットと保護眼鏡を装着。まずは工場のシステムを統括しているという操作室へと足を運んだ。
工場は平日だろうが土日だろうが関係なく、二十四時間体制で稼動している。なので今日は土曜日だというのに、操作室の中では五人の作業員がモニターを見ながら設備の操縦を行っていた。銅を平たく潰すプレス機に、条を巻き取るラインを動かす設備。作業員の一人がポケットからメンソールの煙草を取り出し、琥珀色のジッポライターの蓋を慣れた手つきで開けようとする。しかし目線がトラたちを捉えた瞬間、作業員は年代物の透明な灰皿に煙草を置いた。
「あれ、尾崎さん。今日は土曜日じゃけえ、安全衛生課は休みじゃないん?」
「僕はいつでも自由出社なんだよ。やることがあれば、来る。なければ、来やん」
「じゃあ、もしかしてどこぞで事故でもあったんですか?」
「阿呆。そんなもんあったら今頃、警察と一緒に来よるわいや。今日はこいつらの案内じゃと」
すくねの父が、トラたちを親指で示す。
「……今日は中学校の工場見学でも入っとりましたか」
「違う。こいつらは本社の社長の関係者なんじゃと。ほんまか嘘か、ようわからんが」
「ふーん……」
作業員は温に視線を向けた直後、大きく瞳孔を見開いた。
「えらいべっぴんな子ですね」
他の作業員も、なんならなんなら、と集まってくる。その輪の中心で、すくねの父はかっかっかと喉で笑ってトラと温の肩を抱いた。
「なんかの、高城鉱山で使うとった機械を見てみたいんじゃと」
ほう。へえー。皆、顎に手を当てて温に見入る。どうやら温の美貌は大人の目から見ても特別なものらしい。作業員たちからは油の匂いがしたが、嫌な匂いじゃなかった。壁に貼られたアイドルの防災ポスターがトラたちに笑いかける。ピコーン、ピコーン、と音を立ててなにかのランプが明滅したが、作業員の一人がボタンを押せばすぐに止まった。
「すくねちゃんといい勝負じゃわ。こりゃ、将来が楽しみじゃわい」
誰かが言うと、すくねの父はその作業員の頭を鋭くどついた。
「馬鹿言え。うちのじゃじゃ馬とは、比べもんにならんわ」
それから操作室の裏にあるモーターとか伸銅品のコイルを見せてもらったけど、トラには今いちピンとこない。すると誰かが「尾崎さん、もう修理場には行ったんですか?」と訊いた。
「まだじゃ。あげなとこ行っても、ボロしかなかろうが」
「修理場ってなんですか?」
トラが話に加わる。トンガリ頭の作業員は両腕を組んでぬるい川のように笑った。
「工場も生き物じゃけ、調子が悪うなるとこも出てくるじゃろ。悪うなった設備を直す場所が修理場じゃ。あそこじゃったら、鉱山の時に使ってた機械がまだあるかもしれんの」
作業員が中学生の自分にも丁寧に教えてくれたのが、なんだか嬉しかった。それに、作業員の説明によればまさに温の求めているものが残っていそうだ。
「修理場を見せてもらいませんか?」
トラが温に問いかける。しかし、今の今までトラの隣にいたはずの温の姿がない。
「温さん?」
全員で温の姿を探す。まさかまた、温がおかしくなってしまったのではあるまいか。
しかしその心配は杞憂に終わった。温は出荷直前の伸銅品のコイルに自らの顔を映し、唇を尖らせたり、いーだをして遊んでいたのである。
トラもすくねの父も作業員たちもがっくりと肩を落とし、同時に全員で吹き出した。




