第10話――十人いれば二十人が振り返る――
義夫がお勧めしてくれた島崎第三浜は、穴場なのかほとんど人がいなかった。
四人はまず、義夫の祖父が経営している海の家に立ち寄り、祖父に挨拶をした。アロハシャツにサングラスと、なかなか洒落た老人だ。座敷に荷物を置いたら水着に着替えるべく、男女それぞれの更衣室へと別れる。義夫の頑健な身体と自分の貧相な身体を見比べ、トラは深いため息をついた。もうちょっと、筋トレとかした方がいいのかな……。
更衣室から出ると、どうやら女子二人は先に浜に出ているようだった。座敷には、さっきまでなかったはずのクーラーボックスが二つ。
「お、これこれ」
義夫が手の甲でクーラーボックスを叩くと、なにやら重そうな音がした。
「なにそれ?」
「いいもんいいもん。じいさんに用意してもらったんだ」
「おい、義夫。これ、みんなにもっていってやれ」
義夫の祖父から四本の三ツ矢サイダーを受け取り、トラと義夫は浜へ。
塩の匂いがする。水面では、光の帯がきらきらと輝いている。その波打ち際に立つ、温とすくね。だが二人の像が近づくにつれ、なんともいえない緊張が高まっていった。
「え、あれって、尾崎……? マジで?」
トラの胸中を義夫が代弁してくれた。そうなんだ。義夫はいつも水泳の授業をサボっているから知らないんだ。すくねが、十人いれば十人は振り返りそうなスタイルの持ち主であることを。健康的に育った白桃がツン、と張り出ている。セパレイトの白い水着は、お世辞抜きですくねによく似合っていた。
「おかしいなぁ……」
義夫は、手で目をゴシゴシとこする。
「なにがおかしいのよ。遅れてきたくせに、また忘れものでもしたの?」
「いや、お前、そんなにオッパイ大きかったっけって思って……ぐおおおおおっ!?」
すくねの拳撃が、トラと義夫の鳩尾に深々と突き刺さる。
「な、なんで僕まで……」
「同罪! あんたら二人とも、なに考えてんのよ!」
砂の上に落ちる、三ツ矢サイダーの缶四本。トラは腹を押さえてしゃがみこむ。ややあって目を開けると、玲瓏な手のひらが差し出されていた。
「トラくん、大丈夫?」
その手のひらの奥には、瑞々しい脚。そのまま顔を上げていくと、逆光に差しかかって温の顔はよく見えない。だけど。
「大丈夫かもしれませんね!」
つい、テンパった。空色の水着に、ウェッジウッドブルーのパレット。十人いれば二十人が振り返るスタイルは殺人的ですらある。温の長い髪は潮風を受けて、ばらりとほどけた。こんなの、まともに見られるわけがない。
「おお――ッ!! やっぱり海は最高だな!!」
いつの間にか復活して、空に向かって叫ぶ義夫。この性格は羨ましくもある。
「ちゅうわけで! 今から、これで遊ぶぞ!!」
と言って義夫がみんなに突き出したのは、クーラーボックスだ。これって、遊び道具だったのか? 中にはなにが入っているんだろう。
「ははぁ、そうきたか」
すくねは義夫のクイズを解いたようで、目をキュピーンと光らせる。
「それ、なに?」
「見たらわかるだろ? 釣りだよ、釣り。この浜にゃ突堤が五つくらいあるから、好きなとこを選んでいいぞ。せっかくだから二組に分かれて競争しようぜ!」
「ふーん。いいけど、僕、釣りってやったことないよ?」
「……そっか。じゃあ、尾崎と藤原先輩はどうだ?」
「あたしはできるわ。父さんが釣り好きだから、何回か行ったことあるし」
「申し訳ありませんが、わたしはよく知らないのです……」
「そっか。んじゃ決まりだ。トラと尾崎、俺と藤原先輩でペアになろうぜ」
え、その班分け!? すくねと二人っきりになって暴力の限りを尽くされたら困る。それに……すくねもやっぱり女の子なんだし……水着の女の子と二人って、気まずいっていうかなんというか。
「ちょっと待ってよ、ヨッシー。グッパーで決めない?」
「はあん?」
鼻を使って威嚇するような声を出したのは、すくねだ。
「あんた、あたしと一緒は嫌なの? ああなるほど、そういう態度をとるのね?」
「いや、そういうわけじゃないけど……」
「だったらいいじゃない。あんたのその根性、あたしが叩き直してあげるわ」
そこまで言われると拒否し続けるわけにもいかない。トラは、黙ってうなずいた。
「よっしゃ、決まり。そしたら藤原先輩、行きましょうか。えへへ」
「はい。わたしは本当の初心者ですから、一から教えて下さいよ?」
「ええ、ええ。俺に任せといて下さい。ウホウホ」
水平線に向かって歩いていく温と義夫を、トラは複雑な気持ちで見つめた。




